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するとエミリアは悲しそうに微笑んだ。
「翡翠様、私は翡翠様のなさることには絶対反対なんていたしません。それは、翡翠様を信じているからです。だからこそ、隠し事はしないでほしかったですね」
そう言うと、チェストから荷物を取り出すのを手伝ってくれた。
「ごめんなさい。言えば止められると思って」
エミリアは首を横に振った。
「こうするにはなにか理由があるのですよね。でしたら、それをサポートするのは私の役目です。私の主人は旦那様ですが、翡翠様のことはもっと特別な存在なのですから」
それを聞いて翡翠は我慢できずに涙をこぼした。
「エミリア、ありがとう」
「いいえ、私のような使用人に『ありがとう』と感謝してくれる、そんなかただからこそお手伝いさせていただきたいのです」
エミリアはそう言うと荷物の中身を確認し、必要最低限の物を追加してくれた。
「さぁ、これで当面大丈夫だと思います。翡翠様の捜索を遅れさせるために、王太子殿下には誤魔化しておきます。ですが、流石に誕生会にいなければ、ばれてしまうでしょう。それまでにできるだけ遠くへ」
そこにファニーが戻って来ると、エミリアを見て固まった。
「もしかしてばれちゃった?」
エミリアは首を振る。
「なんのことでしょう? 私は何も見ていませんが?」
「わぁお、エミリアってば最高じゃん! じゃあ、エンジェル、早いところ行こうよ!!」
翡翠はうなずくとエミリアに向きなおり彼女を抱きしめた。
「こんな私のために、本当にありがとう」
「いいえ。さぁ、時間がないのですよね? 行ってください。ここの窓から外に出ると、壁沿いに行けば誰にも気づかれずに裏口に行けるはずですから。それとこれ」
そう言ってエミリアは淡いブルーの外套を差し出す。
「いつもの外套を着ていれば、すぐにばれてしまいますから」
「ここまでしてくれるなんて、本当にありがとう」
「お気をつけて」
エミリアはそう言って翡翠の手を握った。
翡翠はあふれる涙を拭うと、エミリアに渡された外套を羽織り深々と頭を下げて窓から外に出た。
外に出ると、急いで花屋へ向かう。ファニーも流石にいつもの恰好では派手だと思ったのか、目立たないようティヴァサ国でよく見る外套を着て深くフードをかぶっていた。
聖堂の向かいの花屋の横へ行くと、オオハラが青い顔をして立っており翡翠が声をかけるとほっとしたような顔をした。
「カーレル殿下にばれてしまうのではないかと、気が気じゃありませんでした」
そう言って翡翠の後ろに立っているファニーに視線を移すと、怪訝な顔をした。
「その男性は?」
翡翠は苦笑する。
「彼は見た目は怪しいかもしれませんが、私が出会ってからずっと私のことを偏見なく見てくれる人で、信頼できる人なのです。きっと助けになってくれると思います」
するとファニーは嬉しそうに微笑んだ。
「わぁお、エンジェルってばそんなふうに僕のこと思ってくれてたんだね? めっちゃ感激!」
その様子を見てオオハラは苦笑した。
「そうですか、わかりました。では、時間がありません。僕が準備した馬車まで案内します」
そう言って、オオハラはそこから少し離れた場所に待機させていた馬車まで案内すると、申し訳なさそうに言った。
「僕がこっそり用意できる馬車は、これが限界でした。すみません」
見ると、オオハラが用意した馬車では目的地まで一日半ぐらいはかかりそうだった。
「いいえ、そんな。こちらこそ無理を言ってすみません。とにかく『ジェイド』のところまで行けばなんとかなると思いますし、大丈夫ですよ」
翡翠は笑顔でそう答えた。実際、『ジェイド』に着けば力を取り戻し、この馬車にももっと強力な魔法がかけられるはずである。
翡翠たちは素早く馬車に乗り込むと、『ジェイド』があると思われる森へ向かった。
カーレルたちは午後から行われる、聖女の誕生祭パレードなどに参加するはずだ。
パレードぐらいはエミリアが誤魔化して足止めしてくれるかもしれないが、夜開催される誕生会に翡翠が参加しなければ、流石にカーレルたちも不審に思い翡翠を探し始めるだろう。
翡翠たちはそれまでになるべく『ジェイド』に近づく必要があった。
とにかく『ジェイド』に行き、力さえ取り戻すことができればその先はなんとかなるだろう。
後方で楽団がはでな音楽を奏で始め、翡翠はパレードが始まったのだと思い、すぐに業者に声をかけ馬車は走り出した。
こうして途中で夜営を挟み、最小限の休憩をとると目的地の『ジェイド』があるとされる森へは、予定どおり一日半で到着することができた。
森の前に到着すると、翡翠たちは馬車から降りて森の中を進んで行った。
「オオハラさん、『ジェイド』があるとされる場所の細かい地図はありますか?」
すると、オオハラは首を横に振った。
「申し訳ありません。この森の詳細な地図が手に入らなくて。ですが、細かい場所は僕の頭の中にありますから大丈夫。任せてください」
「ではお任せします」
翡翠とファニーはオオハラに続いて森の中を進んだ。
すると木々の隙間からオレンジ色の光を放つものがチラチラと見え始めた。
「オオハラさん、あれ」
「えぇ、ありましたね。あれが『ジェイド』です」
そう言う二人のうしろでファニーが叫ぶ。
「すっご~い!! なにこれ? わぁお! 『ジェイド』をこんな間近で見られるなんて僕、超感動してるんですけど!!」
翡翠とオオハラは顔を見合わせ苦笑すると、ゆっくり『ジェイド』に近づきその前に立った。
『ジェイド』はオレンジ色の丸い発光物体の入った円柱の機械で、機械であるにも関わらずパネルらしきものは一切なくその表面はつるりとしている。
翡翠はそれにそっと触れた。すると、ファニーが慌てる。
「ちょっ、エンジェル?! そんなもの触って大丈夫なの?」
「大丈夫、心配しないで」
翡翠はそうすることによって、自分の体に力が充足していくのを感じていた。
だが、以前のジェイドのときと違い翡翠は生身の人間である。そのせいかジェイドの頃の三分の二ほどの力しかなかった。
それでも常人と比べればとてつもない力には違いなく、『スタビライズ』の解放には問題なさそうだった。
そして、それがすむと翡翠は『ジェイド』から手を離し振り返って言った。
「オオハラさん。いいえ、ニヒェル。私はいち早くあの『スタビライズ』に向かわないといけないのですね?」
すると、ファニーがオオハラと翡翠を交互に見た。
「エンジェル、今博士のことニヒェルって言った?」
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