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文章が稚拙なのでちょいちょい改稿します。
カーレルはしばらくじっとそんな翡翠を悲しそうに見つめていたが、気を取りなおしたように案内を再開した。
ほとんど案内が終わったところで、最後にダンスホールへ連れていかれる。
「ここは入学式や卒業式、その他のイベントでも使われる。教室の次にここをよく使用していたと思う」
翡翠は入学式でカーレルに再開した日を思い出す。そして、カーレルを諦めたあの卒業式の夜のことも。
そうしてぼんやりしていると、カーレルが心配そうに翡翠に声をかけた。
「翡翠? ここを覚えているのか?」
翡翠はしばらくじっと一点を見つめ、当たり障りのない出来事を思い出すと微笑む。
「ここでパーティーのような、なんでしょう、そんなことをしていたのを少し思い出しました。私は一人でそこへ立っていて、殿下はスピーチをしていました」
それは建国記念日の思い出だった。カーレルは王太子なので、こういった催しに誰かと参加するということはない。
他の者たちが適当に相手を見繕って参加している中、ジェイドはカーレルに操を立てて一人で参加した。
それでも、立派にスピーチをするカーレルを見られるだけで幸せだった。
そもそも、一般人である自分がカーレルと参加するだなんてそんな大それたことを考えたことなどなかった。
ただ、そばにいてその姿さえ見られればよかったのだ。
それなのに、 自分はいつからこんなに欲張りになったのだろう?
ミリナとカーレルが一緒にいるところを見てショックを受けるなんて、そんな資格はそもそも自分にはない。
今こうして翡翠としてここに立ってみて、それをまざまざと思い知らされていた。
「翡翠、顔色が悪いようだ」
感情を表情に出さないように気を付けていたが、気づかれてしまったようだった。
「なんでもありません。学校内の案内はこれで終わりでしょうか?」
カーレルに弱みを見せまいと翡翠はそう言って微笑み返した。すると、カーレルはじっと翡翠を見つめた。
あまりにも見つめ続けるので、翡翠が視線を逸らすとカーレルは言った。
「やはり、私は君に無理をさせているようだ」
翡翠は慌ててカーレルを見つめ返すとそれを否定する。
「殿下、私は大丈夫ですよ? 確かに疲れてはいますが、そこまで心配していただくほどのことではありません」
それを聞いてカーレルは悲しそうに微笑む。
「そうか、でも今日はもう王宮に戻るとしよう。明日からは長旅になる」
そう言うと、カーレルはおもむろに翡翠の真横に立つと繋いでいた手を離した。
ずいぶん近くに立ったので、どうしたのかと訝しんでいると、カーレルは翡翠の肩を抱き少し屈むと膝の裏に腕を差し入れ、横抱きに抱きかかえた。
「あの! 殿下?!」
いきなりほんの目と鼻の先にカーレルの顔があり、翡翠は慌ててフードを深く被ろうとするが、カーレルの腕に引っ掛ってしまい被れない。
近い! 近すぎます!!
そう思いながらぎゅっと目を固く閉じると、瞼になにか柔らかいものが触れる感触があったあと、カーレルは歩き始めたようだった。
翡翠はうっすら目を開けると、カーレルの顔を下から見上げる。すると、それに気づいたカーレルが翡翠を見て微笑んだ。
ドキリとして恥ずかしくなり、もう一度目を閉じると言った。
「殿下、自分で歩けます……」
「わかっている。これは私の我が儘だ。明日からは気を付けるから今だけこうさせてくれ」
我が儘? 明日から気を付ける? 一体どういう意味だろう?
考えても答えはでず、とりあえず返事を返した。
「はい。わかりました」
すると、カーレルは立ち止まり翡翠を見つめる。
「ありがとう」
それだけ言うとまた歩き始めた。
結局カーレルは本当に王宮の一角に準備された翡翠の部屋までそのまま送り届けてくれた。
「翌朝迎えに来る。こちらで準備させるからゆっくり休め」
そう言って手の甲にキスすると、部屋を出ていった。
翡翠はカーレルがなにを考え、どうしてあんな行動をしたのか理解が追い付かずにいた。それに翡翠を王宮に客人として迎えたのにも驚いた。
もちろんジェイドのときにも王宮へ足を踏み入れたことはない。一般人は決して入ることの許されない場所だからだ。
これは、信じられないぐらいの高待遇だった。
だが、翡翠がジェイドの記憶を思い出さないうちに、懐柔するために優しくしてくれているのかもしれなかった。
「それなら優しくて当然か……」
翡翠はそう呟くと、どっと疲れがでて早々にベッドへ潜り込んだ。
気がつくと、外はずいぶんと明るくなっていた。窓の外を見ながら今日は休日だったかぼんやり考えているうちに思考がはっきりして、自分がサイデュームに戻ってきたことを思い出す。
翡翠は慌てて体を起こした。今日から旅に出ると言っていたから、早朝に出るに決まっている。
着替えの手伝いを申し出るメイドに断りを入れ、急いで支度をすませると寝室のドアを開けた。
すると、カーレルがこちらに背を向ける形でソファーに座って待っていた。
旅に出るためか、カーレルはとても地味な服装だった。あれならば町中を歩いていても、誰も王太子殿下だとは気づかないだろう。
そのとなりにはミリナが座っており、彼女は逆にとても煌びやかな布やレースを使用したユニークな服装をしている。
この旅にミリナも同行するのだろうか? 考えてみればそれは当然のことかもしれない。二人は恋人同士なのだから。
そう考えて暗い気持ちになった。
翡翠がうしろで見ていることも気づかず、ミリナはカーレルに甘えるように話しかけた。
「カーレル殿下、来月の私の誕生日は忘れないでくださいね!」
二人の甘い会話が始まってしまう前に声をかけなければと、翡翠は慌てて口を開いた。
「おはようございます。お二人をお待たせしてしまったようで申し訳ありませんでした」
すると、ミリナは振り向き立ち上がり翡翠に駆け寄る。
「おはよう! ぜんぜん、待ってないよ。この前召喚されたばかりでなれてないもんね、疲れちゃったでしょ? ゆっくり寝れた?」
「はい、お陰さまで」
「よかった」
そこでミリナは突然なにかを閃いたように言った。
「そうだ、ねぇ! 翡翠も私の誕生日に招待するね! たぶんちょうど旅が終わるころだと思うし!」
「え? あ、はい。私が行ってもいいのなら」
すると、ミリナは嬉しそうに微笑んだ。
「本当? 絶対よ!」
ミリナはそう答えるとカーレルに向き直る。
「それとカーレル殿下、旅の道中ちゃんと翡翠に優しくしてあげてね!」
カーレルは冷たく答える。
「言われなくとも」
「じゃあ翡翠、私お祈りとかで帰らないといけないからもう行くね。早く色々思い出せるといいね」
そう言うと、ミリナは部屋を出ていき翡翠はその後ろ姿を見つめた。
「仲がよろしいのですね」
そう言ってカーレルに視線を戻すと、不機嫌そうな顔をしていたため慌てて頭を下げた。
「お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした」
だが、しばらくたってもカーレルからの返事がないので、そっと頭を上げると面前にカーレルが立っていた。
「殿下?!」
翡翠は戸惑いながらカーレルを見上げる。
「待ってない。それより、私とミリナはそう見えるか?」
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