エピローグ 2
ラファエロはそう言って去っていくファニーの後ろ姿を見つめて言った。
「本当につかみどころのない奴だ」
そこでオオハラが呟く。
「でもなぜか憎めないんですよね」
それを聞いてその場にいた全員がうなずいた。そうしてしばらくファニーの後ろ姿を見つめてから、カーレルが口を開く。
「よければゆっくり話の続きをしたい。もちろん、君が疲れていなければだが」
「はい、私は大丈夫です」
「そうか、なら準備させよう」
そうして翡翠たちはサロンに通された。
各々がソファに腰かけると、渡されたお茶を見つめオオハラが慌てたように言った。
「殿下、そういえばミリナが翡翠さんに渡した毒入りの茶葉を早く処分しなければ」
「わかっている。それはもう伝えてあるから問題ない。ところで翡翠、君はなぜククルカンの宝石を?」
「そうでした、これお返ししないと!」
翡翠は慌てて首にかけていた小袋を外し、中身を取り出すとニクラスに差し出した。
「お返しするのが遅くなって申し訳ありませんでした」
ニクラスは微笑むと、それを翡翠に押し戻した。
「これは差し上げると言ったはずです。実際これのお陰で私はあなたを救うことができた」
「でも、あの、こんな大切なものを私が持っているなんて……」
ニクラスはゆっくり首を横に振る。
「お慕いし敬愛すべき女性であるあなたにこそ、これを持っていていただきたい。これからも、あなたを間接的にお守りできるのだから、それぐらい安いものです。それにこれは我がヘルヴィーゼ国とサイデューム国との友好の証でもあります」
「お慕い?! け、敬愛?!」
動揺している翡翠の横で、カーレルが作り笑顔で答える。
「その気持ちありがたく受け取るが、翡翠がニクラスと同じピアスを揃いで付けていては誤解を招くだろう」
そう言って翡翠の手からククルカンの宝石を抜き取ると、それを見つめていった。
「私のほうで、違う宝石に仕立て直す。翡翠、かまわないか?」
「それはかまいませんが、そんな、友好の証を私が持っていもよろしいのですか? カーレル殿下が持っていたほうがよろしいのでは?」
するとニクラスがとても嫌そうな顔をした。
「カーレルとお揃いの宝石を身につけるなんて、ゾッとする」
「奇遇だな、私もだニクラス」
そうしてしばらくお互いに作り笑顔で見つめ合ったあと、カーレルは忌々しそうに言った。
「とにかく、この宝石のお陰で翡翠が助かったのは事実だ、それだけは礼を言う」
「君から礼を言われる筋合いはない。これは私のためでもある」
ケンカになりそうな二人を見て、翡翠は話を逸らすために質問する。
「ところで、サイデューム国とヘルヴィーゼ国はいつ、どうやって友好関係になったのですか?」
すると、二人は驚いた顔をしたあと不意に笑うと翡翠を見つめた。
そしてニクラスが先に口を開く。
「まさか、橋渡しをしたあなたに聞かれる日が来るとはね」
「私が、橋渡しを?」
その問いに、カーレルが答える。
「そうだ翡翠、君のお陰で私たちは協定関係を結ぶことになったのだから」
どういうことなのかわからず、翡翠が呆気にとられていると、カーレルが説明してくれた。
「君が姿を消し、私が血眼になって君を探しているころ、ニクラスもまた君を探していた」
翡翠はそれに納得した。ニクラスはジェイドの力を欲していたからだ。
「ブック首相が私に接触した理由を知れば、それは当然のことだと思います」
それを受けて、ニクラスは首を横に振る。
「翡翠、それは違います。私がもう一度あなたに会いたいと強く願った理由は、あなたが言ったことが私の心を強く揺さぶったからです」
「でも、私はあのときとても生意気なことを言ったと思うのですが……」
「先日、フンケルンで私はある女性の話をしましたね」
「はい。ブック首相の気持ちを動かせるほどの女性とはどんなかたなのか、興味を持ちましたから覚えています」
するとニクラスは苦笑する。
「あれはあなたのことですよ」
「えっ? はい?!」
そこで、カーレルが笑いながら言った。
「翡翠らしいな。他人の意思を変えてしまうほどの影響力があるにも拘わらず、それに気づいていない」
翡翠はフンケルンでニクラスに言われたことを思い出し、とても恥ずかしくなると思わずニクラスから視線を逸らしうつむいて目の前にあるティーカッブの中を見つめた。
ニクラスはそんな翡翠を見つめて嬉しそうに微笑んだ。
「翡翠、やっと私を意識してくれましたね」
その台詞に驚いて翡翠が顔をあげると、ニクラスと視線がぶつかりまたうつむく。
そこでカーレルが不機嫌そうに口を挟む。
「ニクラス、よく私の目の前で翡翠を口説けたものだ」
するとニクラスは鼻で笑った。
「私は欲しいものを手に入れるには、手段は選ばない」
そのとき、オオハラが大きく咳払いをした。
「お二人とも、翡翠が困っていますよ。ね?」
そう言って翡翠に優しく微笑んだ。
「あ、いえ、あの、困ってるというか驚いてしまって。ところで、ミリナ様はなぜ私たちの旅を妨害したのでしょうか?」
そう答えて翡翠はまたも話題を逸らすと、カーレルが苦笑しながら言った。
「そうだった、その話をするはずだったのに話題が逸れてしまった。君には話したいことがたくさんありすぎるんだ」
「私も訊きたいことはたくさんあります」
そう言って二人はしばらく微笑み合うと、カーレルが先に口を開いた。
「君がこの世界に召喚され目覚めたあの日、ミリナが王宮にいたのを覚えているか?」
「はい」
「ミリナは君が召喚されたと聞き付けて、突然なんの知らせもなく王宮に押しかけて来た。おそらく、君が記憶を有しているか自分の目で確かめたかったのだろう」
「私はてっきり、殿下がミリナ様を呼んだのかと」
「まさか、私は彼女をティヴァサ国に縛り付けるために聖女としてキッカへ送りこんでいたのだから呼ぶわけがない」
「では、ミリナ様が結界を張ったのではないことはご存知だったのですね」
「もちろん、オオハラから聞いて知っていた」
「そうだったのですか……」
なにからなにまで、カーレルは知っていたのだ。
「彼女は旅の途中行く先々で伯爵家の財力を使い、野盗をけしかけたり、ときには嘘の情報で惑わせたり、馬車を壊されたりと本当にありとあらゆる手段で妨害してくれた。それに、刺客も送られてきていたから私は気が気じゃなかった」
「刺客ですか?!」
「そうだ。まぁ、四六時中私がそばにいたし、予定を変えながら移動していたから問題はなかったが」
「そんなことにも対処されていたのですね、ご面倒をおかけして申し訳ありません。守ってくださってありがとうございます」




