第59話 ザイはゴルゴと話をつける
「……なるほどねぇ」
俺は会議室で、ノーマンと二人きりで話をしていた。
ノーマンは涙を流しながらゴルゴとの出来事を口にし、俯いたままでいる。
ひくひくとノーマンのすすり泣く声が、静かな部屋に響いていた。
「話は分かった。俺はノーマンのことを許すよ」
「ゆ、許す……? でも俺は、あなたを殺そうと……」
「でも、殺さなかったじゃないか。毒入りの炭酸水を払いのけてくれた」
「そ、それは……」
「まぁ、毒を飲んでいたとしても、問題は無かったけどね」
「問題ないって……どういうことですか?」
「説明したら長くなるんだけど、俺に毒は通用しないんだよ。だからゴルゴがその話を持ち出した時点で、この計画は失敗するのは確定していたのさ」
俺には【状態異常無効】のサポートがあるから毒を飲んだところで意味はない。
意味をなさない。
ゴルゴの暗殺計画は最初から企画倒れだったという話を聞き、ノーマンはポカンとしていた。
しかしゴルゴのやつ、こんな善良な人になんてことをさせるんだ。
やるなら直接来るか、暗殺のプロでも寄こせばいいものを。
もっとも、こんな人だったから、俺は疑いも無く毒入りの炭酸水を手にしたわけではあるけれど。
そしてこんな人だったから、その計画も失敗に終わった。
人を殺すには優しすぎる人なんだ。
俺に毒が利かないことを知らなかったとしても、やはり最初からこの計画には無理があった。
詰めが甘いんだ、あいつは。
俺は怒りを感じると共に、奴を軽蔑するように呆れる。
「……俺は、これからどうすれば……」
「ここで生活していけばいいよ」
「こ、ここで……? いやしかし、俺はアルベルトさんを……」
「殺さなかったじゃないか。寸前のところで思いとどまってくれた」
「……でも、みんなは俺のことをどう思うでしょうか? アルベルトさんを殺そうとしたなんて、もう憎まれているのでは?」
「だけど、この話を知っているのは俺とノーマンだけだ。俺たちが黙っていれば、誰も真実を知ることはない」
「ア、アルベルトさん……しかし」
ノーマンは膝をつき、涙を流しながら俺を見上げる。
「悪いのは、全部ゴルゴだ。ノーマンは悪くない」
「……ですが、俺の家内と子供のこともある。それに、借金のことだって……やはりここで仕事を続けていくのは不可能です」
「いや。全部俺が解決するよ」
「解決……?」
ノーマンは思考を停止し、口をあんぐりとさせていた。
そんなことできるわけがない。
ゴルゴ相手にそんなことは不可能だと、そう思っているのだろう。
だが俺が全部解決してやる。
「ま、俺に任せておきなよ」
◇◇◇◇◇◇◇
その日の夜、ザイはノーマンを連れて、ゴルゴの商店へとやって来ていた。
マーフィン一大きな家で、一階部分で店をかまえ、二階、三階が住居スペースとなっている。
無駄に豪勢な造りとなっている家を見渡し、ザイは嘆息していた。
二階の客室に通され、ソファに座りゴルゴを待つザイとノーマン。
そしてその後ろには、少々年老いた男が堂々とした態度で立ち尽くしていた。
ノーマンが落ち着かない様子で周囲を見渡していると、ガチャッと扉が開き、ゴルゴが部屋へと入ってくる。
ゴルゴの姿を見た瞬間、ノーマンは過呼吸気味に息ができなくなる。
そんなノーマンを見てゴルゴは睨みをきかせ、ザイは彼の背中をさすっていた。
「大丈夫だ。心配するな」
「は、はい……」
落ち着いた声でザイはノーマンにそう言うと、ノーマンの呼吸が若干だが落ち着いていた。
「で、話ってのはなんだ?」
ゴルゴはザイたちの前のソファに座り、思案する。
ノーマンのことがバレたか……
だが、それがどうしたと言うんだ。
そもそも、俺が命令したなんて証拠も無いわけだし、焦ることも不安になることもない。
ただこちらはしらばっくれてりゃいいだけだ。
そしてその後だ……ノーマン。
てめえもろとも、家族をメチャクチャにしてやるからな。
煮えたぎるような怒りを隠そうともせず、ゴルゴはノーマンたちを睨みつける。
怒るゴルゴと対照的に、ザイは酷く落ち着いた様子で口を開く。
「ノーマンがお前に借金があるようだな」
アルベルトの殺しの話じゃないのか?
一瞬ゴルゴは戸惑うが、平然を装い聞き返す。
「それがどうした? お前に関係あるのか?」
「いや、無いな」
「だったら口を挟むんじゃねえ。これはノーマンと俺の問題だ」
「だが、アルさんには関係ある」
「……アルベルトだぁ?」
「現在、ノーマンはアルさんの下で仕事をしている。そしてアルさんが、ノーマンの借金を肩代わりすると申し出た」
「……ほう。それで、全部チャラにしてくれって話かよ。だけどよ、俺はずーっとお前の世話をしてきてやったよなぁ、ノーマン」
「う……」
アルベルトの思い通りに事を運ばせるのは面白くねえ。
それに、こいつには制裁を与えないと気が済まない。
借金の返済を受け取る前に、ノーマンの人生を終わらせる。
そう考えるゴルゴは、話を続ける。
「なあノーマン。筋ってもんがあるだろ? 借金を返してそれで終わりだなんて思ってねえよなぁ」
「いいや。お前とノーマンの間には金の繋がり以外は何もない。金を返せばそれで終わりだ。それに筋を通しているから、こうして直接顔を出し、金を返すと言っているんだ。問題はもうないはずだ」
「はっ。そうかよ」
ゴルゴが扉に向かって「おい」言うと、殺し屋のような目をした商人が静かに部屋へ入って来る。
こちらの思い通りに話が進まないのなら、こいつの家族を人質に取ればいい。
そう考えニヤリと笑うゴルゴではあったが、男が耳元で囁いた言葉に驚いた様子を見せた。
「なっ……!」
男はゴルゴに、ノーマンの家族が家にはいなかったと伝えた。
さらって来るよう命令を出しておいたのだが、まさか先手を打たれるとは。
それも町中どこを探してもいないと言う。
彼女らが町から出たという話も聞いていない。
そもそも見張りを付けていたはずなのに、なぜ町から忽然と消えてしまったのだろうか。
ただ、ノーマンの家に紫色の髪の少女が入って行ったという情報だけは届いていたようだ。
不可解なことが起こり、軽く混乱を起こしているゴルゴ。
家族を人質に脅そうと思っていたのに計画が狂った。
だが、なんとしてでもノーマンに制裁を与えたいゴルゴは、ザイに向かって横暴な態度で口を開く。
「……借金返済は分かった。だが、書類を揃えるのに時間がかかる。だから今日のところはノーマンを置いて帰れ。金は明日にでも持って来い」
「別にノーマンを置いて帰る必要はないだろ」
「それを決めるのはお前じゃない。俺だ。それとも何か? 泥棒が不法侵入したってことで、対処してやってもいいんだぜ?」
ザイの強い意志を持つ瞳に、こいつは引きそうにないと考えたゴルゴは、強引な手段に出る。
脅しても屈しないのだろう……その時は本気で殺してやればいい。
ノーマンはオロオロし、涙目でザイの方を見ている。
すると、後ろにいた老人が口を開いた。
「金は、明日受け取るということでいいな?」
「……誰だてめえ?」
ザイはふっと笑い、相も変わらず落ち着いた声でゴルゴに言う。
「この方はレイナーク騎士団の副団長、バルバロッサさんだ」
「バッ……バルバロッサ……さん!?」
「その様子を見る限り、私の顔は知らなかったように見えるな。まぁ、もう前線に出ることもほとんどないからなぁ」
ほっほっほっと笑うバルバロッサ。
老いた人物ではあるが、その眼にはまだまだ活力がみなぎっている細身の男。
今日は鎧を着ずに私服姿でいたので、ゴルゴも騎士だとは気が付かなかったようだ。
彼はあごひげを撫でながら続ける。
「陛下から今回の件の見届け人を仰せつかり、私はここに来た。書類を揃えるだけなら、この男はもう不要であろう。それとも、私も一緒に泥棒として対処するか?」
「……い、いえ」
頭の血管が切れそうなほど青筋を立てるゴルゴ。
なんでまた国が動いているんだ。
たかが貧乏人の借金問題だろうが。
だが、こうなってはもうノーマンにもザイにも手を出すことができない。
ゴルゴは渋々といった様子で口を開いた。
「あ、明日書類を用意しておく……」
「分かった。では明日、金を用意しよう」
ザイはそう言って、スッと立ち去ろうとする。
が、何かを思い出し、ゴルゴを見下ろしながら言う。
「後、アルさんからの伝言だ」
「で、伝言だぁ……」
「『グッド! 俺もお前のそういう顔を拝見したかった』だとよ」
「んぐっ……」
ギリギリと歯を噛みしめるゴルゴ。
怒りに爆発寸前ではあったものの、国が絡んできているので手を出すわけにはいかない。
いまだ不安そうに去って行くノーマンの背中を睨み付けるぐらいしかできず、彼らが去った後、目の前にあった机を叩き壊した。
そしてアルベルトのあざ笑う顔を想像し、大声で怒り叫ぶゴルゴ。
その声は今朝まで続き、誰もが眠れない夜を過ごしたという。
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