十二執政官序列六位『悪童』ザンニ④
海斗は、コノハナとカグツチを連れ、霧の国シャドーマで最も巨大な研究施設である『ヨミヒラサカ』に到着した。
これまでと違うのは、実験体の宿泊設備が存在しない、巨大な白い研究所だけということだ。ヨミヒラサカの研究所は、ザンニが自ら研究、開発をする研究所なので、その規模が桁違いだ。
まず、海斗たちのいる正門。
真っ白で高い塀に囲まれ、数トンはありそうな巨大門がある。
門の前で、コノハナは海斗をジロっと睨んだ。
「……案内したよ。もう解放してよ」
「ダメだ。逃げたら……わかるよな?」
海斗は、鳥の骨の一部を手で弄び、指先の上で破裂させた。
コノハナの全身の骨は、今や『骨爆弾』で爆弾と化している。正確には骨が破裂するのであって爆発するわけではないが。
爆弾にされた骨が体内で破裂すると、間違いなく死ぬ。
(……まあ、生きたモノに使うには、二十秒くらい触れないとダメって制約はあるが)
当然、そのことは言わない。
カグツチは、チラチラとコノハナを見ていた。
「あの……お姉ちゃんたちと合流しなくていいんですか?」
「ああ。とりあえず、俺たちだけでいい。俺の予想だと、まずザンニは……」
すると、正門が開き……門の前に、着物を着た少女が立っていた。
凛とした佇まい。背中には薙刀を背負い、完璧な一礼をする。
「お待ちしておりました。『救世主』カイト様……十二執政官序列六位『悪童』ザンニ様がお待ちです」
「お姉ちゃん!!」
「……コノハナ。静かになさい。ザンニ様が、きっとなんとかしてくれるわ」
「……うん」
サクヤは、何かに耐えるように声が震えていた。
拳を握り、隙あらば海斗を斬殺しそうな殺気を感じた。
だが、サクヤは手が出せなかった。
(……この子)
海斗の『骨爆弾』でコノハナが即死する可能性もある。スキルを発動させる前に殺す自信はあったが、海斗の死と連動し爆破する可能性もゼロではない。
だが……目の前にいる少女、カグツチ。
(──強い)
全力で初撃を放っても、止められる気がした。
全く知らない異種人が、自分に匹敵する可能性を感じていた。
「……では、こちらへどうぞ」
「ああ。おかしな真似してみろ……可愛い妹が、見るも無残な姿になるかもな」
「……ッ」
サクヤは、歯を食いしばりながら、海斗たちを案内するのだった。
◇◇◇◇◇◇
案内されたのは、研究所の最上階にある広大な部屋だった。
ワンフロア全てが吹き抜けになっており、天井も高い。
カグツチはキョロキョロし、天井を見上げ、「わ~」と声を出している。
海斗は、「まるで学校の体育館……よりも広いな」と呟く。
部屋の中央に、対面でソファが並んでおり、そこに一人の少年が立っていた。
「や、救世主くん」
ボサボサの髪、普通のシャツにハーフパンツ、サンダルを履き、白衣を着た十六歳ほどの少年だった。だが、顔に斜めの傷があり、縫い跡がある。
十二執政官序列六位『悪童』ザンニは、ニコニコしながら海斗を出迎えた。
海斗は言う。
「広い部屋だな。まるで、戦うための場だ」
「あっはっは。ま、実際そうだからね。でも……戦う前にお話ししない? もしかしたら、戦う以外の道が開けるかもよ?」
ザンニは、ソファを差す。
海斗は座り、カグツチはコノハナと並んで後ろへ立たせた。
「カグツチ。コノハナが妙な真似したら殺せ」
「はい」
サクヤとザンニに聞こえるよう意識したつもりはない。海斗は普通の声で言い、ソファに座って足を組んだ。
ザンニも海斗の対面に座り、ニコニコしている。
サクヤは、ザンニの後ろで殺意を放っていた。
「ちょっとサクヤちゃ~ん。そんな殺気をボクの後ろで出さないでよ。怖いじゃないか」
「…………」
サクヤは無視。
ザンニは苦笑し、海斗に「ごめんごめん」と軽く謝った。
海斗は、足を組んでソファに寄りかかって言う。
「さて、『悪童』ザンニ……『魔王の骨』を渡せ。大人しく渡すなら、コノハナを返してやる」
「あっはっはっはっはっは!! いやあ、すごいねキミ。ボク、執政官序列六位『悪童』だよ? ビビりもしないし、対等以上の態度じゃないか」
「ビビる理由あるか? まあ、俺も強くなってるからな」
スカラマシュ、プルチネッラ、スカピーノ。海斗は三人の執政官を倒し、『魔王の骨』を宿し強くなっている。初めて異世界に来た時の海斗はもういない。
戦いを知り、命のやり取りを知り、己を鍛え上げた『救世主』として、海斗はザンニの前にいた。
「というか、取引の意味わかるかい? コノハナちゃんは大事だけど……『魔王の骨』のがもっと大事だ。サクヤちゃんには悪いけど、その取引には応じれないねえ」
「だろうな。じゃあ、コノハナは用済みだ。カグツチ、殺せ」
「はい」
カグツチは小太刀を抜き、コノハナの首を切断しようとした……が。
「待ちなさい!!」
サクヤが叫び、小太刀は止まる。
「……お願い、やめて」
「なんで?」
「その子は、妹なの……私の、大事な」
「それ、俺に関係あるか? ザンニもいらないって言ってるし、恨むならザンニを恨めば?」
海斗はニヤニヤしながら、片手を上げる。
コノハナは震え、小太刀を首に添えられる。
「お、お姉ちゃん……」
「……」
カグツチが、ほんの少しだけ迷いそうになっていた。
姉……カグツチには実感がないが、イザナミという姉がいる。
妹を失う姉。イザナミが、自分を失ったら、この姉妹のように悲しむのだろうか?
だが、考えてもカグツチにはわからない。なぜなら、姉妹という実感がないから。
だから、今は自分を助けてくれた海斗に従う……カグツチは、そう決めていた。
すると、ザンニがパンパンと拍手をする。
「あっはっはっはっはっは!! いやぁ~……キミ、本当に人間かい? ボクの研究成果の一つに、『十二種族で最も邪悪な性根を持つのは人間』って結果が出たけど、ホントその通りだね」
「かもな。で……なんで止めた?」
「『骨』……キミ、やっぱり面白いね。『勇者』みたいな偽善者のクズとは違う。キミは、世界を救うクズだよ」
「それ、褒めてんのか?」
「うん。くくくっ……決めたよ」
ザンニは、指をパチンと鳴らす。すると、ザンニの足元のタイルが開き、半透明の筒がせり上がってきた。筒の中は液体で満たされており、そこには『背骨』が浮かんでいる。
「『魔王の背骨』をキミにあげるよ。その代わり、コノハナを解放してくれるかい? サクヤのためには、その子は必要なんだよ」
「…………まあ、いいだろう」
ザンニはニコニコしながら、筒から背骨を取り出す。
「まず、スキルを解除してもらおうかな」
「…………」
海斗が指を鳴らすと、コノハナの身体が一瞬だけ輝いた。
すると、ザンニの足元から白い蛇が現れ、骨を器用に咥えて這いずり出す。
「コノハナと交換だ」
「……カグツチ」
カグツチが頷き、コノハナの背を押す。
蛇、コノハナがゆっくりと移動。海斗の前に蛇が、サクヤはコノハナと抱擁した。
「お姉ちゃん!!」
「ああ、コノハナ……!!」
海斗は、『魔王の背骨』を手にすると、蛇が消滅した。
「さて、交換完了。じゃあ、これでバイバイ……ってわけには、いかないよね」
「どうするつもりだ?」
「『救世主』くん。キミの身体が欲しいんだよ。異種人をせっせと作るより……『魔王の骨』を宿したキミがいれば、魔神様のいい『器』になるんじゃないかな?」
「ははははは!! 目の付け所はいいなあ。だが……どうやって?」
ザンニはここで初めて、見たこともないような歪んだ笑みを浮かべた。
「こうやって」
「ぁがっ」
ザンニが指を鳴らした瞬間、コノハナの身体が崩れ落ちた。
「…………え? こ、コノハナ……?」
「サクヤちゃ~ん。コノハナは心臓が破壊されて、あと数分で死んじゃうよ~」
「……な」
「コノハナを助けたかったら、『救世主』くんを死なない程度に痛めつけてよ。彼を捕獲することができれば、コノハナを治療してあげる」
「…………」
サクヤはもう、ザンニを見ていない。
薙刀を抜き、頭上でクルクル回転させ海斗へ突きつける。
ツノが生え、髪色が変わり、竜麟が浮かびあがる。
「コノハナを生かしてるのは、サクヤの起爆剤ってところか。妹ラブのこいつを……お前の最強の手駒を全力にさせるためか」
「正解。サクヤちゃんはボクの部下の中で最強なんだよねえ。ボクは見ての通り研究者だから、直接戦うなんて野蛮なことしたくないんだよ……さあ救世主くん、そのまま大人しく」
◇◇◇◇◇◇
次の瞬間、ザンニの胸から『剣』が生えた。
◇◇◇◇◇◇
「……………………え?」
ザンニは、自分の胸に生えた『剣』を、何が起きたかわからないような目で見てた。
完全に心臓を貫いている。
不意打ち。どこから? ザンニは致命傷を負ったことを忘れ、背後を見る。
「…………」
「え、だれ?」
そこにいたのは、コノハナだった。
だが、コノハナではない。顔半分が全く知らない『女』だった。
「く、くははっ……くははははははははは、アーッハッハッハッハッハッハ!!」
海斗が、心底おかしいと言わんばかりに笑い出した。
そして、ポケットから小瓶を出し、ザンニに見せる。
「これ、なんだかわかるか?」
「…………『鎖蛇』」
小瓶の中には、潰れたようにひしゃげた蛇がいた。
たった今、ザンニの命令で『潰れた』のだ。
「お前が『鎖蛇』に魔力を送ると、鎖蛇に巻き付いた心臓を絞め揚げ、破裂することは知ってたんだよ。だから、事前にコノハナの『鎖蛇』を外科手術で除去し、持ち歩いていた。コノハナは、俺の部下が保護してる。そこにいるのはコノハナに化けた俺の『影』だ」
ヨルハの姿になり、ザンニの背中から剣を抜いた。
ポカンとしているカグツチ。
「え……えと、えあ?」
「カグツチ。悪いが……ヨルハを見られた以上、お前も俺の『影』になってもらう。文句は言わせない」
「……えと、あの、よく、意味が」
「とにかく、話は後だ」
目の前にいるのは、我を忘れたサクヤ。
スリークォーター。顔も竜麟に包まれ、牙が生え、瞳孔が縦に裂ける。
着物で見えないが、全身の七割が竜麟に包まれているはずだ。もう言葉は通じない、戦うだけの戦闘マシンとなった。
「カグツチ、ヨルハ、サクヤを大人しくさせろ。ヨルハ……わかってるな?」
「はい、主。問題ありません……ふふん、二人目の後輩。さあ、一緒にいきますよ!!」
「は、はい!!」
海斗は、胸を押さえるザンニの前へ。
右手でポンポンと、『魔王の背骨』を弄びながら言う。
「ククク……今の気分は?」
「最高に、サイアクだね。ははは……まさか、ボクが自ら戦うことになるなんて」
ボタボタと、ザンニの白衣の袖から蛇が落ちてくる。
白衣からではない。天井から、ソファの下から、蛇が現れる。
「とりあえず救世主くん……キミは殺すよ。どうやら『魔性化』しないと、ボクの命が尽きそうだ」
「それで、ドットーレに俺を引き渡す……か?」
「さあ、どうだかねえ」
大量の蛇が、ザンニの身体を覆い尽くす。
グジュグジュと、ザンニの身体が『蛇王アンフィスバエナ』によって作り変えられていく。
海斗は、『魔王の背骨』を弄びながら、ククリナイフを抜いて突きつけた。
「さあ、ここからのシナリオは、俺たちが作る!!」
霧の国シャドーマにて、十二執政官序列六位『悪童』ザンニとの最終決戦が始まった。





