詠唱艦
オーガスレイブ、二十四体撃破。味方の損害無し。
悪くない戦果だが、この程度の損害なら連合軍は埋め合わせてしまうだろう。そしてその時、ここに投入できるデイモンメイルはない。巨人は頻繁な調整がいるし、メイルライダーには休息が必要なのだ。
このまま後退すれば、早晩戦線は突破されてしまう。
敵の能力と戦術、この戦域の状況。双方を考慮すれば、そう離れていない所に敵の大物が潜んでいる筈なのだが、僕には見つける術がない。
――術がない? そうか? 本当に?
――オマエは感じないのか、この――匂いを。
血流が沸き立つような匂い。極上の獲物の匂い。
ほら、ソコにイル。我等に捧げられた供物を喰らい尽くせ――
ごくりと唾を飲み込んだ。唐突な確信に急き立てられ、念話を発する。
「料理長、お代わりを出せ。予約席から八卓先に並べろ」
『バトラー、そこにお客はいない。一体――』
「弾頭中心のみ活性化し、炸裂モードにセット。準備出来次第、撃て」
符丁も使わず、口早に命じる。説明する時間が惜しいのだ。
トールの巨弾が発射され、空中で炸裂した。何も起こらない。
「無駄だ、バトラー! こんなやり方で見つかるものか!」
『照準地点、六百メートル延伸。撃て』
異議を無視して、再びウルクに発砲させる。貴重な砲弾はまたも虚しく爆発し、炸裂した地点を中心に未活性の魔素が大量に散布された。広まりつつ、急速に薄まる魔素の雲。その端が、かすかに瞬く。
間髪いれず、僕はその地点を砲撃した。
弾道が捻じ曲がり、砲弾は不自然な弧を描いて右へ逸れた。膨大な魔力による強制干渉だ。地面に落下した砲弾の炸裂が、隠れていたモノを白日の下に曝け出した。
現れたのは、奇怪な船だった。
船底が地面からわずかに浮かんでいる。精霊石を動力源とする水陸両用のストーンシップの証だ。ずんぐりした船体の上には円盤状の構造物が載っていた。円盤は船体からはみ出すほどの直径があり、大小の柱が林立している。俯瞰しないとわかりにくいが、物理構造物で組まれた可変魔方陣なのだ。
詠唱艦。多数の術士による多重共鳴魔法専門の軍艦だ。
デイモンメイルと違って、オーガスレイブは詠唱艦から遠隔操作されている。詠唱艦は恐ろしく高価な艦種であり、魔方陣以外の兵装がないため後方に控えているのが常だ。両軍がさかんに行使した広域魔法や砲撃の影響で遠隔操作が届き難くなり、やむを得ず前進していたのだろう。
舷側の艦名表記は〝アークロイヤル〟だった。
定数通りなら、この艦の人員構成は術士二百二十四名、乗員は千二百名に達する。
「フットマン、お客を歓待するぞ! 料理長は待機! 飛び入りを見落とすな!」
叫んで、僕はティーガーを突進させた。
各種の砲弾は魔素によって爆発力を得るが、特に未活性の魔素は周囲の魔力と反応しやすく、偽装を無効化してしまう。帝国軍の戦線に接近するにつれて、オーガスレイブの偽装が解けたのも、砲撃によって魔素が大気中に充満していたせいだ。
それでも厳重な偽装の奥に潜む詠唱艦を発見できたのは、僥倖という他なかった。直衛はクロウランサーが二体のみだ。太刀を振るって一体を両断。もう一体をクルスクの砲が屠る。
詠唱艦の背後にはさらに別のストーンシップが隠れていた。連結したトレーラーを引き、補給や運搬を行う曳航艦だ。そちらはクルスクに任せ、僕は真っ直ぐ詠唱艦に向かった。
詠唱艦は回頭しつつ円盤上で柱をさかんに動かしている。大急ぎで魔方陣を組み替えているのだろうが、無駄なことだ。人間が――それが何百人単位であろうとも――操れる程度の魔法でデイモンメイル本体に干渉することはできない。
これは、ヒトが神と戦うための鎧なのだから。
ふいに足元の感触があやふやになり、ティーガーの足が地面に埋まり込んだ。詠唱艦が地盤を緩めたのだ。あわよくばこちらを転倒させ、逃げる時間を稼ごうとしたのだろう。その程度の対応は予想済みだ。
倒れる勢いに逆らわず、僕はティーガーに太刀を投擲させた。
その質量と充填された魔力は砲弾の比ではない。詠唱艦の干渉も及ばず、太刀は魔方陣を真横から斬り裂き、艦中央まで突き刺さった。
砲を向け、容赦なく二連射。動力炉を撃ち抜かれ、詠唱艦は火柱を上げて轟沈した。
ティーガーの装甲にぶつかる破片の感触が心地いい。オーガスレイブは量産できるが、詠唱艦と術士はそうはいかない。この損失を補填するには長い時間がかかる。
デイモンメイルを託され、望まれる成果を達成した充実感に僕は包まれていた。これこそメイルライダーの仕事だ。
『――こちらフットマン。バトラー、ちょっと来てください』
クルスクのメイルライダーから呼ばれ、僕はそちらへ向かった。ついでに吹き飛ばされて地面に転がっていた太刀を拾う。あちこち痛み、焦げてしまったがまだ使える。まともな補給が望めない以上、器材は大事にしなくてはいけない。
「どうした? フットマン」
クルスクの背後には、半壊した曳航艦が座礁していた。トレーラーも破壊され、積載していた巨大なコンテナも歪み、こぼれ落ちた荷物があちこちに散乱して――
『連中の燃料、ってわけですかね? いささか詰め込みすぎですな』
皮肉な口調でクルスクのメイルライダーが応じる。
僕は息を飲み、くぐもったうなりを返すことしかできなかった。
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