第58話 ノーマンは悩む②
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フェリスはテロンさんの助言通りに行動を起こし、マーフィンのギルドが勢いづき、ザイの商売も順調過ぎるほどに順調で、もうすでに注目の的となっていた。
何度かゴルドも偵察に来ていたらしいが、国王のお墨付きなものだから結局何も言うこともできず、店を睨み付けながら去って行くようだ。
デイジーの様子を見るついでに、マーフィンにやって来ていたが、チェルネス商会の店はもうすでに3店舗に増えていた。
「凄い勢いだね、ザイ」
「ああ。おかげさまでな」
新たな3店舗目、広場に面した店舗を俺とザイで様子を確認していた。
ここも大繁盛で、早くも100人ほどの人が詰めかけている。
「炭酸水だけではなく、他の色んな商品もよく売れている。このままいけば……」
「ガイゼル商店も超えられる、か」
「ああ」
この町で一番大きいと言われているガイゼル商店。
ゴルゴが経営する、元俺の親父の店。
最近は売り上げが落ちてきて、怒り心頭だという噂をザイから聞いている。
「ゴルゴという男のことはさほど知らないが、ベラベラと自分の自慢話をする、口が軽い男らしいな」
「商売人なんだから、口は固いほうがいいんだけどな。それ以上にあいつは、自己顕示欲を満たしたいタイプということだろう」
まぁ、みんなに認められたという気持ちは分かるけど、そんな口が軽いと大事なことまで外に漏れてしまうというのに。
口は災いの元。
その口の軽さ、いずれ命取りになるぞ。
「しかしアルさんの事に関しては、土台を固めているというか……いい噂が流れないように、情報の管理をおこなっているようにも思える」
「ご苦労なことだね。俺も訂正するの面倒だから、そのままにしてはおいたけど」
「だが皆そのうち、真実を知る日が来る」
「だね」
店の繁盛っぷりをもう一度視認し、ザイに笑顔で言う。
「だけど、これはまたすぐに、新たな店舗が必要になりそうだな」
「ああ。ギルドの方も順調だし、そちらにも商品を取り扱ってもらっているから、売り上げはさらに伸びそうだ。これからもっと大変になるな」
「ははは。それは嬉しい悲鳴だね」
「ついでに、ゴルドの悲鳴まで聞こえてきそうだな」
「確かに」
俺とザイはふっと微笑しながら、顔を見合わせる。
◇◇◇◇◇◇◇
ローランドに戻り、チェルネス商会に顔を出した。
みんな忙しそうに、でも楽しそうに動き回っている。
ペトラが上手くコミュニケーションを取っている証拠だ。
雰囲気もよく、活発に動いているところを見れば、現状言うことはない。
元々人好きのするいい笑顔の持ち主だったから、心配はしていなかったけど、結果を出してくれているのを見たら感慨深いものがあるなぁ。
「あ、あの……アルベルトさん……」
「ノーマン。どうしたんだい?」
ノーマンは怯えるような表情で俺に話かけてきた。
震えているその手には、炭酸水がある。
「そ、その……炭酸水の味見を……していただきたくて」
「ああ、いいよ。ちょうど喉が渇いてたところなんだ。ありがとう」
俺はノーマンから炭酸水を受け取る。
ポーションの瓶に詰められた炭酸水。
中でシュワシュワ泡が躍っている。
見た目も透明で美しく、別段言うことがないぐらいできはいい。
俺はこれに口をつけようとした。
ノーマンは汗をダラダラながしながら、俺に言う。
「あ、あの! マーフィンの様子はどうでしたか?」
炭酸水から口を離し、一瞬思案する。
「マーフィン? ああ、商売の話かい? 順調だよ」
「そ、そうですか……」
ノーマンはどんどん顔色を悪くしていき、うっすらと涙を浮かべている。
「どうしたんだ、ノーマン? 具合が悪いのなら帰ってもいいんだぞ。俺がペトラに伝えておくよ」
「い、いえ……具合なんて、悪くありません……」
「そ、そう?」
ならなんでそんなに青く沈痛な面持ちをしているんだ。
具合が悪くないなんて、嘘にしか聞こえない。
俺はノーマンの背中に手を添える。
「何か悩み事でもあるのかい? 良かったら俺が話を聞くよ」
本来ならペトラに任せる場面なのだろうが、こんな顔した人を放ってはおけない。
俺がそう聞くと、ノーマンはさらに辛そうに顔を歪めた。
「アルベルトさんには……一番聞かせられません」
「…………」
俺、何か嫌われることしたかな?
出会った時からよそよそしかったし……もしかしてマーフィンにいた頃に何かやったかな?
いやしかし、ノーマンのことは記憶にないし……
「分かった。でも、何か悩みがあるのなら気軽に相談してくれ。ノーマンはすでに大事な仲間の一人なんだから。話ぐらいならいつでも聞くよ」
「う……ううう」
ノーマンは俯き、自身の胸の辺りをギュッと掴む。
「こ、こんなに優しい人……こんな優しい職場何て、今まで無かった。こんなに辛くて、だけど充実した仕事なんてしたことは無かった……」
「それだけいい職場だと思ってくれているなら、俺たちの計画は成功しているようだな。ペトラにも後で伝えておこう。そうそう、ペトラがまたノーマンのこと褒めていたよ。本当によく働いてくれる人だって」
「…………」
「ノーマンさえよければ、これからもペトラの為に力を貸して欲しい。そしてそれが、ノーマンの幸せに繋がるのなら、もっと言うことはないんだけどね」
俺はニッコリとノーマンに笑みを向ける。
そして喉の渇きを潤すために、炭酸水に口をつけようとした。
「駄目だ!」
「え?」
ノーマンが俺の持っている炭酸水をはたき飛ばす。
パリンと地面で割れる瓶。
その音に、動き回っている人たちがこちらに視線を向ける。
「あ……あああ……やはり俺には無理だ……こんな好青年を……俺には無理だぁ……」
ノーマンは泣き崩れ、地面に膝をつく。
ボロボロ大粒の涙が止まらないらしく、辛く苦しそうな表情のまま大声で泣き叫ぶ。
「すまない……モニカ……コニー……本当にすまない」
ノーマンは誰かの名前を呟きながら、泣き続けていた。




