〇サブストーリー 「ねこさんの正体」※挿絵有
サブストーリーはメインストーリーに関係するお話となっています。
今回暗い表現を主に用いています。
苦手な方は飛ばしても平気です。
~仮想空間・死の崖
人は生きる価値を見失った時、死という選択肢を考える。
大抵はそれを乗りきって、新しい価値を見出す。
だから皆生きろ、諦めるなって言う。
でも乗り越える事は過去の自分を捨てることだ。
私は今の価値感を捨てたくない。
捨てずに死ぬ事ができるなら、私はその道を選ぶ。
それほど私には大切な人がいる。
命以上の価値があり、存在価値そのもの。
それは仲違いした幼なじみだ。
現実世界では口を聞かない。
仮想空間ではマブダチという奇妙な関係だ。
でも焼けるようなこの思いは、どの世界でも変わらない。
彼が居なければ、私は命を絶つことを迷わないだろう。
私は昔から社交性がなく、周囲から激しい暴言や暴力のいじめを受けていた。
私が女でも関係ない。
クラスの男女から食物連鎖の最下位、グラスの底の沈殿物のように扱われた。
父親は母が亡くなってから、仕事で滅多に家に帰らずにネグレクト。
絶望的な日々の中、そんな私に生きる価値観をくれたのが、那藤太郎。
幼馴染の那藤くんであった。
近所に住む彼とは小学生からの仲。
彼はいつも冷静で相談すれば考え過ぎるほど、こちらの悩みを自分の事のように聞いてくれた。
ここからは話を端折るが、那藤くんのお兄さんが亡くなったのきっかけで、私達は険悪になった。
生きる意味を見いだせなくなった私は何度も自殺を試みた。
ただ私が生きてるからどれも未遂に終わったのは明白である。
そんなことを繰り返しているある日、不思議な現象が起きた。
Bという私の別人格名乗る者が現れたのだ。
それから私は意識を落とす毎、携帯端末に入れ替わった別人格の日記が記されていた。
未だに信じられないが彼は仮想空間の超有名人VスターのJINYA。
2000万人が所属する猩騎士団の団長でもある。
しかし私の第2人格の彼は直接私に会うことが出来ない。
そこで私に分身であるMr.Bを引き合わせてくれた。
彼は仮面を被りおチャラけた雰囲気だが、根は真面目で警戒心が強く感じた。
結局最期まで私と一定の距離を置き、心を開く様子はなかった。
それでも彼は話し相手になってくれた。
那藤くんや仮想空間での彼、淘汰の話ばかりする私に笑顔を見せてくれた。
さて最期までと表現したのは先日彼が亡くなったのを知ったからだ。
彼は殺されたに違いない。
犯人は有名なプレイヤーキル組織、つまり殺し屋組織とつるむ厄災軍師、天裁だ。
彼はMr.Bの命を弾にして攻撃したらしい。
結果的に成果も得られず、彼は消えてしまったのだ。
那藤くん、淘汰は寿命を使わないと強敵と戦うことは出来ない。
彼をあんなに追い込んで結局、寿命を削り戦わせたあの無能軍師は、焼き殺したくなる程腸が煮えくり返る。
しかも3日間那藤くんは意識が戻らず、死んじゃったのかと思った。
許せない。
その上ギルマスのスミスはその男をギルドに入れると言うのだ。
レイブンさんの襲撃事件は、誰も犠牲にならなかったから許せた。
でもあの厄災軍師は、私から本音で話せる数少ない友人Mr.B。
そして私の存在価値である那藤くんを奪おうとした奴だ。
許せない。
頭の中がドス黒い感情で包まれ、体が激しく震える。
こんな厄災軍師を軽々しく味方にするなんて。
那藤くんは新しい人達が入って私のことは忘れ始めているのだろうか?
あの新しく入った織姫。
あの女が好意を持っているからに違いない。
どうせ私なんて乗り換え要素に過ぎない。
私が今の状態で消えるなら、今がその時なのかもしれない。
目の前に広がるのは、死の崖だ。
落ちたら壮絶な痛みで現実でもショック死をする。
だけどもうこんな世界なんてうんざりだ。
決意を決め一気に足を踏み出した。
淘汰「ばかやろう!
そんな事やって何になるんだ!」
ねこさん「!?」
その声と同時に腕が掴まれ引き戻された。
崖の真上だけあって見渡しは良かったのはず。
気配もなしに淘汰、那藤くんが現れたのだ。
多分私のメールを見て、非常用の瞬間移動を使ったのか?
何より私は聞き慣れない彼の怒鳴り声に怯んだ。
目の前にパンダの被りが取れた淘汰の中身が現れる。
淘汰「軽率に死ぬことに、なんの意味がある!
その先にいる皆が、お前の死を振り返った時、喜ぶと思うのか!?」
ねこさん「なら。
ならなんで放っておいたのさ!」
ねこさん「この仮想空間ではいい人面して私を邪険にして。
その偽善者ぶりが私は気に食わない!
お兄さんの姿だから、この仮想空間でそんなに大きくいられるんでしょ!」
叫ぶように彼を牽制した。
私は彼のアバターの正体を知っている。
それにも関わらず、思わず線を越えた発言をしてしまった。
すぐに口を抑え、下を向いた。
沈黙があった。
やっぱり私は彼の言う通り軽率で、醜悪な性格なのが嫌われる原因だったのだろう。
偽善とは言ったが彼は彼なりに手一杯で、最前を尽くして頑張ってるのは知ってる。
だからこそこのねこさん、という仮想空間での私は淘汰に色々助力をしてきた。
だから今私がすべき事は1つ。
ねこさん「ごめんね、言い過ぎた。
もう迷惑かけないから」
消える。
今の私が私のままでいられるうちに。
そう心で呟いた時に、彼はこう言った。
淘汰「俺も至らない点は多い、いや多過ぎる事は痛感してる。
だから現実を含め、俺も行動を行動を改めるよ。
だからお前も頼む。
じゃないとそもそもこんな感じに会話も出来ないからさ」
ねこさん「出来ないよ、もう会うことなんてない!」
場を繋げてくるも、私はもう耐えられなかった。
手を離された瞬間に飛び出そう、そう思った時だ。
那藤くんは背を向け、手を引き歩き出した。
淘汰「帰ろっか」
ねこさん「!!」
私は怒りが込み上げた。
話を聞いていなかったのか?
すると那藤くんは振り向いた。
淘汰「短い言葉がそれしかなくて。
お前以上に頼れる相手はいない。
色んな件はあるが諸込みで俺と解決していこうや。
んじゃもうそろ帰ろっか。
って感じだがやっぱ言葉にすると長ぇな。
とりあえず言葉の精査もしたいから頼むわ。
この前の模試で国語一位とってたのは知ってる。
偏差値70とか75とかだったか?」
ねこさん「……!?
淘汰にとっては、偏差値5の差は小さいかもだけど。
70と75ってとんでもない差なんだよ!?」
淘汰「よいしょっと、そうか?
ああそうそうこの前さ、数学の偏差値が30から45に上がったぜ」
淘汰はパンダの頭を被ると自慢げに、この前の模試の結果を教えてきた。
ねこさん「よ、予想以上に……」
淘汰「馬鹿?」
ねこさん「それもそうなんだけど、今回は勉強頑張ったんだねって」
淘汰「まぁ模試なんて留年とは関係ないならな、気楽に受けてたけど今回は本気出した」
いつもの雰囲気に戻った。
仮想空間での私達はこんな穏やかな関係だ。
唯一那藤くんといる時は、語尾に『す』をつける喋り方はしない。
こうして本来の自分で話す。
本当に気を許したこの時間が、私にとってかけがえのない時である。
一時の感情に任せ、捨てようとした物は割と重いんだな。
私はヤケになった気持ちを、踏み留めそう思った。
さて、一つだけ頼みたい事があった。
ねこさん「淘汰。
メールは見た?」
淘汰「ああ。
お前が神谷であることは知ってる。
でもどっかの委員長が言ってたんだ。
現実と仮想での関係では差異がある。
ねこさんが望まなければ今は触れないよ」
ねこさん「そっか、助かる。
いずれ気付くかもだけど、出来るだけ皆には内緒ね」
淘汰「ああ約束する。
お前も無理は禁物、約束な?」
私が幼なじみの神谷であり、彼を支えてきたねこさんであることを知った彼。
私達の関係に大きな変化が訪れた。
現実の私も、少しずつだけどこんな具合で話せたらいいな。
死の崖を照らす月は、今夜は死者ではなく私達の行先を照らしていた。




