南部平原
僕が長い眠りから目覚めた時、戦闘は既に佳境を迎えていた。
帝国暦七八八年。ロアン諸国家連合軍は宗主国たるエルミナ帝国に反旗を翻した。連合軍は三方向から国境を突破し、大きな損害を出しながらも進撃を続け、帝都アルカラへ迫っていた。対する帝国軍は後退しつつ集結し、南部平原にて両軍は雌雄を決しようとしていた。
数の上では連合軍は圧倒的に優勢で、開戦後数日で帝都が制圧されていてもおかしくなかった。
連合軍司令部の幾人かは、そんな期待を抱いていたのかも知れない。
甘い夢想を打ち砕いたのはエルミナの巨人達――デイモンメイルだった。
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小高い丘の麓に、僕は白い巨人をうずくまらせていた。
巨人の大きさは六階建ての建造物とほぼ同等。外観は無骨そのもので、お世辞にも愛嬌があるとは言えない。僕は気にいっているけど、たぶん女の子受けはしないだろう。
全身を覆う、直線基調の分厚い装甲板。
随所に描かれた、奇妙で複雑な呪紋。
周囲を睥睨する、紅の一ツ目。
不遜にも、右肩の搭載砲は禍々しい砲口を天に向けていた。
腰元の鞘に納まった太刀は長さの割りに厚みと幅があり、大樹のような量感がある。
不運にも目前で巨人をあおぎ見たものは、装甲の内側に隠された素体がそっと息づいていることに気付き、一層の戦慄を覚えるだろう。
デイモンメイル、ティーガー。
エルミナ帝国が誇る巨人達の中でも、特に強力とされる一体だ。
デイモンメイルの操り手は一般的にメイルライダーと呼ばれる。大陸中に広まっている呼称だから、誰でも知っているだろう。
デイモンメイルを動かすには長い訓練が必要となるが、修練で得られる技量よりも遥かに重要なことがある。
それはメイルライダーとデイモンメイルとの知覚連結だ。
いわゆる五感のうち、視覚、聴覚、触覚はデイモンメイルと連結することができる。ヒトを超えた知覚や身体感覚を我が物にできるのだ。逆に言えば、これができなくては、分厚い装甲に包まれた状態で周囲の状況を把握することは不可能だ。
ただし、連結自体が難題だ。
ヒトとはかけ離れた存在である巨人を心から理解し、自らのもっとも深い部分まで侵入することを許さなくてはならない。
普通は無意識のうちに自己防衛が働き、異物を拒んでしまう。
精神の扉を開け放つのは非常に特殊な資質で、できる人間は滅多にいない。
訓練以前に生まれつきの才能でメイルライダーになれるか否かが決まってしまうのだ。
そして選ばれたメイルライダー達の中でも、ティーガーを操る名誉を与えられた者は、歴史に残るほどの傑出した能力の持ち主だけだ。末席に連なるのが史上最年少で〝聖堂入り〟を果たしたレイモンド・バスク――つまり、僕だった。
強力な分、ティーガーの取り扱いは難しいし、危険でもある。
もっとも程度の差こそあれ、安全なデイモンメイルなんて存在しないのだが。
危険の度合いは、中に入れば実感できるはずだ。
メイルライダーの座席は胸部装甲の内側――操術腔と呼ばれる半球状の空洞の中にある。内壁は幾枚もの護符や魔術刻印に覆われており、ここが費用を度外視した恐ろしく強力な結界で守られていることがわかるだろう。
この結界は、外部の脅威に対する備えではない。
デイモンメイルからメイルライダーを守るためのものなのだ。実際、搭乗中のメイルライダーが悲惨な最期を遂げた事例は数多ある。
僕は背後から響く境界炉の稼動音に耳を澄ませた。
デイモンメイルの力の源である境界炉は、極めて高出力の魔力を事実上無尽蔵に供給できる。帝国創設以前に失われた技術で作られており、デイモンメイルを特別な存在にしているのは境界炉によるところが大きい。
だが出力が大きい分、魔力探知には引っかかりやすくなってしまう。
偽装術を使っているからよほど接近しない限り探知できないはずだが、安心はできない。
炉の出力はまだ絞れる。その方が発見されにくいだろう。
反面、万が一停止させてしまったら瞬時に偽装が剥がれる。
低出力だと境界炉は不安定になりがちだ。丘の影に潜んでいるとは言え、見る角度によってはティーガーの巨体は遥か遠くからでも視認――
『料理長よりバトラー。開店はまだか?』
唐突に操術腔内に念話が響く。年若い、幼さすら残る声だ。
僕は胸中で舌打ちした。念話をやたらに使えば敵にこちらの所在がばれる恐れがある。符丁を使えばいいというものではない。
それがわからないほど、相手は馬鹿ではなかった。全て承知で発信しているのだ。
料理長――ウルク・ファーレンは由緒正しい帝国貴族だ。彼はまだ十四歳だった。
メイルライダーになるのは若いほどいいとされているし、貴重な才能だから、資質が十分なら帝国魔導院は年齢や出自などに頓着しない。僕だって彼の歳にはもうデイモンメイルに乗っていた。
しかし、建前や原則だけで人事を行っても上手くはいかない。
平民のメイルライダーには準爵位が与えられるが、一代限りの地位であり、どうにか貴族の体裁がつく程度の棒給が添えられるだけだ。おまけに僕の生理年齢は十八歳に過ぎないし、なんと言っても移民の子だ。
一方、ウルクは宮廷序列でも最上位のファーレン公爵家の跡継ぎなのだ。
彼が僕を軽く見るのは、ある意味当然の成り行きだった。
ウルクにしてみれば、僕は色々な意味で受け入れ難い上官なのだろう。そのせいか、なにかにつけしつこく意見具申をしてくるのだ。正直、うっとうしい。
『聞こえているか、バトラー? 開店は――』
「バトラーから料理長。状況は把握している」
僕はぴしゃりとさえぎって念話を切った。
つまり、『黙れこの馬鹿野郎』ってことだ。向こうにもちゃんと伝わっているといいが。
ただ、彼がせっついてくるのは一応理由がある。
僕はティーガーの外部知覚に意識を向けた。
蒼穹の下に広がるは、秋色に染まった南部平原。
所々に残る里森の紅葉が枯れた草原を彩り、収穫を終えた畑が畝を連ねていた。大きな河が平原を蛇行しながらゆったりと流れるさまは、平和そのものだ。
しかしティーガーを潜ませている丘の先では、帝国軍と連合軍の兵士達が激しく交戦していた。双方とも大部隊であるが、攻める連合軍側が優勢だ。数度に渡る攻撃を経て、帝国軍の戦列は第二線まで突破されており、総崩れも時間の問題だ。
そう、まさに戦闘は佳境を迎えていた。
きっとウルクは英雄になりたいのだろう。同胞の窮地に颯爽と駆けつけて敵を蹴散らし、エルミナの威信を取り戻したいのだ。ついでに海外領地と独占権益も。
まぁ、貴族の事情は知ったことではない。ティーガーと任務。僕にとって重要なのはそれだけだ。
危ういところで、帝国軍の阻止砲撃が始まった。魔力の供給源となる術者不足のため、重砲は日に数度しか撃てないが、破壊力は折り紙付だ。損害に耐えかね、連合軍は撤収していく。
戦場全体が爆煙に覆われて視程が悪く――いや、違う。
ひたひたと押し寄せてくる白い壁は、魔力探知を霍乱する霧だった。連合軍側の広域魔法に違いないが、撤退の援護にしては大規模過ぎる。むしろさっきまでの攻撃は単なる探りで、次が本命なのだろう。
辺りはたちまち白い闇に閉ざされた。ほどなく聞こえてくる重苦しい地鳴り。
どろどろと不規則に響くそれは、とてつもなく大きなものが群れを成して地面を蹴立てる振動音だった。
ガ○ダムのような軽快な機動兵器やFSSのような超精密機械も好きなのですが、本作のロボはでかくてごつくて重々しく動く、戦車をイメージしています。(ボト○ズは近いですが、あれよりずっと大きい)
そして戦車といえばティーガーですよね!!!!!!
我ながらベタな名前ですみませんが、〝泥の中の虎〟に出てくるティーガーⅠをイメージして書いてますので、そのまんまにしてしまいました。
よって本作のティーガーは汚いです。
白い巨人と書いてありますが、綺麗な真っ白ではなくてムラがあり、灰色にくすんでいる部分もあり、表面が荒れて剥がれ落ちているような部分もあります。




