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永遠

 爆心地から遠く離れた、帝都郊外の草原。

 僕等は地面に半ば埋まり込んだティーガーの操術腔から這い出した。こんなところまで飛ばされて、よく無事だったものだ。


 ティーガーはどうにか耐えた。爆発の瞬間、僕は防御呪壁を操術腔と境界炉の周囲に絞込み、ありったけの魔力を注ぎ込んだのだ。


 だけどそのお陰で他の部分はぼろぼろになってしまった。手足は綺麗に吹き飛ばされ、頭部らしきものが残っているだけ。搭載砲の砲身はぐにゃりと曲がっている。各部の装甲は剥がれ溶け落ちており、素体も焼け焦げだらけだ。ポールがこれを見たら嘆くに違いない。もちろん、無表情のままで。


 周囲にはヴァルヴァラの装甲や肉片も散乱していた。急激に増殖した分脆いのか、肉片は白い煙を上げて消滅し始めている。一先ず害はなさそうだ。ルーミィはティーガーを一瞥して言った。


「これはもう動かぬな。しばらく休ませないとどうにもならん」

「――って、治るのか?」


 ルーミィは当たり前だ、とばかりにつんと顎を逸らした。ちょっと得意気だ。


「羽化すれば完全にヒトの手を離れると言っただろう。自己修復するまで最低数週間か……ことによっては数ヶ月かかるかも知れんがな。かなり危うい状態だから、さっさと『挟間』に送るぞ」


 彼女の言葉と同時にティーガーの巨体は掻き消えてしまった。支えをなくした土塊が崩れ、ぼそりと小さな音を立てる。


「……まぁ、いい加減慣れてきたけどね。狭間ってなんだい?」

「異空間だ。ティーガー固有の空間だから――」


 ルーミィは不意に言葉を切って横合いに視線を転じた。煙が立ち込めているせいで、そこになにがあるのかはよく見えない。


「なにをしている。ついてこい、レイモンド」


 わけがわからないまま、僕は先導するルーミィに続いた。




   □




 少し先に焼け残った大きな肉の塊があった。煙を吹き上げるそれの端から生えた、人間らしきもの。

 それはフィアナだった。


「残留する魔力で構成要素をかき集めたのだ。だが、それも長くはもつまい」


 瞼を閉じて横たわる妹の横に僕はふらふらとひざまずいた。かろうじてヒトの姿をしているのはフィアナの腰のあたりまでだった。


 声が出ない。感情は溢れ出てくるのにそれがどんな感情なのかわからない。

 気配を察したのか、フィアナはゆっくり目を開けた。


「兄……様……?」

「……フィアナ……」


 呼び返すだけで精一杯だった。もっとなにか言ってやらなくてはいけないことが沢山あるはずなのに、言葉はカタチにする前に押し流されてしまう。


「――兄様に起こされるなんて初めてね」

「あ、ああ。いつもは僕が……」


 嗚咽を漏らしそうになって僕は口を閉じた。僕が彼女をこうしたのだ。その前で泣くなんて、偽善もいいところじゃないか。


 そう思っても涙は勝手に溢れ出てフィアナの頬を濡らした。

 少し不思議そうに僕を見てから、彼女は安堵の表情を浮かべた。


「ああ――良かった。あたし、まだ兄様の妹なんだ。良かった……。ねぇ、兄様? あたしまた兄様の傍にいてもいいのかな。一緒にいても許してくれる?」


 ただ一緒にいること。

 まるでそれが手の届かない遠い夢であるかのようにフィアナは語った。


「当たり前だ。お前は僕の妹だぞ。お互いがどうなろうと、なにをしようと、それだけは変わらない。変わるわけがないじゃないか。僕等は兄妹なんだから……!」


 場所も時代も生死すらも関係ない。

 フィアナは僕の妹だ。僕は彼女の兄だ。この誓約、この絆だけは永遠だ。


 だから僕等はなに一つなくしてはいない。


 ナジールが友だったこと。三人で笑い合った日々。未だ胸に温もりを残す、過ぎし日の思い出。二度と取り戻せない過去はそれゆえに誰にも汚すことはできない。


 そう思いたかった。せめてそれを伝えたかったのに。


「……ありがとう、兄様。本当――馬鹿だわ、あたし」


 彼女があまりに儚く見えて。

 僕はもうなにも言えなくなってしまった。


「沢山の人を殺して、数え切れない人を殺して……ナジールさんも殺して、最後は兄様まで喰べようとした。それでどうするつもりだったのかしら……。あたしはもう死んでいるのに。あたしと同じ人を増やし続けて、それじゃどうにもならないのに……」


 長く続いた悪夢の果て。フィアナはようやく目覚めることができたのだ。


「それはお前の罪ではない。世界に対して踏み潰す以外の価値を見出せない――厄神とはそういう在り方なのだ。お前は癒す者だった。ヒトを治す者だった。その資質を保ったまま、殺す神となってしまったのが間違いなのだ」


 静かなルーミィの声は心に深く染み透った。


「我等は本質に背く行いを避けるが、お前の場合は根本から歪んでしまったから、避けようがなかった。ナジールという男もお前と言う存在の矛盾に気付いていたはずだ。いずれ厄神化するなら、いっそ自分の手で――と考えたのだろう。結局、お前の力が強くなり過ぎて逆襲されてしまったわけだが。あるいは……それでもいいと思ったのかも知れん」


 フィアナは穏やかな眼差しをルーミィに返した。


「――嫌な娘。あたし、あなた嫌いよ」

「奇遇だな。我もだ」

「……だけど、頼んでいいかしら? もう――時間がないの。あたしの代わりをあなたがやってくれないかな……」


 それだけで察したのか、ルーミィは顔をしかめた。数秒考え、仕方なさそうに頷く。


「わかった。まったく気は進まんがこの際我慢してやる。我は寛大だからな」

「本当に嫌な娘ね。 ……でも、ありがとう」


 疲れたように瞼を閉じ、フィアナは呟いた。


「ごめんね、兄様。ここからは女の子同志の話だから」


 まともな返答が頭に浮かぶ前にルーミィの手が僕の首筋に――

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