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オオハラは苦笑すると答える。
「はい。やはりばれていたのですね。途中、なにも疑わずに着いてくるのを見て、もしかしたら正体がばれているのではないかと思っていました」
そこでファニーが口を挟む。
「や、ちょっと待ってよ。ニヒェルって誰? ばれるってなにが? 正体??」
そんなファニーを無視して、翡翠はオオハラに言った。
「あなたは私と同じ、異世界から召喚されたこの『ジェイド』のパーツであり、ニヒェルの生まれ変わり。違いますか?」
「パパパパ、パーツゥ?!」
ファニーは目をひんむいて手をわなわなさせているが、オオハラもまたそんなファニーを無視して話を続ける。
「その通りです。僕の役目はあなたのサポートをすること。それにしてもなぜ、僕が召喚された存在だと気づいたのですか?」
「オオハラさん、この世界には『スパイ』という言葉はありません。でもあなたは『スパイ映画』と。それに『ジェイド』についてあまりにも詳しすぎます」
すると、オオハラは頭を書きながら苦笑した。
「そうでしたか、この世界では『スパイ』って言わないんですね。普段使わない単語なので気づきませんでした。僕は翡翠さんのようにこの世界で生まれ育った記憶はありませんから」
そこでファニーがまた叫んだ。
「ちょっと待ってってば! 僕だけ置いてけぼりなんですけどぉ?」
そう言って翡翠の顔を横から覗き込む。翡翠は慌ててファニーに向き直った。
「ごめんなさい。そんなつもりはないんです」
そう言って、翡翠はゆっくりことのあらましをファニーに説明した。ファニーは驚きながらもそれを信用してくれたようだった。
「でもさぁ、じゃあ博士もエンジェルも今はきっとすごい力を持ってるはずでしょう? 僕を連れてくる必要はなかったんじゃないの? なんで僕を連れて来てくれたの?」
「前にも言いましたが、私はファニーさんを信頼しています。なので、ファニーさんに私がなにを成そうとしているのか見届けてもらいたいんです」
「え~! なんで? そんなことする必要があるの?」
「私はみんなから信頼されていません。もし私になにかあったときファニーさんに、中立的な立場でなにがあったのかを伝えてほしいんです」
「『なにかあったとき』なんてなに言ってんの! そんなこと言わないでよぉ。それに~、エンジェルのことを信頼してない人間なんていないよ?」
「ありがとう」
ファニーにはそう見えているのだと思うと、翡翠は苦笑した。
そこでオオハラが口を開く。
「では、翡翠さん。ファニーさんも最後の『スタビライズ』に連れていくのですか?」
「はい。ファニーさんがよければですけど」
「もっちろん! こんな面白そうなことに参加しない手はないも~ん」
そう言ったあと、ファニーはしまったという顔をして、顔の前で両手を合わせて言った。
「エンジェルの大切なことを、『面白そうなこと』とか言ってごめぇ~ん!」
「いいえ、ファニーさんらしくて私はいいと思います。その明るさに何度も助けられましたから」
そう答えるとオオハラに向き直る。
「というわけで、最後の『スタビライズ』には馬車で向かいましょう。それに、カーレル殿下に追い付かれないよう急がないといけませんね」
「わかりました」
そう答えて、オオハラは翡翠をじっと見つめた。
「なんでしょうか?」
「翡翠さん。あなたはカーレル殿下のことを誤解しています」
「誤解? どういうことですか?」
「それはご自身で確かめるのがよろしいでしょう」
そう言って歩き始めた。馬車に戻ると取り付けられた魔具に魔法をかけようとしたが、オオハラがそれを止めた。
「僕もこの魔具に魔法をかけようとしたのですが、この魔具ではこれ以上魔法の負荷に耐えられません。すみません、僕がもっとちゃんとしたものを用意できたらよかったんですが……」
「そうだったのですね、わかりました。では馬に負担にならないよう、継続治癒魔法だけかけて出発しましょう」
そう言って翡翠は仕方なく馬にだけ魔法をかけると、馬車に乗り込んだ。
カーレルたちには流石にもう翡翠が抜け出したことはばれてしまっているだろう。今ごろ翡翠を追いかけてこちらに向かっているに違いない。
そう考え急いで最後の『スタビライズ』へ向かうことにした。
そうしてその日の夜半には最後の『スタビライズ』のある手前の街、フルスシュタットに着くことができた。
もしかしたら、カーレルたちがもう着いているかもしれないと少し警戒したが、まだカーレルたちが着いた様子はなかった。
フルスシュタットの街には大小たくさんの川が流れており、その上に橋や木のデッキが張り巡らされていて、住民はその上に家を建て生活している。
橋から川の中を覗くと、水中にたくさんの睡蓮が咲いており、それが下から照らされていてとても美しかった。
「ここの睡蓮は水中で咲くのですか?」
そうファニーに尋ねると、ファニーは小刻みに顔の前で人差し指を横に振りながら言った。
「のん、のん、のん、のん。あれは魔法で水中に空間を作って咲かせてるのさ! ここは観光で成り立ってる街だもん。でも、本当に綺麗だよねぇ~」
「はい。とても神秘的に見えます」
街の下を流れる川は大きな滝へと続いている。とても雄大な大瀑布でそれも見に行くことができる。
最後の『スタビライズ』はその滝の向こうにあった。
「滝の向こう側にいくのは、厳しい道のりです。僕たちだけなら難なく行けますが……」
そう言ってオオハラはファニーを見つめた。ファニーは、満面の笑みで首をかしげた。
「ん? な~に? あ、わかるぅ! 僕の顔、美しいよね~。見とれちゃうよね~」
翡翠は思わず笑いながら言った。
「本当にそうですね、確かにとても美男子だと思いますよ」
それに続いてオオハラが呟く。
「黙っていればですけど」
「博士ってば、恥ずかしがり屋さんだねぇ。そんな憎まれ口言っちゃってさぁ。でも、大丈夫! 僕はわかってるからね!」
それを聞いてオオハラは大きくため息をつき、そんなやり取りを見て翡翠はクスクスと笑った。
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