11-1.閉塞 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.
『“テセウス解放戦線”の主張する跳躍ゲート封鎖、これについて軍事アナリストのミスタ・コシロに伺います。核機雷を跳躍ゲートに敷設したとして、その有効性がどれほどのものであるのか……』
『ご覧いただいているのは“シールズ”天文観測所が先ほど捉えた映像です。時折――このマーキングの位置に――閃光が伺えます。これが核機雷の核融合反応によるものであるのか、またその位置が星系“ソル”との跳躍ゲートと一致しているのか、観測所では分析を急いでおり……』
◇◇◇
「どうだ?」
軽装甲スーツを替えたキース達に、オオシマ中尉から声。
「払い下げのLAP79よりは軽くなってる。取り回しは楽になるはずだ」
暗灰色の軽装甲スーツLAP86、それぞれに軽くジャブを繰り出したり、腿を上げたりして体の動きを確かめる。
管制室間近の第2会議室。第1会議室に先遣隊の面々が集合しつつあるその傍らで、キース達が装備を“ハンマ”中隊標準のものに改めている。
その中でロジャーが慨嘆した。
「現行のスーツは市場に出回って来ねェからな」
「軽いのはいいが不安になるな」
キースが軽量になった装甲ユニットへ眼を落とす。
「その分動け」
オオシマ中尉が応じた。
「耐弾性能は変わらないって触れ込みだが、どっちにしろライフル弾までは防いじゃくれん」
言いながら、オオシマ中尉がレーザ突撃銃LAR115ソーンをキースへ差し出した。
「ライフルはこいつを使え。宇宙用のレーザ仕様だ」
受け取ったキースが、弾倉――の形をしたバッテリィを外してチェックの眼を通しながらぼやく。
「レーザじゃ打撃力に不安が残るんだがな」
「仕方がなかろう、鉛弾を宇宙でぶっ放すつもりか」
眉をひそめてオオシマ中尉。
「なんでそう打撃力にこだわるんだ?」
「実戦の経験ってやつさ」
弾倉を抜いたLAR115を空に構えてキース。
「レーザだと、1発当てただけじゃ敵は倒れちゃくれない。下手すりゃ撃ち返して来られたこともある」
「反動に振り回される方こそ深刻だ」
言って、オオシマ中尉は肩をすくめた。
「まあこの辺は言い出したらキリがないか」
ライフルを片隅、テーブルに置いたキースが、腰のホルスタからMP680ケルベロスを抜き出した。弾倉を外す――残弾9。通路から回収したSMG404とその予備弾倉から10ミリ拳銃弾を抜き取り、同じく回収した予備弾倉と合わせて弾丸を詰め直す。弾倉に13発、それが5本。うち4本を予備として腰に挿し、残り1本をケルベロスに挿し直す。さらに遊底を引いて1発を薬室へ装填し、弾倉を抜いてもう1発。
それを見たオオシマ中尉が素直に一言、
「そっちも“大砲”だな」
ケルベロスの安全装置をかけながら、キースはオオシマ中尉へ反論を投げた。
「9ミリが貧弱すぎるんだ。“ブレイド”じゃ10ミリの方が主流だったぞ」
「いずれにしても“使うのは最後”だろう?」
オオシマ中尉が片頬をゆがめる。
「“最後の砦”だから大事なのさ」
言って、キースがケルベロスをホルスタへ収める。
オオシマ中尉が肩をそびやかした。
「これからこいつだ」
続いてオオシマ中尉が差し出したのはライアット・ガンRSG99バイソン。
「こいつは無反動仕様、軟体衝撃弾をメインに使う。解ってるとは思うが、宇宙で下手にレーザや鉛弾をばらまくな」
「解ってる」
宇宙では、流れ弾が隔壁や生命維持装置を撃ち抜く危険を考慮しなければならない――それはキースも“ブレイド”時代に叩き込まれている。ゆえに銃撃戦の主力は機器を傷付けることのない軟体弾に落ち着く。
「作戦司令室、制圧完了です」
キリシマ少尉がオオシマ中尉の横に並んだ。
「ノイマン中佐はじめ、全員を第1会議室に詰め込みましたが――よろしいので?」
捕虜を1箇所に固めておいては、共謀して何をしでかすか――その心配も無理はないが、オオシマ中尉は一蹴した。
「問題ない。我々が宇宙港に引き上げるまで保てばいい。第一、監視の手間が惜しい」
言った側から、照明が非常灯へ切り替わった。視界がいきなり赤へと染まる。
〈中尉へ、こちら管制室〉
オオシマ中尉の聴覚に、ギャラガー軍曹からの呼びかけが乗った。
〈宇宙港からの送電が停まりました〉
〈来たか〉
さも当然と言わんばかりのオオシマ中尉が管制室へ足を向ける。怪我人と遺体を運び出した通路が、眼の前に広がった。
〈他に宇宙港の反応は?〉
〈データ通信が途絶してます〉
端的に、ギャラガー軍曹から声。
〈“上”の連中、籠城を決め込んだようですね〉
〈ノイマン中佐の差し金か〉
オオシマ中尉は片頬を歪めた。宇宙港側に情報を流して、“ハンマ”中隊の脱出口を塞ぐ気と見える。拘禁の返礼、とでも取るべきか。
そこへ、背後からキースが追い付いた。
〈抵抗か〉
〈ここの副司令が“上”の連中をそそのかしたんだろう〉
オオシマ中尉が管制室の扉をくぐる。
〈ギャラガー軍曹、状況は?〉
〈データ通信ですが、宇宙港側が切ってるのは有線だけじゃないですね〉
ギャラガー軍曹が入り口へ振り向きつつ、
〈衛星回線も遮断してます。応答がまるでありません〉
キースが一つ鼻を鳴らした。
『ハイ、お困り?』
その場に“キャス”の声が響く。
通信回線を通じて管制室のプロテクトをあっさり突破、室内のスピーカに干渉しているものとギャラガー軍曹が悟る。
〈“キャス”、〉
説明を省いてキースが呼びかける。
〈宇宙港が回線を閉じた。電力回路もだ〉
『じゃ、宇宙港の連中は』
踊るような“キャス”の声。
『敵に回ったって考えていいのね?』
〈そういうことになるな〉
キースには咎める色もない。
『放っといたら?』
さも当たり前とばかりに“キャス”が訊く。
〈信用していいのか?〉
オオシマ中尉がキースの耳元に囁く。
意に介さず、という体でキースは顔を中尉へ向けた。
〈気になるんなら、そっちからもアプローチすればいい〉
〈宇宙港までは辿り着けるだろうが、そこで箱詰めだ〉
キースの横で、小さく頷いたオオシマ中尉が説明の口を開く。
〈向こうがエアロックを開けてくれなきゃ、宇宙遊泳して乗り込まなきゃならん。面倒が増える〉
『面倒ねェ、』
“キャス”が鼻息でもつかんばかりに、
『人間て』
〈そういうことだ〉
キースがそそのかした。
〈喜べ、壊し屋の本領発揮だ〉
『素直じゃないのね』
微笑むさまが音に聞こえるような間を置いて、“キャス”が続ける。
『まあ、どうせ“別命あるまで籠城”ってパターンでしょ、軍人ってそこんとこマンネリズムよね』
〈命令を出したのは多分ノイマン中佐だ〉
オオシマ中尉が言葉を添える。
〈脅して従うタマじゃないな、念のため〉
『東洋の神話じゃ、』
喉さえ鳴らさんばかりの“キャス”の声。
『自閉症の神様にゃ誘惑かけて引っ張り出すのが一番らしいわよ』
オオシマ中尉がギャラガー軍曹へ問いかける。
〈ギャラガー軍曹、命令の履歴は辿れるか?〉
軍曹が即座に答えを返した。
〈今やってます――“キンジィ”?〉
『ログにスウィープがかかってますね』
“キンジィ”が室内のスピーカに声を乗せた。
『制圧されるのを予期していたかと』
『甘い甘い』
“キャス”が楽しげな声を割り込ませる。
『ノイマン中佐とやらを連れてきて。彼のナヴィゲータに訊いてやるわ。どうせ尋問対策なんて人間相手のしか考えてないはずよ』
〈ノイマン中佐をここへ〉
オオシマ中尉がキリシマ少尉に命令を出す傍らで、追い付いてきたきたロジャーが問いを投げかけた。
〈その中佐が対応してたら、その時はどうするよ?〉
〈“上”の連中が“別命”ってやつをどうやって受け取る気か知らんが、〉
オオシマ中尉が人の悪い笑みを浮かべた。
〈例えば頭越しに命令が飛んできたらどうするかな。ヘンダーソン大佐からとか〉
〈結構人が悪くできてんだな〉
ロジャーの笑みに悪い色。
〈褒め言葉として受け取っとく〉
オオシマ中尉の掌が踊る。
キリシマ少尉がノイマン中佐を引っ立てて来るまでに、さして時間はかからなかった。
「中佐、」
最初に口を開いたのはオオシマ中尉。
「宇宙港に出した命令について、お答えいただきたい」
「私が答えるとでも?」
ノイマン中佐は口の端に余裕の笑みさえ浮かべてみせた。
「そんなことだろうとは思いましたよ。失礼」
オオシマ中尉はノイマン中佐の懐を改めた。携帯端末を取り出して、
「ではナヴィゲータに訊いてみるとしましょう――ヘインズ?」
キースが“キャス”からのケーブルを端末へ繋ぐ。
「どうだ、“キャス”?」
『思った通りね、直近の履歴は消してあるわ』
スピーカから天の声めかせて“キャス”が告げる。
『でも甘いわよ。この子の深層記憶まで消してる暇なかったのね――ほーら、見え見え。衛星放送波使うつもりでいたわね。チューニングは――ああこれね、チャンネル105。さあいい子、この調子で引きずり出してあげるからね』
ノイマン中佐は頬一つ動かさない――が、キースを向く眼がすでに笑っていなかった。
キースがその眼を涼しく弾く。
「その調子だ、“キャス”」
『コードは――宇宙港が“マンハッタン”、中佐が“ストレンジ・ラヴ”、封鎖解除が“ファット・マン”――』
“キャス”に呆れ声。
『――なかなかの趣味してるわね彼』
「だそうだ」
振り返るキースに笑みはない。
「御託はいい」
オオシマ中尉はノイマン中佐へ眼を据えたままで宣言した。
「これでやることが決まったな」
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