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爆散

 変化は劇的だった。

 異様な速度で装甲組成が組み替えられ、形状も変貌していく。素体は境界炉の臨界出力を軽々と受け止め、ティーガーの全身は空恐ろしいほどの魔力で満ちた。


 これなら飛べる。突然の確信は単なる事実の追認であり、疑いの余地はなかった。


 防御呪壁を一点集中させてティーガーを捕らえている触手を四散させ、食い込んでいた太刀を引き抜いた。八つの光翼を展開し、僕は巨人を飛翔させた。


「――ぐううっ!」


 凄まじい加速に息が詰まる。風が渦を巻き、耳が痛んだ。

 逃げ惑う兵士達を追うのを止め、こちらへ伸びてくる触手の群れ。ティーガーはさらに上空へ舞い上がる。


 多数の触手が顎を開き、光弾を撃ち上げてきた。僕はティーガーを急降下させた。地面すれすれに巨人を旋回させ、激しく回避機動を試みる。


 狙いを絞られたら終わりだ。防御呪壁が光弾を食い止める方に賭けるのは無謀過ぎる。

 撃ち返そうとした僕の耳元でルーミィが叫ぶ。そうしないと風鳴りで聞こえないのだ。


「待て、もっとよく狙って撃て! この砲なら相手の強制干渉を排除できるが、残弾は一発しかないのだぞ!」


 言われて気付く。砲は変化が不十分だったのか、弾自体は以前のままのようだ。

 こちらの機先を制してルーミィが怒鳴る。


「本来なら羽化するのに繭に篭って一晩はかかるんだぞ! ちゃんと威力は上がっているんだから、文句を言うな!」

「僕はなにも言ってないだろっ!」

「たわけ、目で語っているであろうがっ!」


 喚き合いながら急旋回して射線をかわす。着弾の土柱がティーガーを追って次々に林立していく。どうにか直撃を避けてはいるものの、こんなきわどい曲芸をいつまでもやってはいられない。


「ルーミィ! ヴァルヴァラの境界炉はどの辺りかわかるか?」

「――わかる! が、一定していない。奴は体内で炉を移動させているのだ!」


 弱点は本人が一番心得ているというわけか。至近距離を光弾がかすめていく。くそ、このままではジリ貧だ。


「レイモンド、しばらくお前一人で耐えてくれ! その間、我は炉の動きを分析してパターンを読む! あれもイキモノである以上、完全に無秩序な動きはできぬはずだ。動きのパターンを読み切れば、境界炉の未来位置を予測できる。そこを撃て!」


 ルーミィの提案に僕は頷いた。


「わかった、やってくれ!」


 操術桿から手を離し、ルーミィは瞼を閉じた。

 機動に精彩がなくなってしまい、ティーガーは追い込まれていった。動きのパターンができてしまうのはこちらも同じだ。おまけに片腕でできる操作となると選択の幅が狭くなる。パターン分析がルーミィにできるなら、恐らくフィアナにもできるだろう。


 それでも僕の心は乱れない。


 ルーミィは必ずやってくれる。時間を与えてやりさえすれば、彼女は絶対にやってくれるのだ。だから迷いなく己の役割を果たせばいい。僕は持てるすべての技量を振り絞り、ひたすら回避に徹した。


 防御呪壁に触手が激突して紫電を散らす。

 光弾がティーガーの右膝を撃ち抜き、膝から下がちぎれ飛ぶ。

 絶え間ない高速機動に体が悲鳴を上げる。


 大気に渦巻く濃密な魔素が肺を焼き、全身に冷たい汗を生じさせる。あと少し。もう少しだけ時間を稼げば、きっと……!


 ティーガーは光翼を輝かせてヴァルヴァラの周囲を飛翔し続け――その時を迎えた。


 奇妙に引き伸ばされた時間の中で複数の顎がぴたりとティーガーを指向するのがわかった。数十本の触手による火線が全ての回避経路を潰している。上下左右、どこに逃れてもティーガーは捕捉される。僕の動きは読み切られてしまったのだ。


 あと少しだけ、彼女に時間を……!


 全速でティーガーをヴァルヴァラに向かって突撃させる。僕は常にヴァルヴァラから付かず離れずで飛んでおり、これは今までにない動きだった。とは言え、それが無謀な行為であることには変わりない。


 初弾を外されたヴァルヴァラは出力を絞った連続射撃でティーガーを迎え撃った。乱れ飛ぶ光弾が装甲を破壊し素体に大穴を穿った。光翼切り裂かれ、もはやティーガーはヴァルヴァラに向かって墜落――


「レイモンドッ!」


 待ちかねた声。

 目前に迫るヴァルヴァラの体に二つの光が割り込み表示される。揺れ動く一つの光が、停止しているもう一つの光に吸い込まれるように近寄っていく。


 光翼から発生する揚力を失い、錐揉み状態になりかけているティーガーを僕は必死で制御した。ルーミィが操術桿に飛びつき、照準に必要な一瞬を与えてくれた。


 終局を告げる鐘の音のように硬質な発射音が轟く。


 二つの光が重なる刹那、砲弾は狙い違わず命中し、紅い装甲を貫通して炸裂した。爆発はクレーター状に肉を抉り取ったが炉の破壊には至らない。


 土竜のように無事な装甲の影へ逃げていく境界炉。

 僕はそれを縫い止めた。


 太刀を構えたティーガーの腕は落下の勢いをそのまま乗せて繰り出され、肘までヴァルヴァラの体にめり込んだ。刃の先端が境界炉を貫き、炉心に致命的な損壊を生じさせた。


 閃光が溢れ出し、ヴァルヴァラは巨大な火柱を上げて爆散した。

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― 新着の感想 ―
[一言] うおおおおおおおおおおお!!!!!!!
[一言] おおう。どうだっ? どうなのだっ?
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