第49話 アルはマーフィンで商売を始める
『チェルネス商会』。
ローランドの商店を束ねる、ペトラが代表を務める組織だ。
ローランドの中央の建物がチェルネス商会の本拠地で、ペトラは笑顔を崩さずみんなに指示を出していた。
「じゃあ、こちらの商品をレイナークまでお願いします」
「オッケー。ペトラの為に頑張るよ」
「あはは。期待してますね」
俺がペトラに近づくと彼女は俺に気づき、笑顔で手を振る。
「アルさん。こんにちは」
「こんにちは、ペトラ。調子はどうだい?」
「絶好調です。みんなも元気に働いてくれるし、全部アルさんのおかげです」
屈託のない笑顔でそう言うペトラに、俺は照れる。
人を褒めるのが上手くなってるなぁ。
「それで、どうかしたんですか?」
「ああ。ちょっと相談があるんだけどさ、いいか?」
「相談、ですか?」
◇◇◇◇◇◇◇
俺とペトラ、そしてチェルネス商会で働くザイという男。
それからフェリスという女性を合わせた4人でマーフィンへとやって来た。
「まさか、またここに帰ってくるとは思ってもいなかったわ」
俺たちはシモンがギルドマスターを務めていたギルド前でその建物を見上げていた。
フェリスは元々このギルドで働いていた22歳の女性で、茶色い髪を後ろで束ねている美人。
スタイルもよく、男の人に口説かれているのをよく見かける。
だけど現在彼女は仕事に没頭しており、恋人を欲していないらしく、全てお断りしているとのこと。
ザイは黒髪の短髪で強面の25歳。
彼は腕を組んで無言で同じようにギルドに視線を送っていた。
「アルベルト……」
そんなことをしていると、怒りを含んだ声でこちらに近づいてくる男がいた。
それは、ゴルゴ。
俺がいるという話を聞きつけて来たのだろう。
できる限りの怒りを表現するかのように、顔を歪め眉間に皺を寄せ、歯をむき出しにしている。
「なんだよ?」
「マーフィンには来るなと、何度も言ってるだろうが!」
「約束したわけでも承認したわけでも無いって言ったよな」
「このっ……」
4つの金色の指輪をはめた左手で俺の胸倉を掴もうとするゴルゴ。
しかし俺はその手を右手で払う。
「……今日は何しに来やがった!」
唾を飛ばしながら怒鳴るゴルゴ。
俺は冷静に、淡々と会話を続ける。
「別に。仕事の下見だよ」
「し、下見だぁ? どういうことだ?」
「どういうことって……このギルドを立て直そうと考えているんだよ。後、マーフィンで商店を出す」
「ふ……ふざけんなああ!」
ゴルゴは右拳をギルドの壁に突き刺す。
石が崩れパラパラと落ちる。
「ふざけてなんかないさ。本気も本気だ。俺はマーフィンでも仕事をする。もう決定したことだ」
「……舐めるなよ。誰の許可をもらって仕事するつもりだ? 俺の許可なくこの町で――」
「国王だよ」
「……は?」
時間を止めたかのように、ゴルゴの動きがピタリと止まる。
「レイナーク国王の許可をもらって、ここで仕事をすることになった。シモンにギルドマスターをおりてもらったし、問題は何もないはずだ。それとも何か? お前は国王の判断に不服でもあるって言うのかい?」
「くっ……この」
ゴルゴは面白いぐらい青筋を立てて、俺を睨み付ける。
俺はそんなゴルゴにやんわりと笑顔を向け、右手を差し出す。
「今日から同じ町で働く商人仲間というわけだ。よろしく」
「…………」
ゴルゴは歯を折れそうな勢いで食いしばり、俺の手を弾く。
そのまま踵を返して、この場を去って行った。
「……凄い悔しそうでしたね。私、ちょっとスッキリしました」
「ははは。俺もだ。あんなゴルゴの顔を見れるなんて、今日はいい日だなぁ」
俺とペトラはスッキリした顔を見合わせ、大いに笑った。
だけどゴルゴ、これはただの始まりに過ぎない。
お前には色々と借りがあるから、覚悟をしておけ。
◇◇◇◇◇◇◇
「あのガキ……舐めやがって!!」
その日の夜。
広い部屋で、周囲に設置されている壺や置物は、金で造られた品の無い物ばかり。
大きなソファに小さなテーブルが一つある。
そのテーブルの上にはワインが置かれていて、ゴルゴはそれを蹴り飛ばして怒声を発していた。
テーブルは壊れ、ワインが床の絨毯に染み渡っていく。
入り口の扉前にいる二人の男は微動だにせず、その様子を見ていた。
生気を感じさせない死神のような瞳。
見た目は商人のようにも見えるが、隠しきれない危険性を感じさせる二人組である。
「おい! ノーマンを呼んで来い!」
右側に立っていた方の男がコクリと無言で返事し、部屋を出て行く。
それと同時に部屋に入ってきた女が、床を雑巾で拭きはじめる。
10分ほどすると、部屋を出て行った男が、一人の気の弱そうな男性を連れて来た。
歳は40過ぎぐらいだろうか。
生活水準は低いらしく、あまり綺麗な恰好はしていない。
食事もまともに取れていない様子で、頬が少しこけている。
髪は短く刈られているが、それは彼の奥さんが施術したもので、見栄えはよくなかった。
「おい、ノーマン。いつになったら借金を返すつもりだ?」
「ゴ、ゴルゴさん……お願いだからもう少し待ってくれ……私も生活が大変で……」
「お前が大変かどうかなんて、俺には関係ない。金を返すか返さないか? どっちだ?」
「か、返すとも……だけどもう少し待って欲しい――」
「なんでてめえの都合に合わせなきゃいけねえんだ!? ああっ!?」
ゴルゴは睨みを利かせながら、深々とソファに体を沈める。
「お前、嫁と娘がいたよな……」
ギクリとするノーマン。
嫌な予感を覚え、冷や汗を流す。
「そ、それがどうかしたのか……」
「お前の家族、奴隷商人に売ってもいいんだぜ」
サーッと血の気が引くノーマン。
ゴルゴの足にしがみつき、必死に訴えかける。
「お、お願いだ! それだけは……それだけは勘弁してくれ! 頼む! 借金ならなんとしてでも返す! それになんでもするから二人には手を出さないでくれ!」
「なんでも、か」
鳥肌が立つような、おぞましい顔で笑うゴルゴ。
「だったら、一つ頼みがあるんだが、どうだ?」
「頼み? もちろん、聞くとも! 俺ができることなら、なんでもやるよ!」
ゴルゴが入り口にいる男にくいっと首で合図を送ると、男は透明な瓶をふところから出し、それをノーマンに手渡す。
「こ、これは……」
「猛毒だ」
「も、猛毒ぅ!?」
瓶を持つ手を震わせるノーマン。
「それを使ってローランドにいる、アルベルトという男を殺して来い。それで借金もチャラにしてやる」
「だ、だけど殺人なんて……」
「そうか。おい、こいつの嫁と娘をさらって来い」
「ま、待ってくれ! それだけはやめてくれ!」
「だったら、どうする? 殺すか? 家族を差し出すか? どっちだ。さっさと決めろ。1分だけ待ってやる」
「…………」
ノーマンはガタガタ震え、辛そうに顔を歪めて考えていた。
人を殺すなんて……そんなことできるわけがない。
できるわけがないが……できなかったら家族をゴルゴに奪われてしまう。
どうすれば……どうすればいいんだ?
だが彼が待ってくれる時間は1分のみ。
悩む時間さえも許されない。
知らない他人と大事な家族……
どちらかと問われれば、迷うことは無い……
そしてノーマンは、苦しみながらも一つの答えを出す。
「わ、分かった……その男を殺してくる」
「グッド! いい答えが聞けて良かった。利害は一致したようだな」
ゴルゴは立ち上がり、ノーマンの肩に手を置く。
「これでお前の家族は安全だし、借金も無くなる。お前が仕事を全うしたら、全部上手くいく。準備ができたら、明日にでもローランドに向かえ。いいな」
呼吸を浅くしうっすらと涙を浮かべながら、ノーマンは頷く。
ゴルゴはノーマンの答えに満足し、素晴らしい演劇を鑑賞した後のように、喜びに浸っていた。
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