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文章が稚拙なのでちょちょいのちょい改稿します。
そこで翡翠は、カーレルが人一倍責任感が強かったことを思い出した。
もしかすると、モンスターの襲撃からフィーアタールを守れなかったのが悔しいのかもしれない。だが実際は、助けられた者は多い。
「いいえ、殿下が察知してくださって助かった命はたくさんあります。その中に私も含まれています」
そう答えて翡翠は、当時ジェイドが倒れていた場所をしばらく見つめ、ラファエロのことを思い出した。
サイデュームに戻ってから、一度もラファエロに会っていない。
元気にしているのだろうか?
ラファエロは無茶をすることがあり少し心配になった。だが、今カーレルにラファエロのことを質問したら、あのときの記憶を取り戻したと気づかれてしまうだろう。
折を見て思い出したふりをして、どうしているか訊いてみよう。そう考えるとカーレルに向き直る。
「これ以上、なにか思い出すことはなさそうです」
「そうか」
そう答え残念そうな顔をすると、カーレルは翡翠の手を引いて歩き始めた。そうして騎士館の案内を一通り終えると、今度は街の中を散歩することになった。
翡翠はもちろんそれに強い抵抗があった。なぜならジェイドが指名手配されていたからだ。
「街の中を歩く必要はないのではないでしょうか」
「ジェイドは街にも行っていたはずだ。これは必要なことなんだよ」
そう言われ断ることもできず、翡翠はフードの端をつかむと顔を隠すために引っ張る。
「わかりました、そう言うことなら」
カーレルはそんな翡翠をじっと見つめて言った。
「君はもしかして……」
翡翠はフードの下からちらりとカーレルを見上げて訊き返す。
「もしかして?」
だがカーレルはその問いに答えることなく、しばらく翡翠の真意を探るかのようにじっと見つめ返すと優しく微笑んだ。
「なんでもない。行こう」
そう言って歩き始めた。そして、まずは街の中心にある市場の方へ出ると翡翠に訊いた。
「翡翠、お腹は空いてないか?」
「えっ? そういえばもうお昼過ぎてるんですね。訊かれればなんだかお腹が空いたような気がします」
「そうか」
カーレルはそう言うと、あるお店に一直線に向かって行く。
その店はジェイドのころよく来ていた店で、中でもパンケーキ生ハムチーズ乗せメープルシロップがけとタロイモのチップスのセットメニューをよく食べていた。
カーレルは店の前で翡翠を待たせると中へ入っていき、しばらくして包み紙を二つ抱えてもどってきた。
「たまには外で食べるのも悪くない」
そう言って広場に向かい、ベンチに座ると包みのひとつを翡翠に手渡した。膝の上で広げると、それはジェイドが良く食べていたお気に入りのセットだった。
翡翠は思わず隣に座っているカーレルを見上げる。すると、カーレルは微笑んだ。
「ジェイドが好きだった」
その台詞に一瞬ドキリとするが、ジェイドがこの食べ物が好きだったと言っているのだと気づくと、勘違いするなんてと思いながら苦笑した。
「ジェイドが好きだったんですね?」
翡翠がそう返すと、今度はカーレルが驚いた顔をしたあと自嘲気味に微笑む。
「そうだ、とてもね」
そこまでではなかったと思い返しながら、そんなことまで調べていることに少し驚いた。
翡翠は手が汚れないようにそれを包み紙で綺麗に持った。これはコツがいるが、何度も食べているので手慣れたものだった。
そうして思い切りそれを頬張ると、懐かしい味が口の中に広がる。
「うん! 私も好きになりそうです」
思わずそう言ってとびきりの笑顔を見せると、カーレルは嬉しそうに微笑んだ。それを見て、カーレルはこんな顔もするのかと思いながら、翡翠はもう一口頬張った。
ゆっくりそれを味わいながら食べ、午後は街中を散策して歩いたあと宿泊先へ戻った。
夕食後、カーレルは部屋の前までエスコートすると翡翠を見つめた。
「明日は早朝にホークドライ区域へ向けて立つ予定でいる。途中イーコウ村に寄る予定があるから、ここでゆっくり休ませてやることができなくてすまない」
そう言うと申し訳なさそうに微笑み、翡翠の手の甲にキスすると、名残惜しそうに見つめたあとその場を去っていった。
イーコウ村はジェイドの生まれ故郷である。寄るのは当然のことだろう。
翡翠は故郷へ帰るのが嬉しい反面、不安な気持ちもあった。
もしもイーコウ村でデボラたちに見つかってしまったら、みんながどんな反応をするか考えると怖かったからだ。
裏切り者と罵られるかもしれない。
そんなことを考えて、この夜はなかなか寝付くことができなかった。
翌朝、翡翠の不安な気持ちをよそに馬車はイーコウ村へ向かって走り出した。
イーコウ村はフィーアタール区域市街地から比較的近い位置にあり、王宮の馬車なら半日もかからずにたどり着くことができる。
向かっている途中、馬車の中で翡翠は不安を顔に出さないよう細心の注意を払った。
なぜなら、最近のカーレルは翡翠の表情をよく観察しているようで、少しの変化も見過ごさないからだ。
変な態度を取れば、なにかするのではないかと誤解されかねない。
「これから寄るイーコウ村はジェイドの故郷だ。今日はその村に宿泊することになる」
目的地近くでカーレルからそう告げられたとき、翡翠はとにかく村の人たちにばれてしまわないかと不安で頭がいっぱいだった。
イーコウ村に着くと、村長のジャック・カルノーが翡翠たちを出迎えた。
翡翠はその懐かしい顔を見て泣きそうになるのをぐっとこらえる。
ジェイドにとって村の人間は、全員が家族みたいなもので、小さい頃エクトルが不在のときはよくジャックの家にも遊びに行きお世話になったものだった。
「こんなに小さな村へ、ようこそお出でくださいました。僭越ながら本日は私が村の案内をさせていただこうかと思っております」
「気持ちはわかるが、必要ない」
カーレルが素気なく断ると、ジャックは翡翠のほうをちらりと見て言った。
「それは、とても残念です。私どもは賢人様とお話できるのをとても楽しみにしておりましたから」
そう言ってお辞儀をすると下がっていった。翡翠はその後ろ姿が見えなくなるまでずっと見送る。
翡翠がカーレルに向き直ると、カーレルはただ黙って翡翠を優しい眼差しで見つめていた。
「すみません、なんだかあの村長さんのことを懐かしく思ったので」
「そうか」
カーレルになにか思い出したかと訊かれると思っていた翡翠は、なにも訊かれずにすんで少しほっとした。
今なにかを問われれば、感情的になってしまいそうだったからだ。
「では行こう」
カーレルはそう言って、翡翠の手をとり歩き始めた。
カーレルに手を引かれイーコウ村を歩いているあいだ、イーコウ村のすべてを懐かしく感じた。
そして翡翠は、ジェイドだったころここで過ごした日々を思い出していた。
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