11-3.機転 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.
〈おい、手はずが違うだろ!?〉
シンシアがキースを止めに入る――が、遅い。
〈前提が変わった〉
キースが振り切って、
〈向こうが動いてくれなきゃ、待ち構えてる意味はない〉
貨物ブロックに敵の眼はない。キースはコンテナの隙間から這い出した。コンテナに一蹴りくれて、向かい側へと身体を流す。取り付いたのは空コンテナ、ただしこちらには地上から運んで来た搬送ロボットが食い付いている。
〈何のつもりだ?〉
コンテナに潜んでいた“ウォー・エコー”を率いるモントーヤ軍曹が、潜り込んできたキースに訊いた。
〈ここで隔壁を開けに行かなきゃ手詰まりだ〉
キースは返して一言、
〈睨み合ってても勝ち目はない。こっちから突っ込むぞ〉
モントーヤ軍曹が、ヘルメットの中で眉をひそめた。
〈まだ中尉の命令がない〉
〈なら降りろ〉
キースが即座に切り返す。
〈俺が1人で行く。どっちにしろ隔壁が開かなきゃ始まらん〉
理屈ではあった。モントーヤ軍曹は返す言葉を持てず――そして頷いた。
〈いいだろう。こっちも焦れてたとこだ〉
◇
「繰り返す。ここを通していただこう」
オオシマ中尉が、9ミリの銃口をノイマン中佐のこめかみに据え直した。
「言ったろう、協力はできんよ」
バカラック大尉は小さくかぶりを振り、余裕とも諦念とも取れる声で応じる。
「ご自分の立場がお解りになっていないようだ」
オオシマ中尉の声に合わせて、バカラック大尉に突き付けられた突撃銃が圧力を増す。
「解っていないのはどちらかね?」
バカラック大尉は小首を傾げてみせた。
「私を殺せばこの場の空気を抜くように、部下には指示を出してある。そうなれば貴官らも道連れだ」
「あなたは進んで見殺しになると?」
オオシマ中尉の声に険。
「地上側が制圧されるのは時間の問題だ。ここも然り」
バカラック大尉が小さく肩をすくめてみせる。
「怪我人がいないと判った以上、あとはのんびり待つだけだよ」
「ご自分の命を懸けて?」
さらに険しく、オオシマ中尉。
「貴官と話していて判ったのは、短絡的な輩ではないということだ」
人を食ったように、バカラック大尉。
「それこそ話が通じる相手で助かるよ」
「甘く見ておいでのようだ」
オオシマ中尉が声を低める。
「まさか」
バカラック大尉が眉を開く。
「貴官らの実力を甘く見ていたら、こういう策に出てはおらんよ」
“ハンマ”中隊のような特殊部隊と正面からぶつかり合えば、警備中隊ごときはものの数にも入らない。それを念頭に置いた上で、“ハンマ”中隊を封じる手に出た――損害は出ても人質とバカラック大尉だけ、至極まっとうな策ではある。
その場の空気を圧して、声が響いた。
「貨物ターミナルに動き!」
オオシマ中尉の視覚に、“ジュディ”がリフタの監視映像を送り込む。添えられたタグには“貨物ブロック、実況”とある。映っていたのは搬送ロボット、コンテナをくわえ込んで気密隔壁へ這い寄る光景。
「なるほど、」
ことさらに勝ち誇った声を、オオシマ中尉は作ってみせた。
「大尉には人望がおありのようだ」
オオシマ中尉が、銃口を今度はバカラック大尉へと向けた。
「ならば、」
ノイマン中佐を背後の兵に任せ、オオシマ中尉はバカラック大尉に漂い寄る。
「こうすればどうなるかな?」
銃声が響いた。
◇
搬送ロボットがコンテナを運んで気密隔壁へ。抵抗も誰何の声もない。本当に警備隊は隔壁の向こう側に立て籠もっているように窺えた。搬送ロボットはそのままハッチの前で静止する。
〈掩護を頼む〉
言い捨ててキースがコンテナの扉を開ける。
肝の太さに感嘆するより呆れたモントーヤ軍曹が、構えた銃口ともども視線を周囲に巡らせた。
気密ハッチ横の端末にキースが漂い寄る。取り付き、“キャス”からのケーブルを繋ぐ。すぐさま“キャス”が端末に侵入を開始した。端末から操作系、安全装置系を遡って気密系制御ホストへ辿り着く。
〈軌道エレヴェータのターミナルが丸ごと封鎖エリアに指定されてるわ〉
“キャス”がキースの聴覚に声を乗せた。
〈“漏洩事故”指定になってるわね。安全装置系がやかましいなァ……〉
〈エリア丸ごと封鎖なんてできるのは管制室じゃないのか?〉
キースが問いを返す。
〈今そっち当たってる。この調子じゃどっかしらだまくらかしてるはずなのよね。そいつ解いてやれば――ああこいつ……〉
そこで、隔壁のロックが外れた。重い駆動音を響かせて、隔壁が開き始める。
〈ちょっとまだいじってないわよ!〉
“キャス”の声を耳にしながら、キースは肩に提げたLAR115ソーンを構えた。
◇
開き始めた気密隔壁の向こう側に、銃を構えた警備兵。それが1人や2人でなく、10人、20人のレヴェルでさえないことは、一見のうちに知れた。オオシマ中尉はバカラック大尉、太腿からわずかに逸らした狙いを頭へ据え直す。
「私は交渉相手を間違えていたというわけだ、大尉」
オオシマ中尉が眼を細める。
「あなたではなく、あなたの部下を相手にすればいいというわけだ――動くな!」
語尾は隔壁の向こう、群れる警備中隊に向けられた。
「あンの馬鹿野郎ども……!」
バカラック大尉が歯噛みする。
「いい部下をお持ちだ、大尉」
オオシマ中尉が頬を緩めた。
「惜しむらくは、己が身を挺すべきではありませんでしたな」
◇
〈出番なしかよ〉
旅客ターミナルの映像を視覚に収めてロジャーがぼやく。コンテナの陰から銃口ともども睨む先には警備中隊、キースを始めとする面々に武装解除されつつある、その光景。
〈そう願いたいね〉
横のシンシアが声を返す。
〈こちとら暇じゃねェんだ。そうそうドンパチやってられっか〉
バカラック大尉はじめ幹部数人を人質に取って警備中隊を黙らせ、倉庫ブロックに点在する作業員詰所へ押し込めると、ひとまず宇宙港“クライトン”の抵抗勢力は制圧されたかに見える。ただし全員が全員捕まったという保証もない。
宇宙港“サイモン”へと飛ぶ足――ミサイル艇を改造した高速艇の発進準備と、後続隊の受け入れ準備に追われること数時間。地上へ降ろしたリフタが後続隊と負傷者を載せて来る頃には、キースらも警備中隊の残党狩りに無重力区画を掻き回す役に回っていた。
〈こんな調子で突破できんのかよ!?〉
港湾管理事務所の一つへ押し入ったシンシアの口調に焦りが滲む。
〈どの道ミサイル艇の準備が終わるまではここに釘付けさ〉
ロジャーが隣でぼやき返す。
〈ヒューイの居場所がかかってんだろ、手ェ抜けねェぞ〉
シンシアに苦い舌打ち一つ、
〈解ってるよ〉
◇◇◇
「キース!」
アンナの声が耳に届いた。キースは飲料水チューブをくわえたまま眼を上げた。
宇宙港“クライトン”、A-9埠頭。隣接するコンテナ・ヤードの一角、作業員詰所――警備中隊の残党を掃討し終えた身体を漂い込ませてわずかに数分。“ハンマ”中隊の後続隊に連れられて軌道に上がって来たはずのその隣に、しかしマリィの姿が見えない。
「早かったな」
素直な感想だった。地上に送り出したリフタが取って返してくる、その予定を耳にする暇は正直なかった。ヒューイの処置いかんでどこまで粘ることになるかを心配してはいた。が、警備中隊の残党狩りで他人を心配する暇などなかったのが現実のところではある。
無重力の中、詰所の上下左右を埋める休憩ベンチの中に、アンナが身体を流してくる。
「ヒューイは!?」
まずシンシアが飛び付いた。
アンナは頷きを返す。
「ええ、救難艇に運び込んだとこよ」
「どこに繋いである?」
食い付くようなシンシアの問い。
「B-5埠頭」
理解してか、アンナの答えも簡を極める。
聞くが早いか、シンシアはベンチを蹴っていた。文字通りに飛び出す勢いで出口へ向かう。
「話があるの」
シンシアを見送るのもそこそこに、アンナがキースへ向けて切り出した。
怪訝の一語を眉に乗せて、キースはベンチのベルトを外した。
「外で聞こう」
アンナの眼に思いつめたものを見て取りつつ、キースはベンチの背に手をかけた。出口へ向けて身体を流す。
詰所から人員用通路側へ出て、ドアの傍らに身体を浮かべる。アンナが追い付き、自動ドアが閉まったのを確かめるや、口を開いた。
「大体の事情はマリィから聞いたわ」
そう前置きして、アンナは空色の瞳をキースの眼へ据える。
「あなた、今すぐマリィを連れて逃げなさい!」
キースが片眉を踊らせた。
「何を藪から棒に」
「船ならいくらでもあるんでしょ? どさくさに紛れて……」
「逃げてどうする?」
キースはアンナの語尾に問いを重ねる。
「マリィのこと考えて!」
負けじとアンナが畳みかけた。
「あの子我慢してるけど、あなたを戦場に送り出して平気でいられると思う?」
「平気かどうかの問題か」
キースは冷静に突っぱねる。
「命が懸かってるんだぞ――俺だけじゃない、彼女もだ。それにヒューイのこともある」
「ああもう、これだから筋肉バカは!」
もどかしさもそのままにアンナは額に掌を打ち付けた。
「彼女の気持ちも考えなさいっての!あなたの身に何かあったら……」
「そもそも成功しなかったら、」
キースはアンナの喉元へ指鉄砲を突き付けた。
「彼女の身が危ないんだ。第一、俺が行かなきゃ“ハンマ”中隊の連中が納得するか」
「そういう問題じゃないってのよ。どうしてこう誰も彼も素直じゃないかなァ……」
「素直?」
その一言にキースが眉をひそめた。
「ほんと、やせ我慢ばっかり!」
今度は逆にアンナがキースの胸先へ指鉄砲。
「あんたなんか特にそう! 思春期のガキじゃあるまいし、さっさとマリィを口説き落として安全なとこに逃げ出しなさいってのよ!」
「言ったろう、成功しなかったら……」
「成功しても無事に帰ってこなきゃ意味ないじゃない!」
アンナがキースの言葉尻を断ち切った。
「どっちにしても“テセウス”は連邦から孤立しちゃったのよ。ヘンダーソン大佐とやらが死んでも、信者が何万といるんでしょ!? 何が……」
「アンナ?」
アンナの声を、背後からの声が控えめに遮った。抜け駆けを見咎められた悪童さながら、アンナが振り返る。
マリィの姿が、そこにあった。
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