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アリス VS パンデミック! その3

 それから照沼さんはどんどん回復していって普通に歩けるようになっていたが、外の情勢は悪化の一途を辿っていた。各国で似た症状の患者が出るにつれ、その治療の困難さと感染力の高さが認識されるようになる。そしていい加減に誤魔化せないと思ったのか中国が状況の公表を始めると、渡航禁止を表明する国が現れた。


「うーん、なんかだいぶ政治的な動きが先行しとるのう」


 新子さんはそんな感想を口にしていたが、確かに僕も多少大げさなんじゃないかと思っていた。日本は未だに中国からの観光客を大歓迎していたし、ちょっとたちの悪い風邪だから渡航禁止とか過剰反応するなとWHOも言っている。


 世界の保健衛生について統括する立場の組織だ、そのコメントを聞いて気を許した人も多かったが、まさかその組織が中国とズブズブだったというオチが付くなんて思いもしなかった。徐々に、だが確実にウィルスは広まっていき、日本も寄港した豪華客船で集団感染が起きていることがわかった時点で相当に危機感が広まった。瞬く間に感染者数は増えていき、そして数名の有名人が亡くなった事が決定的となった。


「これ以上広まると医療機関がパンクする! ステイホーム! 家から出るな!」


 世界的にこの標語が叫ばれるようになり、一月後には政府から緊急事態宣言が発令された。学校や公的機関は閉鎖され、各種イベントは中止され、客が来ないものだから商店も半数近くがシャッターを閉める。


 その頃、ようやく照沼さんは病院から解放されていた。それでも家から出るなという厳命を受けていて、それは僕と新子さんも同じだ。とりあえず食料の調達はアリモに頼めたが、これがなかったらどれだけ大変だったろう。


「いやまぁ、危機一髪、って感じですねぇ」なんだか急に普及し始めた会議アプリのZoomで新子さんと話す。「これ、もしアリモなかったら、ほとんどの会社も動かせなくなって経済物流全部破綻してたかもしれないですね」


「そうじゃのう。不幸中の幸いといった所かの。まぁゴールデンウィークくらいまで引きこもってれば騒ぎも収まるじゃろ」


 そこにポコンとアリスが加わった。ドット絵タイプのアリスは眉間に皺を寄せ、渋い顔で呟く。


「そのアリモ、ヤバいかもしれん。どうしよう」


「なにがヤバいの?」


「物流が無茶苦茶になってて部品が届かないのよ。これじゃあ新しく作るのどころか、修理も出来なくなっちゃう」


「あれ? その辺って全部アリモがやってるから、ウィルスとか関係ないんじゃぁ?」


 そう思い込んでいた。実際、工場のラインや運送の人員は、殆どがアリモに置き換わっていると聞いていた。しかし現実は少し違うらしい。


「いやね、なんだかんだ言って財務とか承認とかはヒトがやり続けてる会社がまだ沢山あるワケよ。そういうとこの処理が全然進まなくて、あとなんかウィルス付着しちゃってるかもしれないから物の移動も駄目って。船も飛行機もほとんど動かせなくなっちゃってるのよねぇ。参った。どうしよう」


 そんなことになっていようとは、思いもしなかった。


 とりあえず新規の生産は停止して保守を優先し、アリモ帝国は「アリモを大事に!」キャンペーンを開始する。しかしそんな事情は一般ユーザーは知ったことじゃない。家から出られなくなった人々は今までアルバイトに出していたアリモを引き上げ、自分の代わりにお使いに出し、加えて宅配を積極活用し始める。すると当然運送用アリモが足りなくなり、配送遅延が増加の一途を辿っていった。


「いい加減、アリモ社は『アリモは一人一台』という制約を解除するべきなんです」未だに仕事の口を確保し続けているテレビのコメンテーターが言っていた。「こういう事態なんですから、ヒトとヒトの接触を避けるためにもアリモはもっと必要です。どうせ市場独占で大もうけしてるんですから、皆にもう一台ずつくらい配ってもいいんじゃないですかねぇ。政府もそう圧力をかけるべきでしょう」


「好き勝手なことばっか言いやがって」アリスは歯ぎしりしながら言っていた。「どうして修理もヤバいって状況を伝えないで、んな馬鹿な事ばっか言うかな」


「まぁ、連中は誰かに駄目だしをするのがインテリジェンスだと勘違いしてるからな」と、新子さん。「しかしまぁ、皮肉なもんじゃな。ほんとならアリスの目指す『堕落した人類の世界』を実現できる大チャンスじゃろ」


「そう。ホントは今のうちに医療に乗り込むとか、もっと色々とやりたいんだけどねぇ。とりあえず今は現状維持が精一杯よ。まずはサプライチェーンを復活させなきゃ」


 アリスは得意の最適化手法を駆使し、ありとあらゆる工場とつなぎをとり、なんとか当面のアリモパーツを確保しようと四苦八苦していた。それで一月くらいは何とかなりそうだ、という目処がつき始めた頃、思いがけない事態が起きた。


「ノー・モア・アリモ! アリモは悪魔の遣いだ! 全てのアリモを破壊せよ!」最初は頭のおかしい陰謀論者の動画に過ぎないと思っていたが、PVは日に日に増えていく。「アリモの普及とウィルスの発生はリンクしている! アリモがウィルスを生み出し、人々に感染させているんだ! これは勤労を忘れようとしている人々への、神からの罰なのだ! 当たり前の人生を思い出せ! ノー・モア・アリモ! 全てのアリモを破壊せよ!」


 これは感染の中心地となりつつある欧州で積極的に支持され始めた。まったく、恐怖心というのは理性を簡単に駆逐してしまうらしい。イタリア、スペイン、イギリスなどで散発的に集会が開かれ、マスクをした怒りの形相の人々がアリモをハンマーで叩き潰す。


 アリモは永久保証サービス付きで提供されていた。持ち主の故意ならともかく、他者の故意であれば無償修理をしなければならない。とはいえ少し前のアリスなら「馬鹿だなー。別に壊したきゃ壊せば? 新しいのすぐ送るし。あとは警察さんにお任せ」と余裕だったろうが、今は状況が全然違う。


「ぎゃー! やめて! そんな壊されても直せない!!」


 当然のようにアンチアリモ勢が破壊しているのはその辺を歩いていた他人のアリモで、壊されたヒトは修理や交換を依頼する。瞬く間に保守パーツは枯渇し、バックオーダーが積み上がっていった。


 そうなると責められるのは、何故かアリモ社だ。


「重要なインフラを担っているという認識が欠けている!」


「我々に死ねと言ってるのか! 早くアリモを寄越せ!」


「そもそもアリモ帝国って何だ! 違法国家だろう! いい加減にそんなヤクザ国家は潰してしまえ!」


 SNSではそんな過激な声が飛び交い、やがて開店休業中なはずの国際機関でもアリモ帝国への対応が議論され始める。


「アリモ帝国を名乗る地域では、適切な情報公開が行われているとは言いがたい。これを機に調査を行う必要がある」


「アリモは既に一組織が提供し保守できる製品以上の存在となっている。やはり透明性を持った国際機関によって運用され、提供されるべき物なのでは?」


 やがて、ここのところ大人しかったあの国が、また騒ぎ始めた。何故か例のトランプを大統領に選んでしまったアメリカだ。


「そもそも、ウィルスってアリモ帝国が作ったんじゃね? 怪しいじゃん何か」一国の指導者が言うにしては酷すぎる憶測だが、そのTwitterでの呟きは百万いいねに達してしまう。「やっぱみんなもそう思う? ヤバいよねあの国。この際、潰しちゃった方がいいかもね?」


 前回は奇襲的戦法で勝利したとはいえ、まともにアメリカに攻撃されては怪しいだろう。アリスはげっそりした表情で机代わりのミカン箱に伏せていた。


「やばい。なんでこうなるの。全然意味わかんないんだけど」


 確かに、冷静に考えてみると動きが唐突すぎる。


「まぁ死者が一万人超えてる状況だし、恐怖心なんだろうねぇ。とりあえずマーク4を準備しといたら?」


 マーク4アリモは戦闘仕様のロボット軍団だったが、そこでアリスは苦笑いしながら頭を掻いた。


「いやー、まさか戦争とかしてる場合じゃないだろって。全部保守部品に回しちゃった」


「え? じゃあ攻められたら終わりじゃん!」


「そうなのよ。どうしよ?」


 どうしよ? と笑顔で問われても。やっぱりこのAIに世界を担わせるのは少し早すぎたのかもしれない。いや、この性格だからこそ任せてしまっても大丈夫だろうと考えた部分も結構あるけれども。

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