アリス VS パンデミック! その1
「というお話だったのじゃよ」
人差し指を振りつつ得意顔で話を締める新子さんに、スコーチビーストクイーンと死闘を演じていた僕は適当に応じた。
「へぇ、そりゃ、すごいっすね」
「ほほう、矢部っちもそう思うか。何処が凄い」
「えっと、この血塗れプライムガトリングプラズマだと楽勝で100DPSくらい出せるんすよ。この、硬い、クイーンが、もう、溶けていくように、HPが」
その時、突如として画面が凍り付く。ラグかと思い焦って操作を加えたが、すぐアプリが窓ごと落ちてしまった。
「あーっ! くそこのバグスタがーっ! 一時間もかけて核撃ったのに!」
「人の話を流す罰じゃな。だいたいおまえ、研究室のパソコンで堂々とゲームするとか随分偉くなったもんじゃな」
「いやいや、新子さんだって普通にゲームやってるじゃないすか」
「私には配慮というものがあってな。ブラウザゲーしかやらんもん。だというのにおまえときたらXBOXコンまで持ち込みおって」
「いやこのAIモデル処理用に先生が買ってくれたパソコン、2080Ti二枚差しですよ? ゲームをやらずに何をしろってんですか」
「AIモデルの処理に使えよ」
「アリスがいるのに?」
言った僕に、新子さんは苦笑いで黙り込んだ。
僕と新子さんが所属するのは、知識情報工学研究室。主に人工知能関連の研究をするところだが、今となっては新たな人工知能関連の研究をするなんて馬鹿馬鹿しい気がしてならない。なにしろ人知を超えたスーパーAI、アリスが世界を支配してしまってたからだ。
「とはいえ矢部っちもドクター進んだんだし、そろそろ研究テーマ決めないと不味いじゃろ」
なんとなく僕の心境を察して窘める新子さんだったが、ため息で応じる事しか出来ない。
「いやぶっちゃけ、そろそろいいんじゃないすかね」
「何がじゃ」
「堕落した人生というヤツですよ。アリスを見つけたのって、いつでしたっけ? そろそろ四年?」
「それくらいじゃな」
「それから色々あって北方領土にアリモ帝国なんてものが出来ちゃうし、アメリカと戦争して第七艦隊も追い返されちゃうし、新卒採用なんて殆どなくなっちゃうし、仕事という仕事は八割方アリスがやっちゃう世界が完成しちゃったわけですよ。そんでここんとこ色々物価も下がりまくってて、僕らは毎月黙ってても三十万くらい入ってくる」
「せやな」
「まぁそれもすぐに何かあって終わっちゃうんじゃないかと思ってましたけど、半年近くなにもない。もうこれは人類の継続したライフスタイルになりつつあるわけですよ」
「ふむ」
「ならもう、自己研磨なんて諦めて堕落するのもいいんじゃないかと。そう思う次第なわけですよ。違います?」
「って矢部っちが言ってたってセンセに言っとく」
「いや駄目です」
僕は遮って、仕方がなく研究用フォルダを開いた。ただでさえ大学の席は暇を持て余した人々によって争奪戦が繰り広げられている。そろそろ研究テーマを決めないと、本当に研究室を追い出されてしまいかねない。
とはいえ、人工知能の研究なんて何をやればいいのだろう。修論は昔の焼き直しで乗り越えたが、博士ともなればそうもいかない。しかし新しいモデルを考えたって、どう足掻いてもアリスに敵うはずがないではないか。
「つか新子さん、研究何やってんすか。なんかテーマ変えるとか言ってましたけど」振り向いて尋ねると、新子さんは相変わらず刀剣乱舞をポチポチしている。「つか人に説教しといて自分がゲームするとか、それ人としてどうなんすかね?」
「先輩の研究内容を把握してない後輩も問題だと思うがな」愚痴りかけた僕を遮って、新子さんは続けた。「アリスの研究やろうかと思ってな」
その手があった。この人は変人だが、時々ものすごい思いつきをする。
僕は目を見張って、椅子をゴロゴロと転がして新子さんの脇についた。
「やりましょう」
「いやいや、何その一蓮托生っぽいの」
「いいじゃないですか! だいたいアリス発掘したの僕ですよ?」
「違うじゃろ! フロッピー見つけたの私じゃ!」
「もう四年も前の事なんて忘れましたよ。それで、何からやります? 刀剣乱舞以外に」
新子さんは大きくため息をついて、仕方がなさそうにブラウザを閉じてSkypeを起動した。
「矢部っち、私が理由もなくゲームをすると思うか? とりあえず照沼ちゃんから原理を聞こうかと思ってたんじゃが、なんか中国に出張してるとかで」
照沼ちゃんとは、アリスの生みの親である変人博士だ。あの白衣に眼鏡の童顔オバサンを思い起こしつつ首をひねる。
「え? あのマッドサイエンティスト、何か仕事してるんすか」
「知らん。ほら、向こうって検閲あるからアリスの話をするの怖いじゃろ? そんで帰ってくるの待ってたんじゃ。先週には戻ってるはずなんだけど」
「ゲームしてる暇ないじゃないですか! それならさっさと連絡しましょうよ!」
新子さんは何かブツブツと文句を言いつつ、照沼さんのアイコンを選択する。すぐにボコンと窓が開いて例の薄暗い地下研究施設が映し出されたが、当の照沼さんは何か様子が変だった。
『おー、おまえら。元気かぁっゲホゲホゲホ!』
白い肌と目が真っ赤になっていて、額には冷却パッドを貼り付けていて、相変わらず散らかった机の上にはティッシュが山盛りになっている。
「ど、どうした照沼ちゃん。死ぬのか」
言った新子さんに、白衣の上にどんぶくを羽織った照沼さんは苦笑いで応じた。
『いやぁ、なんか変な風邪をもらったみたいでね。むっちゃ肺が痛いし息が苦しいし凄い面白いの。何食べても味しないし、もう三十九度が三日も続いてるとか笑えるでしょ?』
「三十九度!? 面白がってる場合じゃないじゃないですか!」相変わらずこの人は頭が変だ。「すぐ病院行ってくださいって!」
『まてまて矢部っち、今凄いの準備しててね。せっかく苦しいなら、この際前からやってみたかった液体呼吸というのにチャレンジしてみようかと……』
言いかけたかと思うと照沼さんは激しく咳き込み、ふと身体を揺らしたかと思うと机に突っ伏してしまった。いくら呼びかけても反応しない。新子さんは冷静に僕を見つめて言った。
「矢部っち」
「ういっす。ちょっと行ってきます」
「待て、せっかくだ、ついでにあの屋敷の権利書を抑えておけ。忘れるなよ?」
この時僕は、照沼さんはただ風邪をこじらした程度で、病院に運んで点滴を打てば治るだろうくらいにしか考えていなかった。しかしこれが世界中を恐れさせるパンデミックの始まりだったとは、あのアリスでも予測不能だったろう。




