急展開
骨が砕ける音がして、少女の頭が奇妙な方向にかしぐ。
ルーミィは彼女を投げ捨てた。もはや少女の手足に力はなく、壊れた人形のように転がった。連続した急展開に思考が追いつかない。
一体、これは――畜生、少しは考える暇をくれ!
「まて! お前は我のものだぞ!」
少女の元へ駆け出そうとした僕を、ルーミィが引き止めた。
「お前は我を選んだ。だから我もお前に答えた。我はお前の神であり、お前は我の巫子だ! 今更、許さん。我以外、誰の手を取ることも、許さんぞ!」
叫びながら、ルーミィは足を地に叩き付けた。
凄まじい怒気をのぞけば、駄々をこねる子供そのものの行動だった。付き合っている場合ではない。
僕はルーミィの肩を掴んで押し退けようとした。
彼女が僕の手首を掴み返した――と思った瞬間、景色がぐるりと回転し、地面に叩き付けられていた。背中を打ち、息が詰まる。僕を見下ろし、ルーミィは震えながら言った。
「――どうしてわかってくれないのだ……! 巫子が我を不要とするなら――我は――存在している意味がない。お前が我を求め、呼び寄せたくせに、どうして……! わからぬのか? 我はお前のためだけの神なのに!」
痛みすら忘れさせる、心からの叫び。
理由はわからないがルーミィは僕を求めている。心底、切望しているのだ。
単なる思慕、あるいは愛情などという言葉では表せない、魂を振り絞るような渇望。両目に滲む涙に、ルーミィは気付いていないようだった。
一体、何故だ? この娘は誰なんだ?
フィアナ――いや、正体不明の少女の首を冷酷にへし折ったばかりだというのに、ルーミィの姿は酷く脆そうで、今にも砕け散ってしまいそうだ。
「この縁しか我にはない……! 世界で唯一人のお前に――」
言いかけた時、小さな体が揺れた。
唐突に下腹から生えた指先。唇から鮮血がごぽりと溢れ出した。
少女の細い腕が、ルーミィを背後から貫いていた。
「あ、あ、あぐっ……!」
ルーミィの体から腕を引き抜く少女。見えない糸で引っ張られたように、彼女の傾いだ頭が元の位置へ戻り、折られたはずの首が接合された。ルーミィを串刺しにした血塗れの手を口元にあて、長い舌で舐め上げる。
「あっ……か、はっ……!」
傷を押さえて跪くルーミィを少女は無造作に蹴り飛ばした。ルーミィは血を撒き散らしながら、石畳の上を滑っていく。
少女が片手を上げると遺跡の石柱が浮かび上がり、鋭い音をたてて二つに割れた。分かれた柱はさらに二つずつに裂ける。同じプロセスが繰り返され、石柱は見る間に鋭い槍の束へと変貌していた。僕は慌てて起き上がった。
「……! やめろ!」
手を振り下ろし少女は突撃の号令をかけた。くそっ、誰も僕の話を聞かないのかよ!!
殺到する槍の前に頭から飛び込み、僕は結界符を発動させた。符が捻り上げられ、先端に火が点る。見えない障壁に弾かれ、槍は細かい破片となって砕け散った。
「ルーミィ! おい、しっかりしろ!」
血を吐き痙攣しながらもルーミィは目を見開き、僕を罵倒した。
「この、阿呆がっ……結界なんぞ、張りおって……! これでは我は、動けぬではないか!」
「文句を言う前に少しは説明しろよ! こっちはなにがなんだか、わからないんだぞ!」
作動中の結界符を地面に置き、僕は上着を脱いでルーミィの腹に包帯代わりに巻きつけた。気休めにもならないと知りつつ、そうせずにはいられなかった。デイモンメイルに乗っていない時の僕は嫌になるくらいに無力だった。
「あ……あ、あ、ああ……」
震える声に、手が止まる。
悲しみと怒りが混じり合った怨嗟の響きははっきりと僕を糾弾していた。両手で頬を包みながら少女は叫んだ。
「ああう……! うあ、ああああああーっ! どうし、て……に、さま……」
僕は愕然とした。今、あの少女は――なんと言った。
「に、いさま。兄様……! 兄様っ! どうして、どうしてっ!」
兄様。兄様だって?
やめてくれ。
その顔で、その声で、そんな風に僕を呼ぶな。
そんなことをされたら、信じてしまう。
妹が、お前が――フィアナが生きているって。
「どうしてあたしを苛める娘を庇うの!」
絶叫と同時に遺跡に残されたすべての石柱が地響きを立てて浮かび上がった。今度は砕いたりせずにまるごとぶつけるつもりらしい。たった一枚の結界符ではとても防ぎきれない。
防がねば、死ぬ。少なくとも僕は、確実に死ぬ。
そう、その通り。疑問の余地はない。ならばなにか手を。手を考えるべきだ。
よせよ、そんなのは無理だ。
見た目だけじゃない。声だけじゃない。
彼女が発している深く救い難い失望に僕は覚えがあった。だから間違いはない。他の可能性は考えられない。
だけどどうして。どうしてフィアナがここにいるのか。
その疑問を解かずに一体なにを考えられるって言うんだ……!
僕は完全に硬直していた。混乱の際で、どうすればよいかわからなくなっていた。
対して少女はまったく躊躇せず、片手をさっと振り上げた。
だがその死刑宣告は果たされなかった。
手を振り下ろす前に彼女は突然悲鳴を上げて倒れてしまったのだ。石柱が次々と落下し、地面を揺さぶった。
「……アツくなると見境がなくなるところはお前そっくりだ。さすがに兄妹だな」
いつ現れたのか、連合軍の野戦外套に身を包んだ男が土煙の向こうに立っていた。
男は手に奇妙なロッドを持っている。散りばめられた宝玉や紋様からして、なんらかの魔力付加がされているようだ。男はゆったりした仕草で外套のフードを持ち上げ、銀の髪が――
「久し振りだな、レイ」
ナジール・ロドネイ。
僕を裏切り、妹を殺し、ティーガーを破壊した男がそこにいた。




