11-4.希望 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.
「いいのよ、アンナ」
言いつつマリィがアンナの肩へ手を置いた。
「ありがとう」
「いいとか悪いとかの問題じゃないってのに……」
アンナは唇を噛み、しかし諦めたようにかぶりを振った。
「まあ確かにあんた達2人の問題なんだけど。とにかく言うだけは言ったからね」
アンナはマリィへ向き直り、その肩へと手をかける。
「これが最後のチャンスよ。悪いこと言わないから止めなさい」
言い残して、アンナは壁を軽く蹴った。壁を流れるグリップを掴み、離れていく。
「ごめんなさいね」
切り出し方を迷っているように、マリィは眼を伏せた。
「彼女――気にかけてくれているのよ、私達のこと」
「それは解る」
腕組みしつつ、キースは頷いた。
「本気で心配してる。君のことを」
「キースの考えは?」
「君を連れて逃げるって話か?」
マリィの頷きを確かめて、キースが断じる。
「無理だ」
「あきらめる可能性は、ない?」
「ない。時間が経てば経つほど、大佐は間違いなく足場を固める。大義名分がかかってるからな、どこまで逃げても追ってくるさ」
「私が、いなかったら?」
呟くように、マリィが疑問を差し挟む。
「混乱の残ってる今のうちに……何だって?」
聞き咎めたキースが言葉尻をぶった切ってマリィへ視線を突き立てた。
「私が消えたら、キース達は無事に逃げられるんじゃないの?」
「……」
怒りを通り越して凄味がキースの眼に宿る。
「本気で言ってるのか?」
「考えたわ。私さえ生きていなかったら……」
「その時は、」
キースがマリィの言葉を遮る。
「俺も死ぬ時だ」
「キース!」
「俺のことを考えてくれるんなら、」
キースはマリィの両肩を掴んだ。
「俺が君のことをどう思ってるのかも考えてくれ」
「だって、このままじゃみんな死んじゃうわ!」
「引き際なんてな!」
マリィの叫びを圧してキース。
「とっくの昔に超えちまってるんだよ! シンシアも、ヒューイも、ロジャーも、“ハンマ”中隊の連中も!」
マリィの震えが掌越しにキースへ伝わる。二度三度と言葉を投げつけかけて、キースはうつむいた。
「それに君が消えたところで、大佐は君の幻を立てるだけだ。なら――」
キースが再び顔を上げる。マリィの深緑色の瞳を、キースの焦茶色の眼が射抜いた。
「――ならいっそ、俺達の希望の光になってくれ」
意表を衝かれたマリィが眉を躍らせる。
「……どういうこと?」
「こういうことだ」
キースは考えを巡らせながら言葉を紡ぐ。
「――ヘンダーソン大佐のやり口は汚い。“ハンマ”中隊の連中も、君の姿を見て肚をくくった」
言いつつキースの眼が確信の色を増していく。
「――同じことが、他でも起こってると思わないか?」
否定できなかった。ただし、それがマリィの中でキースの言葉に繋がらない。
「……私に、そんな力なんてないわ」
言ってから気付く。キースはマリィを“テセウス”独立のシンボルに祭り上げようとしているのだ、と。
「マリィに必要なのは力じゃない」
勇気づけるようにキースの声。
「真実を暴いた事実と、そこから繋がるイメージだ。力は俺達に任せてくれ、何とかする」
ことの大きさに耐えかねて、マリィは力なく首を振った。
「……務まりっこないじゃない……」
「君はまだ自分の価値を理解してない、ただそれだけだ」
キースがマリィの細い両肩を握りしめる。
「あの“放送”を見れば解る。君は自然体でいい。あとは事実が味方してくれる」
キースはマリィの細い体を抱きすくめた。
「見届けてくれ。これが俺の誠意だ。エリックに示さなきゃならない、俺の覚悟だ」
「……救けて……」
すがるようなマリィの声。
「みんなで救かるんだ。だから、一緒に来てくれ」
「……みんなで……?」
「そう、」
キースは、両の腕に力を込めた。
「みんな一緒だ」
◇
「ヒューイ・ランバートは!?」
救難艇に乗り込むなり、シンシアが問いを飛ばした。
B-5埠頭に繋留されている救難艇“フィッシャー”。A-9埠頭の作業員詰所から直に身体を運んできたシンシアは、埠頭入口で警衛に示された案内に応じて救難艇に乗り込み、居住区――第2病室へ。
上下合わせて8床のベッドに、空きはなかった。その中の一つに横たわるヒューイ。傍らには地上で見た医師の姿。その顔がふと振り返った。シンシアと眼が合う。頷きかけた医師に、シンシアは身体を流していった。
「容態は……?」
医師は頷くでもなく答えた。
「やることはやった」
「じゃ……」
「あとは本人次第だな。ここまで運んできただけでも相応に消耗しとるはずだが……」
シンシアには返す言葉がなかった。いずれ地上に残したところで、治療が続けられる見込みはないに等しい。さらには、この宇宙港でさえ事情が変わるわけでもない。シンシアが唇を噛む、その様を医師は眺めて言葉を継いだ。
「ま、ここ2、3日が辛抱のしどころだろう。随分と頑丈な患者だよ」
それを最大限の励ましと受け止めて、シンシアは医師に頭を下げた。
「……ありがとう、ございます」
「私はできることをしただけさ」
聞くからに不器用な言葉が、医師から返ってきた。
「結果は神の思し召し次第だ。あとは祈ってくれ――彼のために」
医師の手が、シンシアの肩を優しく叩いた。神にすがりたくなる時――シンシアは苦い想いを胸の裡に封じる。神という者がいるとして、その残酷さを見せ付けられてきた、その上でも。
背後に気配を感じて、シンシアは振り向いた。眼に入ったのはアンナの姿。シンシアの様子を窺いながら、きっかけを掴みかけていた風で身を漂わせてくる。
「すごい勢いだったわね」
かけられた言葉に、シンシアは小さく頷いた。
「まあ、ね」
「ドクタは――」
他に言葉を探したがかなわず、アンナは気休めにしかならないと知りつつ科白を紡いだ。
「手を尽くして下さったわ」
シンシアの肩にアンナが手を置く。眼前の医師が、表情を定めかねた顔で小さく頷いた。
今は、運を天に任せて待つしかない――どう足掻いても変わらない、その事実。シンシアは肩、アンナの手に自らの手を重ねた。
◇◇◇
「なあ、」
ドアを閉じるなり、シンシアが口を開いた
「怪我人をここに残すって手はないのか?」
「その選択肢はないな」
オオシマ中尉が部屋の奥、一言のもとに斬って捨てた。傍らのギャラガー軍曹に合図をくれる。その背後、艦の外観図がディスプレイ一杯に現れた。
宇宙港の一角、上級船員用会議室の一つ。その中にキースらを呼び集めたオオシマ中尉が、ディスプレイの艦に親指を向ける。
「理由はこいつだ。強襲揚陸艦“イーストウッド”」
宇宙港のような有人拠点に始まり宇宙船、果てはスペース・コロニィに至るまで、陸戦隊を送り込んで制圧する強襲揚陸艦。対人戦闘のエキスパートたる陸戦隊を歩兵1個大隊、加えて装甲兵員輸送車を1個中隊、機動戦車さえ1個分隊を腹に収め、それを送り込むための揚陸艇を大小30隻ほども擁する、地上戦力の母艦たる存在。宇宙軍第3艦隊に所属するのが“イーストウッド”、これにかかれば宇宙港など、制宙権を持たない現状では風前の灯ほども保つはずがない。
「そいつを陥とすってのは?」
シンシアがなお食い下がる。
「たったの半個中隊でか? そっちに割いてる時間がない」
できないとまでは言わずに一蹴してから、オオシマ中尉は付け加えた。
「怪我人の容態を心配したいのは解らんでもないが、こちらも事情は同じだ。ここに残して人質に取られるより、軌道上に退避させる方がよほど安全だな――悪いのか?」
最後に訊かれたのがヒューイの容態のことだと気付くまでに、一拍の間。シンシアは呟くように答えた。
「……良くは、ないらしい」
「何なら付き添っていてもいい」
静かに、オオシマ中尉。
「どうする?」
「いや、済まねェ」
頭を一振り、シンシアは誘惑を断ち切った。
「続けてくれ」
一つ頷いて、オオシマ中尉は話を切り替えた。
「1時間後に発進する。我々はミサイル艇5隻と救難艇に分乗して宇宙港を離れる」
切り替わってディスプレイの表示、今度は宇宙港“クライトン”から“サイモン”へと伸びる軌道が描かれる。
「救難艇に追い付かれる心配は?」
キースが心配を口にした。
「考えがある……」
「失礼、」
オオシマ中尉が続けかけたところへ、ギャラガー軍曹が割って入った。
「管制室からです――敵が動き出しました。その“イーストウッド”が」
*****
本作品『電脳猟兵×クリスタルの鍵』『電脳猟兵×クリスタルの鍵 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.』の著作権は中村尚裕に帰属します。
投稿先:『小説家になろう』(http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/)
無断転載は固く禁じます。
Reproduction is prohibited.
Unauthorized reproduction prohibited.
(C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.
*****




