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大戦争

「しかし、どうするんです? 本当にご子息の言う通りにするんで?」


 疲れた笑みを浮かべて、公爵はカリウスに答えた。


「わしは可能な限りの人員をあてる、と言ったのだよ。そしてその人員は一人もいない――街道から脱落した避難民達を丘へ誘導せねばならんし、脱出する領民に携帯食料や衣類を配給する仕事で忙しいからね。それに、領民と避難民をどうやって見分けるのかね? 一旦逃げ出してしまえば、連れ戻すなど不可能だ」

「なるほど。まぁ、もうそんなことを気にしている余裕はなくなりますよ。我々はすぐに大忙しになりますから」


 カリウスの言葉に、僕は口調を改めて問いかけた。


「戦況はそんなに悪いのか?」

「はい、隊長。南部戦線は突破され、我々はナルーヴァ河の東岸全域から追い出されつつあります。なんとか保持しているのは、帝都周辺だけです」


 つまり帝国の領土はほとんど敵の手に落ちたのか。

 ファーレン公爵は沈鬱な面持ちになっている。気のせいか、立派な髭まで打ち萎れているようだった。


「その帝都も包囲されかけておる。連合軍の総攻撃が始まるのも、時間の問題だ」


 公爵が悲痛に語る帝国の窮状は、僕には大した感慨を与えなかった。

 エルミナを祖国と考えることは難しい。この国に本当の居場所はないのだと、僕は何度も思い知らされている。今更愛国心を説かれても、頷けるはずがない。


 それに公平に見て、エルミナ帝国によるロアン大陸の支配体制はとっくに制度疲労を起こしている。


 遠い昔、数百体のデイモンメイル同士がぶつかり合う『大戦争』があった。


 戦いは唖然とするような損害を大陸全土にもたらした。未曾有の大災害と呼ぶ方が適正なほどで、幾つもの国が滅び、残る国々も政体としての機能は麻痺してしまった。


 紆余曲折の末、ロアン諸国家連盟が設立された。各国の資源(当初は主に食料や医薬品)は連盟が一元管理し、可能な限り公平に分配することとなった。それは人材や資材にも及び、各国の専門技術者や知識階級の者が集まり、残存していたデイモンメイルとメイルライダーも連盟の管理下におかれた。


 当然ながら、運営は理想通りにはいかなかった。


 各国は自国への利益誘導を謀り、肝心の資源の徴収と分配は遅々として進まなかった。結果、人々はさらに飢え、疫病の流行が重なってばたばたと死んでいった。責任のなすり合いが始まり、連盟は瓦解寸前に陥った。


 そんな時、一人のメイルライダーが同志を募って蜂起した。

 相次ぐ混乱にうんざりしていたメイルライダー達や連盟に集っていた人々の賛同を得て、彼は一刻も早い復興のため、出身国からの影響を完全に排除し、大陸全てを強力に統治する機構――エルミナ帝国を設立したのである。


 連盟の人材の多くが帝国貴族となった。彼等は各国からの寄せ集めであったが、元々祖国ではエリートだった。さらに『国家の枠を越えて崇高な目的に身を捧げた』というプライドがあり、他国の人間を見下しがちであった。また資源の徴収方法も有無を言わせない強引なもので、当然巻き起こった反発を帝国はデイモンメイルによって懲罰した。


 以降、大陸の復興が急速に進んだことは事実である。


 だが本来資源の再分配機構であったはずの帝国は、時代が進むにつれて単なる収奪機構へと堕した。差別意識と腐敗は帝国の隅々に行き渡っていたが、それは各国もさほど変わらない。問題は各国内に帝国貴族が広大な土地や利権を保持しており、治外法権を有していたことである。このため、旧来の支配者階級との軋轢は絶えなかった。


 経済の発展と共に大陸諸国は力をつけ、内乱や武装蜂起を繰り返していた。エルミナはデイモンメイルの力だけに頼って彼等を威圧してきたのだ。


 デイモンメイルの技術を独占するため、『大戦争』以前の貴重な文献や資材、サンプルのほとんどは破棄され、多くの研究者がいわれのない罪によって投獄、殺害された。帝国魔導院だけは例外だが、そこでも研究が許される範囲は厳しく制限されている。


 それでも、ヒトは知りたいと思うものにいつかはたどり着く。


 真理を追究しようとするあまり、危険を承知で帝国から亡命した研究者達。彼等がもたらした知識が基盤となり、大陸諸国は長い時間をかけてデイモンメイルの解析を進めた。


 何世代にも渡る努力の結果、オーガスレイブは実用化された。オリジナルとの能力差は歴然としているが、デイモンメイルは対抗不可能だったからこそ、僅かな数で全大陸を支配できたのだ。戦う手段ができた時点で帝国の滅亡は確定していたと言える。


 戦況ははっきりしている。エルミナの負けだ。


 しかし、まだ終わっていない。

 僕はまだ戦えるのだ。そう、鎧さえあれば誰とでも戦える。この状況に僕は奇妙な安堵を覚えた。


「それから――ティーガーを撃ったのは、ヴァルヴァラです」

「……確かなんだな?」


 言わずもがなの問いが口に出る。僕自身はっきり視認しているのに、どこかで信じたくないのだろうか。かつての友が、僕を殺そうとしたことを。

 カリウスは重ねて事実を告げた。


「間違いなくヴァルヴァラです。あの紅い装甲と連装砲は見間違えようもありません。そもそもオーガスレイブや戦列艦の砲じゃ、あの距離からティーガーの装甲を貫通できませんよ。奴は我々の探査波形を解析していたんでしょう。それで連中が偽装を解く寸前まで、探知できなかったんです」


 カリウスの言う『奴』とは誰なのか、聞くまでもなかった。

読了ありがとうございました!

次回の更新は金曜日(8/28)あたりの予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] >各国は自国への利益誘導を謀り、肝心の資源の徴収と分配は遅々として進まなかった。結果、人々はさらに飢え、疫病の流行が重なってばたばたと死んでいった。責任のなすり合いが始まり、連盟は瓦解寸前に…
[一言] 遠距離からティーガーの装甲を貫通。 まさに連合軍の夢ですね。
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