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アリス VS パンデミック! その6

「あっはっは、何言ってんの。AIがヒトのウィルスに感染するはずがないじゃん」


 照沼さんは最初そう言って取り合ってくれなかったが、いざ熱にうなされながら布団に横になっているアリスを見ると、ようやく眉を顰めながらもステータスの確認を始めてくれた。


「それで、どうなんじゃ?」


「うん? うーん? なんだこれ」


 尋ねた新子さんにも曖昧な答えだ。少し時間がかかりそうだったので暇になり、僕は新子さんに無理矢理Fallout76を押しつける。


「だから私、そういうグロい洋ゲーは駄目なんじゃって」


「いやいやそんなこと言わずに手足がもげたり死体食ったり出来ますけど見なきゃ別にグロくないですって。だいたい岩崎ひろしがロボの声当ててるんすよ? むっちゃしゃべりますよ?」


「……C3POか。じゃあとりあえず積んでおくかの」


 相変わらずチョロい人だ。僕もそのまま積ませるようなことはせず、とりあえずインストールさせ、とりあえず起動させ、とりあえずキャラクリをさせる。どうせ新子さんの事だ、自由度の高いキャラクリ画面にさえたどり着けば、あとは理想の自キャラを作るのに二時間くらいかける。満足のいくキャラが作れればそれで冒険に出たくなるもので、照沼さんが何だかワケのわからない絶叫を上げた頃には、新子さんも廃墟を探索しながら悲鳴を上げていた。


「び、びっくりしたー! 何二人揃って叫んでるんすか!」


「いや扉の影に巨大ゴキブリはないじゃろ! 無理無理!」


 涙目で抗弁する新子さんとは裏腹に、照沼さんは頭を掻きむしっていた。


「うわー、さっぱりわからん! なんかアリスの神経回路網がわけわかんないことになってる!」


 ようやく我に返った新子さんは、ゲームを終了させてカメラを覗き込む。


「照沼ちゃんでもわからんのか。どうしたもんかの。外もなんか騒ぎになりはじめてるぞ」


 新子さんの言う外とは、例によってネットのことだ。アリスが倒れてしまってから、アリモの不具合報告が相次いでいる。ボディーが凄い熱くなって熱暴走したとか、消費電力がものすごいことになってるとか。しかも何か、現実のウィルス同様徐々に広がりつつあるらしい。


「それはなんとなくわかる」と、照沼さんは蜘蛛の巣状に張り巡らされたアリモネットワークを指し示した。「ほら、アリモって定期的に近くのアリモとデータ同期して全体として自立分散型のネットワークを作ってるんだけど、そこで妙なコードが伝播される事があるっぽい。たぶんこれが原因」


「じゃあ、とっととそれを隔離しちゃえばいいんじゃないですか?」


 言った僕に、うーん、と唸る。


「それがねぇ。既存コードに食い込んじゃってて、簡単にバイト指定で排除できるような代物じゃないっぽいのよ。そもそもそれが、どうやって生み出されてるのかがわからない。根っこがわからないと、排除したとしてもまた広まっちゃうだけなのよね」と、デスクトップ上でうんうん唸っているアリスを眺める。「一応普通のコンピュータウィルスに対抗するための白血球プログラムがフル稼働してるから、ほっといても駆逐される可能性はあるけれども。どうしたもんだか」


「なんか話聞いてると、現実のウィルスと似たような仕組みみたいじゃな。なんかあれも、ヒトの免疫系を相当凄い具合に欺すらしいじゃん」


「そうなの?」


 問い返され、新子さんは苦笑いした。


「いやいや照沼ちゃんなら、その辺とっくに勉強してると思ってた」


「私、なんかそういう『とりあえず環境に適応してみました』っていうスパゲッティーみたいな変異系って好きじゃないのよね。原理から生んだシステムの方が真理じゃん?」


 しかしその辺を理解しなければ、アリスの病には対応出来なさそうだ。それで新子さんは研究室で定期購読している日経サイエンスのウィルス特集を送りつけたが、照沼さんは面倒くさそうな顔で一瞥し、すぐ机に肘を突いて、どんどん頭の位置が下がってって、最後にはうつ伏せになって眠り込んでしまった。


「駄目だこの人。さっぱりあてにならん」


「なるほど。それで私に連絡を取ったと」


 ネット会議室に新たに呼ばれたのは、あの変人医師キリコさんだった。なんだか随分Zoomを使いこなしてるようで、背景がバイオハザードの血みどろ手術室になっている。彼は眼鏡の位置を直しつつニヤリと笑うと、悪徳医師のように低い笑い声を上げた。


「うちに派遣されている看護アリモも調子が悪くなってね。何か起きてるんじゃないかと思ってましたが。まさかAIが現実のウィルスに冒されるとは――」


「ていうかそもそも、そんな事ってあり得るもんなんですかね?」


 相変わらず照沼さんは会議室に繋ぎっぱなしのまま寝てる。それで仕方がなく僕が尋ねると、キリコさんは小首を傾げて応じた。


「私が聞いてる限り、アリスのプログラムは生体の仕組みを相当部分で模倣している。その核となっているのは神経細胞だが、細胞の仕組みが生体に近い仕組みになっている限り、現実のウィルスの影響を受ける可能性は否定できないでしょう。そもそも発端となったグリッドウィルス解析プロジェクトプログラムは、ウィルスの構造をクライアント側に全てダウンロードさせ生体モデル上でシミュレートさせる仕組みですから、その辺が何か上手いこと――というか不味いことアレコレしてアリスに感染してしまったと。まぁそういう感じじゃないかな」


 照沼さんよりはあてになりそうだ。


 そう確信した僕と新子さんは、カメラに身を乗りださせる。


「それで、治せそうです?」


 尋ねると、キリコさんは俯き、光源を完璧に活用した悪魔的な笑みを浮かべた。


「それはね――感染方法も症状も現実のウィルスと似ているのなら、ヒトに対するのと近い方法で治療は可能でしょう。しかし無料ただでとはいきませんね」


「え? お金取るの? 真面目に?」


 唐突に照沼さんが復活した。きっとそのままキリコさんに押しつけられればラッキーと思って狸寝入りしていただけなのだろう。


「あんだけ人体実験されてあげたってのに、それはないんじゃないキリコちゃん」


「あなたも喜んでたじゃありませんか。あれはあれ、これはこれです」


「なんかめんどくさそうだし、他の人探そうか?」


 言った新子さんに、照沼さんは唸った。


「けどキリコちゃん、随分生体シミュレートにも詳しそうだし。他のお医者さんで、そこまで神経回路網詳しい人となるとなぁ。なかなかなぁ。しょうがない、払うしかないかなぁ。それで、幾ら欲しいの? 肉でもいい? 今度有楽町の焼き肉行きたいんだけど」


「ふふっ、飲み込みが早くて助かります。しかし肉ってのはどうもね。とりあえず、現ナマで百億用意してもらいましょうか」


「ひゃ、ひゃくおく!?」


 三人揃って叫ぶと、キリコさんは人差し指を揺らしながら憎たらしい笑みを浮かべた。


「考えてもごらんなさい、アリスがこのままだと、どんどんアリモが潰れていって修理することも出来ないってことになりますぜ? だいたい彼女が復活すれば、あの手この手を使って金を集めるなんて簡単でしょう。百億ぽっち、安いもんだと思いますがね。違います旦那?」


 むぅ、と唸る照沼さん。新子さんは急にパチンと指を鳴らした。


「あ、これブラックジャックで見た」

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