ロリコンと分かり合えた日
あれから、みさきはずっと不機嫌だった。
みさきが数時間以上不機嫌になったのは過去に一度しかない。あの時は俺が飲んだ酒が原因だったから対処のしようがあったが、今回は違う。
俺は悩んだ。スッゲェ悩んだ。
しかし、どうしても原因が分からない。
その結果……
「おいおい、大丈夫かよ天童龍誠……」
ロリコンに心配されてしまうレベルでヤバイ状態になった。
『死にそうな顔をしているね……救急車を呼ぼうか?』
「大丈夫だ、そういうのじゃない」
キャピキャピした女の声に返事をすると、ロリコンが手近な椅子を持って俺に差し出した。
「とりあえず座れ。で、何があったか話してみろ」
「……俺は、もうダメかもしれない」
「だから何があったんだよ天童龍誠」
「……みさきが……みさきがっ」
俺はロリコンに一部始終を伝えた。
仕事中に何の話をしてんだよって思われるかもしれない。あまりに私的な事情で、バカじゃねぇのって思われてもおかしくない。だけどロリコンは真剣に話を聞いて、こう言った。
「みさきって、あの時の幼女だよな……?」
「……ああ、そうだ」
「そんなっ……」
ロリコンは覚束ない足取りでパソコンへ向かい、激しくキーボードを打ち鳴らした。彼の背に隠れてほとんど見えないが、画面にはいくつもの端末が現れ、何やら小さな文字が連続している。
やがて画面一杯に何かが映し出され、こんな音声が再生された。
『幼女攻略シミュレーターを起動したよ♪』
聞き間違いではなければ、目の間に居るロリコンの声である。
俺は目を見開いてロリコンに問う。なんだ、今の。
ロリコンは過去最高に真剣な目で俺を見て言う。
「あらゆる手段によって入手した情報を全て自前のサーバーに保存し、独自のアルゴリズムによって学習させたシミュレータだ。ここに幼女の情報、および自分との関係を入力すれば、その幼女と仲良くなる最善の方法が瞬時に導き出される」
……こいつは、いったい何を言っているんだ?
「いいか天童龍誠、僕はお前に協力するわけじゃない。ただ僕は、幼女には常に笑顔で居て欲しいだけだ」
唖然とする俺の前で、ロリコンは妙に誇らしい表情をして続ける。
「幼女は存在しているだけでも人々を癒す天使だが、何か嬉しいことがあった時、とても言葉では形容出来ないような、すっげぇキュンキュンする笑顔を見せてくれる。分かるか? その笑顔は喜ばせてくれたことに対する感謝の気持ちなんだ。それに比べて大人は汚い……感謝の気持ちを伝えようとする時、それを物や金、言葉でしか表現できない。だが幼女は違う。彼女達は、ただ純粋に、ありがとうという気持ちを乗せた笑顔を見せてくれるんだ。その笑顔を守る為なら、僕は何だってする!」
そしてロリコン――いや和崎優斗は慈愛に満ちた表情で、そっと俺に手を伸ばした。
「さっさと立ち上がれよ天童龍誠。みさきちゃんを、笑顔にしよう」
俺は暫く、彼の目を見ていた。
その目には一点の曇りも無い。
そうそれはまるで、晴れ渡る青空のように透き通っていた。
いやむしろ、空を輝かせる太陽そのものだった。
その神々しい光に照らされて、俺の心を曇らせていた影は姿を消した。
俺は立ち上がり、彼の手を取る。
目と目が合う。
おまえ、いいヤツだな。
ははは、気にすんなよ。
「まずは、何をすればいいんだ?」
「みさきちゃん、歳いくつ?」
「五歳だ」
「マジかよ、完璧じゃん」
初めて、分かり合えたような気がした。
『仕事してるねー』
こうして、みさきと仲直りする為のシミュレートが始まった。
どうやら初めは俺について質問するらしく、シミュレーターが繰り出す質問に正直に答え続けると、やがて『結果発表をするよ♪』とかいうノンキな優斗の声が画面から聞こえて、こんな文章が表示された。
天童龍誠さんは、行動力のあるタイプです。しかし考えるのは苦手な為、良い時はとことんよく、逆にダメな時はとことんダメという傾向にあります。それは人に勇気を与えることもあれば、強い不快感を与えることもあるでしょう。行動力というのは、時に頼もしく、時に鬱陶しいのです。しかしながら、それは誰もが持っているものではありません。なぜなら、誰しも失敗を恐れるからです。それは行動力のある人も同じです。双方の違いは、その恐怖に立ち向かう勇気を持っているか否かです。そして、逃げるよりも立ち向かう方が怖いことは言うまでもありません。だから恐怖に立ち向かえる人は、その恐怖を誰よりも知っています。きっと貴方は、困っている人を見たら見捨てられないタイプでしょう。そんな貴方にオススメの幼女は、孤児です。ぜひ孤児院を開いて、迷える幼女達を救済しましょう。
「……途中までスゲェ良いこと書いてあったな」
「いやいや最後まで完璧だろ。ちなみに、僕がやった時に酷評されたらショックで死ねる自信があるから、どんな回答をしても嬉しい結果が出るようになっている」
やめろ、ちょっとでも喜んだ俺がバカみたいじゃねぇか。
「で、次はどうすればいいんだ?」
「視力が悪いのか天童龍誠。右下の方に次へって書いてあるだろ。そこをクリックだ」
指示に従って、次へというピンク色のボタンをクリックする。
『お目当ての幼女について教えてね♪』
なんかとんでもなく不名誉な要求をされたような気がするが、まあいい。
Q 年齢 A 五歳
Q その子は人見知りですか?
ふむ、はいかいいえの二択か……どっちなんだ? 小日向さんとは初対面から普通に話してたし、人見知りはしないタイプ……なのか?
A いいえ
Q その子はよく喋る子ですか?
A いいえ
Q その子は本を読むのが好きですか?
A はい
どういう意図があるのか分からないが、次々と質問が続く。それに答える度「へへっ、俺ってみさきのこと分かってるぅ」「……死のう、こんな問いにすら答えられないなんて」と一喜一憂した。
やがて、俺とみさきについての質問が始まる。
Q その子とはどのような関係ですか?
A 親子
Q は、娘? リア充氏ねよ
「おい、なんだこれ」
「いや、こんな質問が出るはず……さてはあいつ、コード弄りやがったな!」
「あいつってあいつか……そういや今日はどうしたんだ?」
「営業に行ってる」
「営業?」
「僕達の作ったシステムを買ってくれって交渉に行ってるんだよ。最近じゃホームページだけで十分儲かるけどな」
「そうか。で、どうすんだよこれ、やり直しか?」
「そうだな……ごめんごめん冗談だよ、と入力してみてくれ。多分どうにかなる」
「なんだそれ、機械がそんなの判断出来るワケ……」
A ごめんごめん冗談だよ
Q なんだよビックリした~、本当は?
「ほらな、言った通りだろ?」
「マジかよ……スゲェな最近の機械」
気を取り直して、別の答えを考える。
親子じゃないとしたら、なんだ? 義理の親子? いや、親子って単語に反応して変な質問が出るかもしれない。みさきとの関係を別の言葉で表現するなら……。
A 同居人
Q その子はどこで誘拐したんですか?
「このパソコン壊してもいいか?」
「やめてやめて! これには百人の諭吉と僕達三人のゴールデンウィークが掛かってるんだから!」
「ひゃく……それじゃ壊せねぇな。どうすんだよこれ」
「と、とりあえず近所とでも入力しておけ」
「……わぁったよ」
A 近所
Q 通報しました
「おい、通報されたぞ」
「だろうね」
数分前、俺はこいつと分かり合えたと思った。
どうやら勘違いだったらしい。
「おまえには二度と相談しねぇ」
「待ってくれ天童龍誠、これは何かの間違いだ。僕は完璧な物しか作らない」
「黙れロリコン」
「……そうかっ、分かったぞ天童龍誠! 僕の集めた情報に、娘に関する情報は無い。なぜなら、情報源は全てロリコンだからだ!」
「そんなものに一瞬でも頼ろうとした自分を殴りてぇよ。なんだこの気持ち、どうしてくれる」
「ありがとう天童龍誠! このミスは僕だけでは気付けなかった!」
……聞いてねぇし。
嬉しそうな笑顔を浮かべてカタカタとキーボードを叩き始めたロリコン。
『そうなったら終わるまで無理だよ。時間になったら帰っていいからね』
と、隣で仕事をしていた坂本がキャピキャピした女の声を鳴らした。
……なんだったんだ今の時間。
俺は強い虚無感を覚えながらその場に尻餅をついて、どうすればいいのかと悩みつつ、昨日ロリコンから与えられた仕事という名の勉強を始めた。




