楽観
追撃してきたオーガスレイブを撃破した後、ティーガーは敵の本隊を蹂躙した。
連合軍は勝ち戦に酔って詠唱艦すらろくな偽装をしていなかった。昨日の戦闘でデイモンメイルはほぼ全滅したため、反撃があるとは思っていなかったらしい。これで他の部隊への通報も遅れるはずだった。
帝都に近寄るにつれて連合軍の混乱ぶりがはっきりしてきた。
避難民達の追撃に向かったのは少数の部隊だけだったようで、他は帝都周辺に展開したままだ。クルスクもナルーヴァ河に放置されている。まだ帝都で抵抗を続けている帝国軍部隊でもいるのだろうか。
破壊された橋脚の影にティーガーを潜ませ、僕は外部知覚を総動員して敵情を探った。幾ら偽装していてもすぐ近くになれば見破られてしまう。目立つ行動はできなかった。
「なんだってこんなに大勢張り付いているんだ? まずいな、これじゃそう簡単には近寄れないぞ」
「……レイモンド、あれを見ろ」
ルーミィは少し下流にかけられた仮設橋を示した。連合軍の兵がさかんに往来しており、馬車が長い列を作っている。驚いたことに荷台に満載されているのは弾薬箱――重砲用の大口径砲弾だ。
「なんでいまさら補給なんか……まるでこれから総攻撃を開始するみたいじゃないか」
「そうかもしれんぞ」
ルーミィは低く呟く。彼女はひどく緊張していた。オーガスレイブの大群にも怯まなかった少女は、前方――全域が廃墟と化した帝都を見据えて、じっとりと汗をかいていた。
「桁違いだ。こんな……こんな存在になるのか……」
「ヴァルヴァラが羽化したのか?」
「いや、まだ途中であろうな。動かない……都の中心辺りでじっとしている……けど、どんどん気配が大きく強くなっている。……繭だ。ヴァルヴァラは繭に篭っている」
自分にヴァルヴァラの気配を捕らえる知覚がなくて良かった、と僕は思った。こと戦闘に関してはおよそ恐れを知らぬルーミィをこれだけ怯えさせるのはただ事ではない。
「つまり連合軍が包囲しているのは、帝都じゃなくてヴァルヴァラってことか?」
「恐らくな。早くしないと……いや、もう手の出しようがないかも知れん」
どうやらナジールは連合軍全体を敵に回しているらしい。
しかし常識的に考えれば、たかが一体のデイモンメイルがどう強化されようと一軍を相手に渡り合えるものではない。
「そんなに深刻になることはないさ。ヴァルヴァラが幾ら強くなっても砲弾には限りがある。剣だって斬れば切れ味が落ちる。第一、メイルライダーが消耗するだろう? 今頃ナジールは疲れ切っているはずだ」
「そんなことは関係ない」
「関係なくはないだろう。どんなデイモンメイルだって……」
楽観が癇に障ったのか、ルーミィは吐き捨てるように言った。
「関係ないのだ! 蛹と成虫は違うであろうが!」
ルーミィの話に具体性はなかった。論拠は直感のみらしい。
ヴァルヴァラとオーガスレイブの戦闘を見たのは昨日の昼間だ。ナジールと連合軍は少なくともあの時点から敵対していた。それから一夜明けた今も連合軍は包囲を固めるのみで、ヴァルヴァラを破壊できずにいるようだ。
この事実をどう受け止めるべきなのか。
「――わかった。まず、できることからやろう」と、僕は言った。
「できること?」
「そうだな……当面はここから動けない。その間になにか役に立つものを探すとか」
名案を出してくれるのかと思ったらしく、ルーミィは露骨にがっかりしてみせた。むくれた子供そのままに口を尖らせて文句を言う。
「なにかとはなんだ。ここにあるのは、我等の他には橋の残骸と――」
「クルスクがある」
ルーミィは軽く口をすぼめた。
「そうだったな。結界は破れているだろうが我なら近寄れる。見てこよう」
言うなり、少女は姿を消した。
僕はふうと息を吐いた。別段クルスクからなにか使えるものが見つかるとは思っていない。ルーミィをいたずらに焦燥させ続けるよりは良いだろうと、苦し紛れに提案したに過ぎないのだ。
「ま、気分転換にでもなればいいさ……」
待つほどもなく、背後でごとごとと床が鳴った。
「戻ったぞ」
「ずいぶん早いな……? って、おい待て!」
制止を無視して、ルーミィは抱えていたもの――クルスクの搭載砲弾――を床に落とした。重い音を立てて砲弾は床に落下し、ごろごろと転がった。床には他にも砲弾が転がっており、全部で十発以上もあった。
「なにを騒いでいる? 未活性の砲弾はこの程度では爆発しないぞ」
「そりゃ……だけど帝国軍じゃ、そんな扱い方はしないんだよ。気分の問題だってあるだろ?」
「ふうむ、それは気付かなかったな。次からは注意するとしよう」
深刻ぶった口調をわざとらしく装い、ルーミィはにやにやと笑った。僕の慌てぶりがよほど面白かったらしい。性格の悪い娘だ。
ルーミィは床を変形させ、砲弾が転がり回らないように収納した。大きさが違うのでクルスクの砲弾をティーガーの砲で撃つことはできない。今のところ使い道はないのだが、彼女が調子を取り戻してくれたのは収穫だった。
「ついでに境界炉の自爆呪紋を我の指示で起動するように書き換えてきたぞ」
クルスクはティーガーの砲で撃つつもりでいたので、これで砲弾を節約できる。他にすることもなく、僕等は休息を取ることにした。




