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第66話 ブラットニーは襲来する④

 統率のクリフレッド――


 それは、四害王最強の男であり、モンスターたちの頂点に立つ者。


 真っ黒な髪に乙女のように白い肌。

 目は紅く、血は青い。

 王族のような服を着飾っており、着るものだけではなく、高貴なオーラを漂わせる、魔物らしからぬ人物。


 最強の魔族にて、魔族の中で最も穏やかな男。


 そんな彼は数十年前、一匹のシャドーウルフと邂逅した。

 影のように真っ黒な狼。

 その狼は、ソルバーン荒地から遥か北にある、クリフレッドの住処であるヴァンダイン城を傷だらけの身体でボーッと見上げていた。


 禍々しい森に囲まれていたそれは、魔族が住んでいるとは思えないほど美しい城。

 こんなところに魔族の王が住んでいるのか、と考えながら見惚れてしまっていた。


「シャドーウルフか……こんなところでどうしたんだ?」


 穏やかな声でそう言ったのは、クリフレッドであった。

 サッと頭を垂れるシャドーウルフ。


 クリフレッドはシャドーウルフの思考を読み、ニコリと笑いかける。


「別に城の敷地に踏み入れたことを怒っているわけじゃない。ただ、何をしているのか気になっただけだ。シャドーウルフがこんなところにいるのは珍しいからね」


 シャドーウルフはDクラスのモンスター。

 ヴァンダイン城の周囲にいるのは、最低でもCクラスのモンスターしかいなかったので、Dクラスのモンスターがこんなところにいることを奇妙に思ったクリフレッドは、シャドーウルフに声をかけたのであった。


「ふうん……はぐれて、こんなところまで来てしまったのか……なら、今日からここで住むのはどうだい?」


 驚愕するシャドーウルフ。

 まさか、自分たちの王が、そんな優しい声で、そんな優しい事を言うだなんて。

 

 シャドーウルフは、いつも敵意に晒されてきた。

 はぐれてしまい、同じモンスター同士だというのに、敵扱い。

 仲間のはずなのに、憎しみの対象であった。


 理由なんて分からない。

 はぐれてしまったモンスターの宿命なのだろう。


 なのに……なのに彼は、こんなにも優しい。

 悪意に晒されてきた心が、ほろほろと崩れていく。

 シャドーウルフは、一瞬でクリフレッドに心酔してしまう。


「これからはここで穏やかに生活をしていくといい。俺がもうお前を傷つけさせはしない」


 だが、シャドーウルフは首を振る。

 自分は、この人の力になりたい。

 ここで生きていくのはいい。

 だけど、ただぬくぬくと生きていくのではなく、クリフレッドの役に立てるように強くなる。

 たとえ今は弱くとも……必ず強くなって、彼の為にその力を振るおう。


「……そうかい。分かった。期待しているよ」


 目を細めてシャドーウルフを見つめるクリフレッド。

 クリフレッドを力強い瞳で見上げるシャドーウルフ。


「お前には、名前をつけてやろう。そうだな……ブラットニーというのは、どうだ?」




 ◇◇◇◇◇◇◇




 大胆不敵に、こちらへとドンドン近づいてくる、ブラットニー。

 俺はブルーティアの上から彼が歩いてくる姿を静かに眺めていた。


「…………」

『どういたしましたか?』

「あ、いや。普通のモンスターと違ってあいつ、殺意を感じないというか……滅殺なんて物騒な二つ名がある割には、変に落ち着いているというか……こちらを殺す気ではあるのだろうけど、モンスターから感じ取れる悪意のようなものがないんだ」

『……確かに言われてみれば』


 普通モンスターはあからさまな殺意を発しているものだが、彼からはそれを感じない。

 それは四害王だからなのか、それとも、あいつだけがそうなのかは分からないが、なんだか妙な気分だ。

 姿かたちが人間に近いからというのもあるのだが、本当にまるで、人と対峙しているような感覚。


「お前がアルベル、ト?」

「あ、ああ……」


 ジオたちは湧いて来るモンスターたちと戦いながら、何度もこちらの様子を窺っている。

 ローズらもモンスターたちと戦いながらもこちらを気にしている様子だった。


 ティアは神剣の姿になり、俺の右手に納まる。


 ブラットニーは地面で痙攣しているアダマンティンドレイクの横を通り過ぎようとする――その時であった。

 アダマンティンドレイクが急に起き上がり、こちらを向いて大きく口を開いた。

 

「収納されないと思っていたら、まだ生きていたのか」

『ご主人様、どういたしま――』


 ティアが俺に窺おうとした瞬間、アダマンティンドレイクの足元の影から大きな口が発生し、アダマンティンドレイクをバクンッと飲み込んでしまった。


「あ……あんな化け物を一瞬で……」

「つ、強いぞ……この男、強いぞ!」


 ジオたちがブラットニーの力を垣間見ただけで、大量の汗を流していた。


 何をやったのか分からないが、ブラットニーは顔色を変えず、さも当然の如く、Aクラスモンスターを瞬殺してしまったのだ。


「お前に恨みはな、い。だけど、クリフレッドの障害になるのなら滅殺す、る」

「クリフレッド……四害王の?」


 俺が障害になる?

 なんでそんな話になっているんだ……


 だがブラットニーは、考えている暇も与えてはくれない。

 ピタリと止まったかと思うと――

 

 今度は風のような速さでこちらとの距離を詰め始めた。


 俺はブルーティアを中段に構え、理由もわからないままにブラットニーとの戦闘に突入する。

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