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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第10章 深層
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10-6.計略

「寝言をぬかすな!」

 ジャックの目前、初老の医師が声を荒げた。

「集中治療室行きに決まっとる! 1週間は動かせるか!!」


 旅客ターミナル、病院エリア。ヒューイの手術に臨むのは、当直体制の貧乏クジでたまさか居合わせた心臓外科医だった。


「ここに留まるわけにはいきません」

 オオシマ中尉が、さすがに軽装甲ヘルメットを脱いで相対する。

「何とかなりませんか」


「患者の命が要らんのならな」

 手術着を着込む医師はにべもない。

「動かすなんぞもっての他だ。とっとと道を開けろ。助かる命も助からんようになるぞ」


 勝ち目なぞ最初からなかった。ジャックとオオシマ中尉が退いた。ロジャーとマリィ、それに合流したアンナとイリーナも道を開ける。その間を医者が肩を怒らせて歩み過ぎた。


「全く、ここは野戦病院か……!」


 通りすがりのぼやき声が耳につく。運行休止で当直体制にあったはずが、重傷患者が群れをなして押し寄せてきたのだから無理もない。実際に治療の手が足りるはずもなく、廊下で“ハンマ”中隊員による応急処置が施されるに及び、それこそ野戦病院もかくやという光景が現実のものになっている。それを横目に、医師は手術室の中へ消えた。一人、手術室の前でシンシアが医師を見送った。


〈追い討ちかけるようだけど、雲行きが怪しくなってきたわ〉

 “キャス”がジャックの聴覚に割り込んだ。

〈“放送”が始まったわ。衛星放送の音声回線、公営放送網に乗せてきてる〉


『こちらは宇宙軍第6艦隊、参謀長ドワイト・マッケイ大佐である』

 衛星放送網に乗って、その言葉は惑星“テセウス”全域へ飛んだ。

『ここに宣言する。第6艦隊は“テセウス解放戦線”が掌握した。繰り返す、第6艦隊は“テセウス解放戦線”が掌握した。我々はケヴィン・ヘンダーソン大佐を指導者として認め、惑星“テセウス”の解放と防衛に当たる。繰り返す……』


「第6艦隊?」

 思わずジャックが声をもらした。

「中央から派遣されてきた艦隊だぞ」


〈ドワイト・マッケイ大佐って……〉

 “キャス”の声も沈着とは言いがたい。

〈冗談でしょ、“サラディン・ファイル”にも載ってないわよ〉


 惑星“テセウス”に母港を置く第3艦隊と異なり、第6艦隊は地球に母港を持つ有事即応の機動部隊とされている。それが寝返るということは、“テセウス解放戦線”が“惑星連邦”軍内部に浸透している、その根の深さを改めて見せつける事実だった。


「冗談がキツいぜ」

 ロジャーが額に手をやった。


「騒ぐな」

 オオシマ中尉が眼を細めた。

「組織が中央に根を張っている以上はあり得ることだ」


〈ちょっと待って、また“放送”?〉

 “キャス”が声を重ねる。


〈今度は何だ?〉

〈さっきの回線に重ねて、多重放送モードでヘッダが飛んでる。聴覚へ出すわ〉


『こちらは宇宙軍第3艦隊、参謀長ニール・ドネリィ大佐である』

 先刻と同様に、硬い声音が聴覚に届いた。

『第3艦隊は“テセウス解放戦線”が掌握した。繰り返す、第3艦隊は“テセウス解放戦線”が掌握した。我々はケヴィン・ヘンダーソン大佐を新たな指導者として認めた上で、惑星“テセウス”の解放と防衛に当たる。繰り返す……』


〈こっちもそう〉

 “キャス”が声を低めて告げた。

〈やっぱり“サラディン・ファイル”に載ってない名前だわ〉


 ロジャーも“ネイ”の、マリィも“アレックス”の、オオシマ中尉も“ジュディ”の、アンナやイリーナもナヴィゲータの言葉にそれぞれ耳を傾ける。その内容も大同小異と推して知れた。重い沈黙がその場に下りる。


「ちょっと待て、第6と第3艦隊が押さえられたってことは……」

 ロジャーが最初に沈黙を破った。

「宇宙に出ても行く所がないってことじゃないのか?」


 この惑星“テセウス”、というよりは星系“カイロス”に展開している宇宙艦隊は第3、第6の2個艦隊――それを“テセウス解放戦線”が握ったとなれば、宇宙港が制圧されるのも時間の問題に過ぎない。


〈また衛星回線に“放送”よ〉

 “キャス”の声が半ば以上居直って聴覚へ届いた。

〈あーもう、そこにモニタあったら手間省けるのに〉


〈手術室前だぞ、贅沢言うな〉

〈はいはい、視覚に出すわよ。映像回線、チャンネル001〉

「衛星チャンネル001、“放送”が来る」


 それだけ告げる。察知していなかったらしいマリィとアンナ、イリーナがナヴィゲータに囁いた。視覚の隅に衛星回線のウィンドウが開く。そこにケヴィン・ヘンダーソン大佐のバスト・アップが映った。


『ごきげんよう、再びケヴィン・ヘンダーソン大佐がご挨拶申し上げる』


 続く言葉は予想がついた。息を詰めて一同が視覚と聴覚、流れる大佐の声に神経を傾ける。


『さて諸君、私の真意はご覧いただけただろうか。宇宙軍第6艦隊と第3艦隊――彼らはもはや我々の敵ではない』


「来たよ」

 ロジャーが思わず呟いた。

「ここまで仕込んでやがったのか」


『彼らの名前がミス・ホワイトの公表したリストにあるか? ――否』


 マリィが息を呑む、その音さえ聞き取れた気がして、ジャックは彼女へ眼を向けた。深緑色の瞳に緊張を張り詰め、マリィは自らの肩を抱いて立っていた。ジャックがその肩に手を添える。思わずといった体でマリィはその手を握り返した。


『鎮圧されることを前提にした解放運動なるものに、これほどの仕掛けが必要か? ――否』


 マリィの手に震え――それがジャックにも伝わる。


『“惑星連邦”と結託した“K.H.”を私が擁護したか? ――否』


 震えるマリィの手の中に、力。


『私が“惑星連邦”と結託している? ――もちろん否。もうお解りいただけよう。私は惑星“テセウス”のために戦っている。“惑星連邦”のためではない』


「嘘!」

 思わずマリィが口走った。

「こんなのアドリブなわけないじゃない!」


「そうだ、仕組まれてたのは間違いない」

 ジャックも呟いた。


 マリィの口を借りるまでもない。どこの時点から仕組んでいたのかはともかく、即興にしてはでき過ぎている――ジャックの眼からすれば、それは明らかだった。問題は――、


「だが、どこからだ? どこから仕組んでた?」


『“クライトン・シティ”を巡る戦闘にもそろそろ結末が見えてきた。勝者がどちらか、もちろん語るべくもないだろう』

 息を詰める一同をよそに、ヘンダーソン大佐の言葉が続く。

『“ハミルトン・シティ”と“サイモン・シティ”を巡る睨み合いにも、そろそろ決着を着けていい頃合いだ』


 ジャックの頭に思考が渦を巻く。仕組まれていたのは――“K.H.”ことキリル・“フォックス”・ハーヴィック中将を衆人環視の中で殺すところか。それにはハーヴィック中将を引きずり出し、“K.H.”を名乗らせなければならない。


 何かが繋がりかけている。残った左手を、ジャックは額に当てた。


『同志よ、“テセウス”の未来を憂える志ある全ての者たちよ。今こそ起て。“惑星連邦”の卑劣な罠に屈することなく、未来をその手で掴み取れ。この暗号を知るすべての同志たちよ、我とともにあれ。――モード“R”、コード“K”!』


 ◇


 そして、“ハミルトン・シティ”、“サイモン・シティ”を包囲する“惑星連邦”軍に異変が生じた。


 あるいは指揮官が副官に撃たれ、あるいは機動戦車が味方のはずの機動装甲車からミサイルを撃ち込まれ、あるいは対地攻撃VTOLの砲手が座席から放り出された。敵の名前があらかた判ったとはいえ、相対するに指揮系統を見直す暇があったわけでもない。連邦軍の兵たちはなす術なく混乱の底へ叩き込まれることとなった。さらにそこへ、“テセウス解放戦線”の兵力が突入する。蹂躙の一語が、その場を席巻した。


 ◇


 では――一つの考えが浮かぶに及んで、ジャックの肌が総毛立つ。目眩さえ覚えて、ジャックは震える足を踏みしめた。


 頭を振って、ジャックはマリィの肩に置いた右手を離した。足を進める。向かう先に手術室、その横で座って待つシンシア。


「おい!」


 背後、ロジャーの呼びかけを無視してそのまま進む。うつむいて座すシンシアの傍らで、ジャックは足を止めた。低い声を投げ付ける。


「訊くことがある」


「何だよ?」

 顔も上げずにシンシアが訊き返した。


「お前に命令を出していたのは誰だ?」

 ジャックの声に怒りが滲んでいた。


「ヤツだよ――ケヴィン・ヘンダーソン大佐」

 ジャックの手がシンシアの胸元へ伸びた。引っ掴み、膂力に物を言わせて引きずり上げると、壁に押し付ける。


「ジャック!」

 マリィが止めに入ろうとした。


「止めるな!」

 ジャックが一喝。その眼の前で、シンシアが口を開いた。


「……取り引きしたんだ」

 依然、シンシアは眼を上げない。

「ヒューイを探すって――あいつが生きてるって。それで……」


「で、俺をだましたのか」

 あまりにも端的に、ジャックが後を引き継ぐ。

「最初っからそのつもりだったんだな!?」


 シンシアが、小さく頷いた。

「……そうさ。あんたにクリスタルを渡して、焚きつけるのが役目だった」


「……つまり、こういうことか」

 ジャックが声を震わせた。

「――“サラディン・ファイル”自体がヘンダーソン大佐の差し金だったんだな!」





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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