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アリス VS パンデミック! その5

 結局の所、サボローさんの手を借りなくてもアリスは打開策を探し当てた。ウィルス性肺炎大量発生のため人工呼吸器が不足しているというニュースが数日前から出ていたが、それに対してとある企業が必要なパーツの3Dモデルをネットに公開し、誰でもいいから作ってくれと呼びかけたのだ。


「これだ!」


 アリスはすぐさまパクった。まぁアリスは人類からアイディアをパクることで成長してきたのだから仕方がない。すぐに不足しているパーツの設計図を公開し、作ってくれた人の所にはマーク3で引き取りに行くという仕組みを作り上げる。


「おれも同じ事考えてたから! 同じだから!」


 サボローさんは強弁したが、別にどうでもいい。新子さんは完全無視してアリスが作ったアリモパーツ買い取りサイトを眺め、うなり声を上げていた。


「いやでもアリス、これは難しいんじゃないかの。こんな複雑な形状のパーツで買い取り価格500円て」


「なんで? いっつもそれくらいで買ってるよ?」


「それは大量生産出来る工場から買ってるからじゃろ。さすがに個人が3Dプリンタで作るにしては安すぎるような気がするが。いや私、3Dプリンタ持ってないから知らんけど」


「安いと思う」


 僕も言ったが、アリスは何故か胸を張って応じた。


「だが! それ以上は出せない! 金がない!」


 これはアリモ帝国の弱点だった。アリモ商売はあくまで人類を堕落させるのが目的であって、金稼ぎではない。あんな高度なロボ、十万円とかで売って利益が出るはずがないのだ。結果としてアリモ帝国の財政は常にカツカツで、こんな事態で緊急放出できるような資産などなかった。『アリモのパーツ作ってちょうだいサイト!』は公開され多少ニュースになりはしたが、申し込みはごくごく僅か。とてもあちこちで悪戯されまくってるアリモを修理するほどの供給は見込めなかったどころか、SNSで騒いでる連中に格好の燃料を与えることになってしまった。


「こんな時に自社の事しか考えてないなんて!」


「イーロンマスクは人工呼吸器作ったりしてるのに! 恥を知れ!」


「誰が500円なんかで作るか。アリモ帝国ケチすぎ。銭ゲバすぎ」


 組織的に投稿・拡散されているようにしか見えないコメント群を、アリスは額に青筋を立てながら眺めていた。


「マジで苛ついてきたこいつら。ちょっといい加減に行方不明になってもらおうか」


「民衆は甘やかしていたらつけあがるだけね。ちょっと怖がらせるくらいが丁度いいね」


「おっ、石油王、さすが統治者側だけあっていいこと言うね。ちょっくらハッキングして、こいつらの個人情報から資産記録、全部抹消してやろうかしら」


「いっそのことアリス、さっさと人類を支配した方がいいね。その方が効率的ね」


 不穏な二人の会話に、慌てて僕は割って入った。


「いやいや、いくら楽園になっても誰かに支配されて怯えてちゃ、とても堕落には至らないと思うけど」うーむ、と唸るアリスに、僕は付け加えた。「まぁでも連中の言うことももっともだし、とりあえず今はアリモの修理は諦めて、何かウィルス対策に貢献すること考えてみたら?」


「アリモ供給網を復活させるのが一番の貢献なのに?」


 確かに矛盾してる。


「まぁでも矢部っちの言うことも一理あるな」と、新子さん。「なんてーか、本業をやるのは儲けるためとしか思われんのだな、何をやっても。だからそれ以外で『ウチは本来関係ないけど世界の事考えて身銭を切りますよ』って姿勢を見せるのが大事なんじゃな」


「大事っていうかそれ、ただの欺瞞なんじゃ?」


「企業戦略というヤツじゃよ。世の中の大金持ちの企業家はみんな、そうやって批判をかわしてる」


 うーむ、とアリスは唸り、口をへの字に曲げた。


「なんかこれなら、アメリカとか国連相手にしてる方が全然楽だった……さっぱりワケがわからん」


「民衆は国家ほどシステマティックではないからな。アリモ帝国もようやくそういうステージに上がってきたということじゃよ。これも人類を堕落させるためには避けて通れない関門だと思うけどな?」


「それはそうかもねぇ。何か上手いことやって民衆を手懐けられないと、いちいち反発されるだけだもんねぇ」腕組みして考え、カクンと頭を倒した。「でもウィルス対策への貢献ねぇ。アリモ以外で。何やろ? ワクチンとか作っちゃうのが一番なんだろうけど、とても私程度の頭じゃ無理だしなぁ。頭いい人雇うような金もないし」


「あ、それ、いいかも」僕はつらつらと眺めていたニュースサイトから、一つの記事を表示させた。「これ、世界中の個人のパソコンを使って、ウィルスの分析を行おうってプロジェクト。これならウィルスの事わかんなくても貢献出来るでしょ」


 一時期流行ったグリッドコンピューティングという仕組みだ。スーパーコンピュータなど買う金もない主催者は、必要な計算を細切れにしてボランティアの個人のパソコンに送り、結果を返して貰う。これによってスーパーコンピュータ並の処理速度を実現しようというもので、これまでも宇宙からの電波の解析やらゲノム解析などのプロジェクトが実施されてきた。というかそもそもアリス自身も、世界中のパソコンに密かに寄生したウィルスで動いていると聞いている。


「ふむふむなるほど? だいたい私と同じ仕組みか」アリスはその仕様とプログラムを眺めた。「ただ送られてきたデータをアルゴリズムにぶち込んで処理すればいいだけなのね。よっしゃ! いっちょウィルス退治に貢献しようじゃない!」


 早速アリスはプログラムをカスタマイズし、アリスウィルスに感染している全世界のコンピュータに送りつける。消費電力は上がってしまうが、所有者には気づかれないレベルに抑えるよう細工を加えたらしい。


「よし! これで『アリモ帝国がウィルス分析を強力バックアップ!』って記事を打って民衆を騙くらかしてやるんだから! そーれ、実行!」


 アリスはウィルスの形をしたプログラムをゴクンと飲み込む。僕と新子さんがその様子を窺っていたが、ふとアリスは小首を傾げ、不思議そうな顔をした。


「うーむ? なんだこれ。何か変な味」


「プログラムに味とかあるんか」


 と、新子さん。しかしアリスはすぐには答えず、また逆の方に首を傾げた。


「うーん? なんか厄介な計算だなこれ。どうなってんだ? うーん? うーむ?」


 どうにも様子がおかしい。一体どうしたのだろうと僕と新子さんは顔を見合わせたが、その時アリスは急に顔を真っ赤にし、目を渦巻き模様にし、つま先だってクルクルと回り始めた。


「うおー、なんだこれー、目が回るー。うー、ゲホッ! ゲホゲホッ! ぐわー!」


 激しく咳き込み、最後には床にバタンと倒れてしまった。


「えー。これってまさか」


 呟いた僕に、新子さんはあきれ顔で応じた。


「アリスもウイルスに感染したっぽいな」

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