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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第2章 亡霊
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2-1.悔恨


『本日の特集、タイトルは“惑星“テセウス”の闇市場”。麻薬や武器、臓器や人身に至るまでを扱うこの市場、……』

『こちら“ベイティ・ニュース・アーカイヴ”のリュウ・ファです。“ハミルトン・シティ”、“カーヴァ・ストリート”より生中継でお送りしています。

 昨日21時ごろに発生しました爆弾テロ事件、現場の消火作業が、ようやく終わったところです。少なくとも死者3名、負傷者10名を出しましたこの事件、犯行声明は“惑星自治評議会”、“新民族独立戦線”の両セクトから………』


 ◇◇◇


「ひでェ有り様だ」

 刑事は思わず足を止めた。

「戦場だな、こりゃ」


 “爆弾テロ”の舞台となったアパートメントの3階踊り場。廊下に視線を投げれば、半ば吹き飛んだエレヴェータのドアが見て取れる。


「油売ってねェでさっさと行くぞ」

 傍らを仏頂面の相棒が通り過ぎた。

「俺達の“戦場”はまだ上だ」


「ヘェへ」


 家に残してきた娘の表情を思い出して溜め息一つ、埋め合わせの算段を巡らせながら階段に歩を刻む。足元、消火剤の残滓がスラックスの裾を侵蝕し始めたところで5階、“テロ”の現場に辿り着く。


「……また派手にやりやがったな」


 呟いたのは相棒の方だった。


 ルーム・ナンバ512を与えられていたそこには、文字通り何も残っていなかった――消し炭と瓦礫を除いては。


 ◇


「畜生……!」


 人の流れを遡り、廃ビル裏の暗がりへ。ジャック・マーフィは人知れぬ路地裏へ、力ない足取りで入り込んだ。

 “カーヴァ・ストリート”の“爆弾テロ現場”から100メートルあまり、隠しておいたフロート・バイク“ヒューイ”の傍ら。耳には遠く、救急車とパトカーのサイレンが響く。


「……畜生!」


 脳裏にまた512号室の惨状。ジャックは震える拳もろとも、憤りを壁へ叩き付けた。

 2度、3度――皮膚が裂け、血が滲む。だが構わず、さらに一度――そこでふと、肩が震えた。

 身体を壁に預け、そのまま地面へへたり込む。その聴覚に無遠慮な声が割り込んだ。


〈回りくどいなァ、もう〉

 “キャス”が嘲る。

〈首でもくくる? それとも飛び降り? でなきゃアタマ吹っ飛ばす? ――やるならさっさとやっちゃえば?〉


「――やかましい」

 返す言葉に、しかし力はない。


〈他人ならすぐ殺せるくせして、自分の番になったらこの有り様?〉

「黙ってろ、デリートするぞ!」

〈ホストがいないとポリスがうっとうしいけど、あんたの死に際が拝めるんなら悪くないわ。なんか手伝う……〉


 携帯端末の電源を切る。静寂が、痛みさえ伴ってジャックの耳に食い付いた。


「……畜生ッ……」


 ◇


 叩き付けた右手に痛み。カレル・ハドソン少佐は眉をしかめて、痛みの元へ眼をやった。

 手にしていたライタが壊れて、掌に傷を作っていた。


「……くそッ!」


 大きく息をついて、衝動を鎮めにかかる。次いで口元、火を着け損ねた煙草を握り潰して投げ捨てた。

 “ハミルトン・シティ”南西部、“着陸海”の波音を聞く港湾区。トレーラ用コンテナの並ぶ中、その一つに擬した“地下病院”の傍らには、さしあたり少佐を除いて人影はない。


「少佐、」

 病室、すなわちコンテナの側面に作りつけたドアからアラン・オオシマ中尉が顔を出す。

「敵前逃亡なんざらしくもない、少しは掩護してくださいよ」


 肩をすくめて歩み寄るその片頬に、恨めしげな苦笑が引っかかっていた。少佐は片眉に疑問符を乗せる。


「あの姐さん、当たりがキツいったら」


 その背後に、当の“姐さん”が姿を見せる。背の丈は中程度、ただし筋骨のしっかりした体躯の持ち主――白衣さえ羽織っていなければボディ・ビルダで通りそうな彼女のことを、少佐はオオシマ中尉に“頼りになるヤミ医者”とだけ伝えていた。


「当たりがキツくて当然だよ」


 背後の声を聞いたオオシマ中尉が、観念したように宙を仰ぐ。


「4人も殺しやがって! おまけに6人も担ぎ込むたァいい度胸してるじゃないか」

 さすがに声は抑えるものの、彼女は少佐に歯を剥いた。

「あんたが付いていながらなんてザマさ。戦車や装甲服じゃないんだよ!」


「ということは、処置は終わったな」

「何すましてんのさ」


 いきり立つ彼女を制して、ハドソン少佐は中尉に頷きかけた。


「ベイカーとクロスビィに報せてやれ」

「了解」


 中尉が放免された囚人さながらの足取りでコンテナへ戻る。それを見届けて、少佐は言を継いだ。


「無茶をしたのは承知の上だ」

「……開き直ろうってのかい?」


 腕を組んだ女医の声が凄味を帯びる。向き直った少佐の眼には、それをはねつける憤り。


「綺麗ごとで済むならこんな苦労はない」


 少佐の歯が軋る。しばしの沈黙――眼を逸らしたのは、彼女の方が先だった。


「来な」

 鼻息一つ、女医はコンテナへ足先を向ける。

「手当てが要るだろ」


 眼を落とせば、右手に血の滴。


「……ああ、そうだな」


 ◇


「ほら、こっちこっち!」


 雑踏の中をかいくぐり、小走りに少年が駆けていく。

 ボロのコートをまとった背中を追って、ロジャーは角を路地裏へ。


「こいつだろ?」


 不意に立ち止まった少年の指差す先には、確かに人影。ロジャーは歩を進めた。フロート・バイクの陰にうずくまる、その姿には心当たりがある。


「間違いない。ありがとよ」

 丸めたヘイズ札を少年に手渡す。

「イロつけといたぜ。スーザンによろしくな」


「へへ、まいど」


 あとは我関せずとばかりに少年は立ち去った。それを見送って、ロジャーはフロート・バイクの傍らにかがみ込んだ。


「……探したぜ」


 人影――ジャック・マーフィへ声をかける。帰ってきたのは、ただ濁った視線。それさえも、ロジャーの姿を認めるなり興味を失ったように漂い去った。


「寄るな。それとも死にたいか」

「どっちもご免だね――自爆テロでも考えたか?」


「……もっとタチが悪いかもな」

 力なくジャックに苦笑がよぎる。

「俺が関わる端から死体が増える」


「ヤサの火事か」


 そう口にするなり、ロジャーの眼前に銃口が現れた。


「とっとと消えろ」

「脅しにしちゃ半端だな」


 表情を崩しもせずにロジャーが返した。ジャックの掌中に自動拳銃MP680ケルベロス。その引き鉄に、指はかかっていない。


「忠告してやって素直に聞くタマか」

「そりゃご親切に。けどこっちも丸っきり無関係ってわけじゃなくてな」


 ジャックが片眉を持ち上げた。


「――エミリィ・マクファーソン」


 引き鉄に指がかかる。一転、ジャックの眼が凄味を帯びた。


「どこまで知ってる」

 かすれた声に殺気が滲む。


「さて、取り引きだ」

 ロジャーの笑みに不敵の色。

「お互い商品の確認と行こうぜ」


 銃口は動かない。


「冗談ならよそでやれ」


「本気さ。需要と供給は揃ってる」

 そこまで言ってロジャーは眼を細めた。

「第一そんなザマで俺と渡り合う気か、え?」


 不快げな表情が、ジャックの目許に乗った。迷ったような間――その間も眉一つ動かさずにいたロジャーの前から、銃口が退がった。


「場所を変えよう」

 ジャックはホルスタへ銃を戻しながら、

「今夜0200に“不夜城”だ」


「おいおい、逃げるにしちゃ……」

「いいものを見せてやる」


 言い捨てて、ジャックはバイクにまたがった。


「その前に事故るぜ、お前」


 返事も残さず、フロート・バイクは滑り出した。


 ◇


 半ば無意識に尾行がいないのを確かめ、それから口を開きかけて――ジャックは懐へ手をやった。携帯端末の電源を入れる。不意に“ヒューイ”が横へ流れた。

 クラクションと共に、コミュータが傍らをかすめた。運転席から悪罵をたれ流していく相手に、しかしジャックは一瞥さえくれない。


〈あーら、ご無沙汰〉


 “キャス”の声には毒が満ちていた。


〈天国って帰り道あったの? それとも牢屋帰りかしら?〉

 言う間に現状を掴み直して、

〈――ああなんだ、相変わらずザルなわけね、検問〉


「トレーラまで――アブドゥッラーのところまでやってくれ」


 返す言葉には皮肉を聞いた風もない。


〈お断り。どこへでも勝手に行けば?〉


 その科白が終わらないうちに、横のトラックからクラクションが響く。“キャス”は“ヒューイ”の制御に介入、すんでのところで接触を免れた。


〈……あの世に逃げるのは勝手だけど、落とし前だけはつけてから逝ってよね。もうこれ以上“トロント”の馬鹿につきまとわれたくないの〉

「放っとけ」

〈冗談じゃないわよ。もううんざり。1日にメッセージ何百件も送ってくるようなヤツよ、しかもいちいちトラップ付きで〉

「……何百?」

〈ほらまた来た。――“例の件、賞味期限切れ”だってさ。“逃がした魚はデカかったな。詳しくは……”って、へーえ〉

「何だって?」


 視界の一角に経済ニュースが割り込んだ。


『“テイラー・インタープラネット”、“リックマン・カンパニィ”の買収を発表”』


「……テイラー!?」

 ジャックの眉が跳ね上がる。

「……ヤツが!!」


〈あーら、この世に未練が湧いた?〉


「そうだな、」

 記事を追っていたジャックの目許が、剃刀さながらの鋭さを帯びた。

「仕事ができた」


〈何よ、〉

 “キャス”が機嫌を傾けた。

〈“テイラー”が相手だったら何だってのさ?〉


「“ヤツら”の尻尾だ――それも特大のな」

 生気――というより怨讐の光に溢れてジャックの眼。

「後で話してやる。だが今はまずネタが要る。それからだ――何もかも」





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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