当然の帰結
真横から胴を打つ。
鈍い激突音と共に、ヤクトガンナーの装甲が大きく陥没。爆発こそしなかったが操術腔が押し潰されたらしく、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
ティーガーの太刀は刃こぼれし、ひどく切れ味が鈍っていた。装甲も破損だらけだ。冷却が間に合わず全身から立ち上る熱気が雨中に陽炎を生じさせていた。
クルスクは片腕をだらりと下げ、搭載砲も壊れている。移動には支障がないだろうが、もう戦闘は無理だった。
一番損傷が激しいのはトールだ。素体のあちこちから体液が流れ出している。斧も持っておらず、どうにか稼動しているという有様だ。修復には日数を要するだろう。
しかしながら、オーガスレイブはその大半を撃破され、残りも戦線の後方へ退却していた。
ティーガーは底知れない力を発揮した。
全デイモンメイルがボロボロになりながらついに敵集団を撃退し得たのは、ティーガーによるところが大きい。その代償はまずメイルライダー本人に求められた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
僕は全身に冷たい汗をかいていた。生命の根源を支える生気がもうわずかしか残っていない。齧り取られた林檎のようにやせ細り、芯まで喰い尽される寸前だった。戦うどころか搭乗を続けるだけでも危険な領域に達している。
限界だった。
「……バトラーより、庭師。庭師、聞こえるか……?」
しばらく待ったが応答はなかった。回廊守備隊の術士は皆やられてしまったらしい。代わりにトールからの念話が入る。
「こちら、料理長。三時に、騎兵……」
ウルクの声は途切れ途切れに響いた。彼も相当消耗しているらしい。自業自得だ。戦闘結果はどうあれ、抗命は軍においては重罪だ。公爵の子息と言えど許される罪ではない。
だが今は敵への対処が先だった。
ウルクの報告通り、敵の騎兵部隊が慌てて引き返そうとしていた。一気に街道を占拠するつもりでオーガスレイブを追従していたのだ。勇敢だが愚かな行動だった。
放置すれば生き残った避難民達に危険が及ぶ。
僕はティーガーを接近させ、触手で騎兵達を蹴散らした。
背骨を貫く快感と生気を抜かれる怖気に必死で耐えたが、すぐに限界がきた。騎兵を殲滅した直後、ぱたんと蓋を閉じられたように視界が真っ暗になった。顔から血の気が引いていく。呼吸が浅くなり意識を喪失しかけた時、急に体が暖かくなった。
背後から誰かが僕の頭を抱え込んでいる。
小さな手が首筋を伝い降り、優しく胸元をまさぐった。掌から熱さとむず痒さが沁みこんでくる。この感触には覚えがあった。
「世話の焼けることだ。少しは加減して戦え」
いつ現れたのか、後ろでぶつぶつ文句を言っているのはルーミィだった。
僕はぶるりと震えて深く嘆息した。
「はぁっ……。――ああ、死ぬかと思った」
「馬鹿め、なにを暢気な。実際死にかけていたぞ」
「ありがとう。二回目だね?」
ルーミィは驚いたようだ。
「覚えていたのか?」
「いや、正直忘れていたよ。でも思い出した。触手にやられた僕を助けてくれたのは君だったんだろ?」
「……お前は我のものだぞ。勝手に死なれては困るだけだ」
眉をひそめ、ルーミィは言葉を継いだ。
「それに我も少々調子に乗ってしまった。あんまり深く繋がれたから、今の戦闘ではつい派手に吸い上げすぎた。だから、あまった分を戻しただけだ」
そう言うと、つんと顔を逸らす。なんだか可愛らしく見えるのが不思議だった。
「だが、なかなか好かった。良き祈り、良き祭りだった」
ぽつりとつぶやくルーミィ。興奮の残滓が、白蝋の肌を艶っぽく彩っていた。
「これが我の与えるもの、お前が得たものだ。どうだ、悪くないであろう?」
「……ああ……」
つかの間の陶酔。刹那に燃えた逢瀬。
直前の戦闘をそう評さざるを得ない自分に、僕は慄然とした。
死と破壊に彩られた暴力の宴の只中で、僕はほとんど完璧な幸福に酔い痴れた。僕にないものが彼女にはあり、彼女にないものを僕は持ち合わせていた。僕等は不足分を互いに補填した。
戦闘の間、生まれて初めて心から満ち足りていた。帝国の運命も、無残に躯をさらす人々も、己の生死も関係ない。ただ一心に、誠実に、脇目も振らず。僕は全身全霊を注ぎ込んで戦闘に熱中した。ティーガーが敵を圧倒したのは当然の帰結であった。
我ながらどうかしているが、そうなった理由は明らかだった。
融合の喜びが薄っぺらな罪悪感を消し飛ばしたのだ。
僕とルーミィは異なる存在でありながら、完全に一つだった。相手の自我とぴったり寄り添い、細胞の一片まで融合しながら自我を保っていた。
魂の奥底まで完全に理解し合える他人がいる幸福。
例え世界に彼女しかいなくてもなんの不満もない――そう思えた。戦闘の余韻が醒めるにつれ、知覚連結が普段の状態に戻ってしまうのが残念だった。
僕は思い知った。
もしやり直しができたとしても僕はきっとまたこの道を選ぶ。止むに止まれぬ事情ではなく、己の都合、自分にとっての歓喜を掴み取るためにこの道を選ぶだろう。
それが正しいとは思わない。
責める者への反論を僕は持たない。
僕はフィアナを守りたかった。ナジールの隣に並びたかった。そのために憧れたメイルライダーなのに、僕はデイモンメイルに心を奪われてしまった。これでは本末転倒と言われても仕方ない。
だけど、それが僕の選択だ。
この事実を認めなければ僕は一歩も先に進めない。
「バトラーより各員へ。お開きだ。パーティをお開きにする」
僕は念話で撤収を告げた。ウルクからは弱々しい応答があったが、カリウスは答えない。不審に思う間もなくクルスクが近付いてきた。胸部装甲が開かれ、カリウスが操術腔の中で手信号を送った。トラブルが発生したらしい。
僕もティーガーの胸部装甲を開いた。たちまち風雨が顔を叩く。
「どうした、カリウス!」
「念話が使えません! 外部知覚にも障害が出ていて有視界で動かすしかなさそうです!」
怒鳴り返した後、カリウスは妙な顔をした。
「いや、こりゃ……そちらは、楽しそうでいいですな!」
すっかり忘れていたが、ルーミィは背後から僕を抱え込んだままだった。傍目には彼女が僕に甘えている――もしくは彼女が僕を甘やかしているようにしか見えないだろう。
ルーミィは傲然と胸を張って言い返した。
「別に、ずっとこうしていたわけではないぞ!」
言い訳としてはかなり微妙な線だった。




