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選民意識

 現れたのはウルクだった。


「父上、こちらでしたか」


 ウルクは碧眼に苛立ちを滲ませて父親と対面した。

 どうやらファーレン公爵の方はいささかひるんでいるようだ。


「遺跡の丘の麓に難民達が集まっております。あれをどうするおつもりですか!?」

「ちょうどそれを話していたところだよ。助けてはやりたいが、人手が……」

「助ける? 冗談じゃない、追い出すべきでしょう! 奴等、遺跡の石を勝手に拾ってかまど作りをしているそうではないですか。帝国以前の貴重な遺跡を煮炊きに使うとは許し難い!」


 ウルクは華奢な体つきだった。おまけに椅子に座った公爵とちょうど視線が合う程度の背丈しかない。幼さが邪魔して高慢な振る舞いは板についておらず、憤っていてもどこか滑稽だった。早い話、子供のかんしゃくにしか見えないのだ。


「緊急時だ、息子よ。誰だって食べなければいけないし……」


 乱暴に手を振って、ウルクは公爵の言葉をさえぎった。


「どうせほとんどが不法移民でしょう。我々公爵家……いや、帝国が面倒を見る義務はありません。どこぞで野垂れ死ぬのが似合いの末路だ」

「いや、しかし……」

「それだけじゃない。逃げる連中に感化されて、我が領民からも離脱者が出ていると聞きますが、本当なのですか? もし本当なら大変な問題になりますよ!!」


 言い募るウルクに、公爵はしどろもどろの返答をしている。

 枕元で騒がれては落ち着いて休めない。僕は助け舟を出すことにした。


「落ち着けよ。沈む船からねずみは逃げるものだろ。当たり前じゃないか?」


 ウルクは僕から顔を背けたまま反論した。


「――ねずみ。まさしくねずみだ。いや、それ以下でしょう。皇帝陛下の徹底抗戦命令が出ているというのに、帝国を見捨てて逃げ出すとは畜生にも劣る輩だ」

「落ち着けってば。逃げたい奴は逃げればいい。戦うのは我々の仕事さ。領民達は関係ない」

「馬鹿な、領民達は我が帝国の臣民だ。ファーレン公爵家が管理を任されている以上、勝手な行動を許すわけにはいかない。失礼ですが、バスク隊長。あなたこそ関係がない!」


 我慢し切れなくなったのか、ウルクは頬を紅潮させて僕を睨み付けた。


「本件は我が公爵家の問題だ。口出しは控えて頂きましょう」


 僕は肩をすくめた。これは処置なしだ。

 公爵に向き直り、ウルクは命令口調で言い放った。


「とにかく避難民は追い払い、領民は全員連れ戻すべきです。もちろん、見せしめとして――」


 ウルクにとって避難民はやっかいな穀潰しであり、逆に領民は今やどんどん目減りしていく財産なのだろう。いずれにしても人間扱いしていないのだ。


 元々移民によって作られた寄せ集めの国家なのに、帝国の民には根強い選民意識があり、他国民を見下す傾向が強い。特に貴族階級の偏見は顕著で、帝国においてはむしろウルクの態度こそ普通なのだ。公爵は諦めたように言った。


「わかった。可能な限りの人員をあてて対処しよう」

「確かですね? 約束しましたよ、父上」


 念を押すウルクに、公爵は辛抱強く応じた。


「わかったと言ったろう? ここは病室だ。これ以上、騒ぎ立てるのはやめなさい」

「その仰りようは心外ですね。私は公爵家のために憎まれ役を買って出ただけなのに!」


 膨れ顔になってはいたが、ウルクは父の諫言に気勢を削がれたようで、やっと矛を収めた。去り際に扉の前で足を止め、彼は僕にちらりと視線を投げてきた。


「なんだ?」と僕。

「――いえ。失礼します」ウルクは一礼して立ち去った。


 深く息をはくと公爵は頭を下げて、息子の無礼を僕等にわびた。

 僕はびっくりした。こんな貴族は見たことがない。僕もカリウスも一応爵位持ちだが、本物の貴族達はそのことをきっぱり無視するか、忌々しそうな顔をするばかりだった。


「……あれは周囲に認めて貰いたくて必死なのだ。特に君に」

「自分にですか? 公爵家のご子息が?」僕は思わず聞き返した。

「ウルクの母は移民なのだ。妻に迎えることはできなかったが……わしにはあの子しか子供がおらんのでな。正式な跡取りとして引き取ったのだよ」

「それはまた……複雑ですな」カリウスは絶句している。


 まさかウルクが移民の血を引いているとは。

 確かに帝国の貴族や臣民には様々な国の出身者が入り混じっているから、見た目だけでは移民かどうかの判別はつき難い。ウルクがいかにも貴族らしく見えるのは、整った顔立ちと贅沢な服飾品と尊大な態度のせいなのだろう。らしく振舞えば、そのように見えるというわけだ。


 ただし東方人種は別だ。

 帝国暦四百年以降にロアン大陸と接触を持ったこの人々は、大陸の民には殆どない特徴――真っ直ぐな黒髪に茶色の瞳、白くも黒くもない肌――を備えており、顔つきにも特徴があるから誤魔化しようがない。僕と妹のように。


「生まれを中傷する輩など気にするなと何度も話したが、無理だった。考えて見れば当たり前だな。〝貴族〟とは生まれそのものだからね。あの子はどんどん意固地になってしまってな。帝国貴族らしく振舞おうと、貴族の悪い面ばかりなぞっておる」


 公爵が僕等にあっさり話すところを見ると、恐らく彼の出生は上流階級の間では公然の秘密なのだ。高い爵位と広大な領地を持つ分、妬まれやすくなり、敵も多くなる。そして一旦流布したゴシップは止めようがない。


 空気のように己を取り巻く偏見の眼差し。

 侮蔑を込めた忍び笑い。

 時に浴びせられる公然たる嘲笑。


 ウルクの心境はある程度想像できる。僕も似たような道を辿ったからだ。

 また、その僕に対して彼が屈折した感情を抱くのもわからなくはない。


 だがウルク・ファーレンの抱えているモノがなんであれ、避難民や領民にはまったく関係がないのだ。八つ当たりなんてくだらないし、メリットもない。


 僕なら表向き従順を装って油断させ、相手を利用する。どうしても復讐したいなら絶対に負けない機会を待って徹底的にやるべきだ。


 だからアンタは性格が悪いとカリウスからは非難されてしまうのだが……まあ、今さら矯正は無理だろう。僕はそういう奴なのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] コンプレックスを持ってる人間ほどマウントをとりたがるものですよねw
[一言] 世界史見てても異民族虐殺をやった君主はむしろ混血だったというのはあるようです。
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