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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第10章 深層
88/221

10-3.停戦

〈待て、ちょっと待て!〉

 オオシマ中尉は耳を疑った。


 ヘリポートに降機して、旅客ターミナル・ビル入り口へ取り付いた“クロー・アルファ”と“ブラヴォ”両班へ左手をかざす。


「“ジュディ”、データ検証!」

 ナヴィゲータに、配信されているデータの検証を命じる――その声がつい通常言語を使っていた。


 ただならぬ名を聞いた。陸軍第3軍司令ルーク・セレック大将、安全保障長官パウル・ヴァイス、そして何より連邦行政総長マシュー・アレン――敵の筆頭に上がるべき名前ではなかったか。


〈オリジナル・データを直に公開してます〉

 “ジュディ”から、期待に反した答えが返ってきた。

〈オリジナルの量子刻印が確認できます。ベン・サラディンの直筆サインも添えられてます〉


〈……戦闘停止!〉


〈は?〉

 “クロー・ハンマ”を率いるキリシマ少尉が問い返した


〈戦闘停止だ!〉

 オオシマ中尉が命じた。

〈ことは我々の存在意義に関わる! “ハンマ”中隊、戦闘停止!!〉


 ◇


 銃撃が止んだ。

 連絡通路の軌道エレヴェータ側から、ロジャーが牽制の弾丸を流し撃ち――すかさず返ってくる応射を予想して銃を引く。


 ――間。銃口を再び覗かせる。相手の側に覗き見えるはずの銃口が、ない。


〈……止んだ?〉

 隣、シンシアを眼を合わせる。

〈効いた、のか?〉


 ◇


 管制室前、ギャラガー軍曹が手を止めた。


〈軍曹殿……!〉

 傍らで突撃銃を構えるマルケス兵長から硬い声。


ギャラガー軍曹は唾を一つ呑み込んで、

〈“ハンマ・ヘッド”へ、こちら“ハンマ・タップ”。ハドソン少佐がやられました〉


〈こちら“ハンマ・ヘッド”、〉

 返るオオシマ中尉の声も硬い。

〈こちらでも確認した。戦闘を停止。繰り返す、戦闘を停止しろ〉


〈ですが……!〉

〈これまでの価値観が覆りかねん事態だ! 無駄に命を危険に晒すな。これは厳命だ!〉

〈……は……ッ!〉


 ◇


『さらに、彼らと共謀している“テセウス解放戦線”首脳部の名前を挙げましょう』

 マリィの告発が続く。

『陸軍第3軍第1師団オーギュスト・ルジャンドル少将、同第11旅団長ロベール・ヴェイユ大佐、同第2師団第21旅団長ステファン・ルイス大佐、同第3師団第31旅団長ケヴィン・ヘンダーソン大佐、同第32旅団長ジョエル・コバーン大佐』


 ◇


〈……何てこった!〉

 オオシマ中尉は、激発した感情を床へ叩き付けた。

〈“ジュディ”、流れているデータにヴェイユ大佐の名前は?〉


〈載ってます。今のところ、配信されている情報の信憑性は極めて高いと結論できます〉


 ということは、主要都市制圧作戦の指揮官が、揃いも揃って“惑星連邦”首脳部と結託していたことになる。例えば、眼と鼻の先にある作戦司令室、“クライトン・シティ”制圧作戦の指揮を執っているロベール・ヴェイユ大佐。彼も“惑星連邦”政府の手先だという。


 ◇


『そして“テセウス解放戦線”最高指導者、“K.H.”』

 マリィが糾弾の言葉を紡ぐ。

『彼は“惑星連邦”要人たちと結託し、同志を偽って独立運動を展開してきたのです。彼の本名は記されていません。しかし、最高指導者自らが、敵としてきた相手と結託していた――その事実をもってすれば、“テセウス解放戦線”の存在意義に重大な疑問を差し挟まざるを得ません』



〈“アルゲス・ヘッド”へ、こちら“ハンマ・ヘッド”。応答されたし〉

 オオシマ中尉は作戦司令室を呼び出す――応答なし。オオシマ中尉は繰り返した。

〈“アルゲス・ヘッド”へ、こちら“ハンマ・ヘッド”。応答せよ!〉


 やはり応答はなかった。


〈中尉……!〉

 傍ら、キリシマ少尉の声に感情が覗く。


 この沈黙が意味するのは司令部の混乱――マリィ・ホワイトの“放送”に対する肯定にも等しい。


 ◇


『繰り返します。“惑星連邦”軍の皆さん、“テセウス解放戦線”の皆さん、全ての戦闘を即座に停止して下さい。殺し合う意味は、全くありません。

 事実が究明されることを、切に願います。私からのお話は以上です。ご清聴、ありがとうございました』


 ◇


『ジャック・マーフィとその一党に告ぐ!』


 構内回線、天井のスピーカにオオシマ中尉の通常言語。管制室、ジャックは銃口を入り口に擬したまま、わずかに殺気を帯びたその声を聞いた。


〈呼んでるわよ〉

 “キャス”がむしろ呑気に告げた。


『繰り返す、ジャック・マーフィとその一党に告ぐ! こちら“ハンマ”中隊指揮官代理アラン・オオシマ中尉! 貴公らに対する戦意はない。繰り返す、貴公らに対する戦意はない! 戦闘を停止して、我々を通過させられたし。我々は副管制室、ロベール・ヴェイユ大佐に用がある! 返答をチャンネルC095にて待つ。応答されたい』


 ジャックは、唇の端を舌で湿した。


〈ジャック、ロジャーからコールよ〉


 “キャス”が普通にコールを取り次ぐ。妨害波が止まった今となっては当然のこと――それを理性では解りもするが、感覚がまだ付いていかない。ともあれ、拒む理由があるはずもなかった。


〈繋げ〉

〈よォジャック、やっこさん達からの銃撃が止んだ。さっきのといい、これで打ち止めだと思っていいのか?〉


 これで“テセウス解放戦線”の活動意義は潰えた――そのはずではある。なら、前線部隊が司令部の面々を吊るし上げる、その現象は自然な成り行きのはずだった。第一、戦意があるなら実力をもってまかり通ればことは済む。


〈例の会議室まで後退してくれ。ヒューイを護りつつ待機だ〉


〈ヒューイ?〉

 ロジャーが当然の疑問を口に上らせる。背後のシンシアが耳打ちする、その分だけ間が空いた。

〈……ああ、あいつのことか。了解。お姫様によろしく伝えてくれ。決まってたってな〉


〈“キャス”、通路の監視映像をこっちへ回せ〉

 ジャックは手近の管制卓へ取り付いた。

〈それから、チャンネルC095へコール〉


 それでも銃口を入り口、その向こうに控えているはずのゲリラへ向けたままで、ジャックはオオシマ中尉への回線を開いた。


〈OK、繋がったわよ〉

「アラン・オオシマ中尉へ、こちらジャック・マーフィ。聞こえるか」


『こちらアラン・オオシマ中尉。感度良好』

 答える声に、確かに殺意はなかった。

『応答に感謝する』


「しばらく待たれたい。こちらの準備が整い次第、通過を認める」

『対応に感謝する。どの程度待てばいい?』

「2、3分というところだ。その代わりと言っては何だが、頼みたいことがある」


『……聞こう』

 オオシマ中尉の怪訝な表情が声に乗った。


「衛生兵を回して欲しい。死にかけてる人間がいる――どっちの側にも」


『了解した』

 懸念が解けた、と声に表情。

『手配する。どのみち副管制室へ赴かんことには始まらん』


「了解した。しばらく待たれたい」


 ようやく息を吐く。主任用ブースへ退き、中のマリィへ眼を投げた。放心したように、シートに背をもたせかけるマリィの姿。ふとこちらを向いた深緑色の瞳と眼が合う。


「どうだった?」

 問うマリィに震えて声。


「上出来だ。ロジャーのヤツも褒めてた」


「そう……」

 言ってから、マリィはうつむいた。両の腕を自分で抱える。

「やだ……今さら、震えが、来ちゃった……」


 ジャックはマリィの肩に左手を置いた。小刻みな震えが、掌に伝わる。言い聞かせるように、細い肩を左腕で抱きかかえる。


「よくやった。もう大丈夫だ」


「怖かった……」

 問わず語りに、マリィが言葉をこぼす。

「怖かったの……ハドソン少佐はああ言ってたけど、謀殺とか、戦争とか……それに眼の前で殺し合いが始まって……」


 ジャックがマリィの肩を抱く、その左腕に力を込めた。マリィの瞳から涙が溢れ出す。


「アンナも人質に取られちゃうし、このまま連邦に戻っても、殺されちゃうっていうし……何なの? 私が、何したっていうの?」

「終わったんだ、もう」


「ほんとに終わったの?」

 マリィが濡れた眼を上げた。

「もう心配しなくていいの? 何が何だか、もう解らなくて、心細くて、もう……」


 ジャックがマリィの細身を抱きすくめた。

「もう大丈夫だ。心配ない」


 ジャックの懐で、嗚咽が洩れた。


 彼の胸に指を立て、マリィが顔を埋める。堰が切れた。むしゃぶりつき、子供のように震える身を預けて、マリィが子供のように泣きしきる。溢れて涙、途切れ途切れに涙声。しゃくり上げ、むせびながら、マリィはひたすらに泣きはらす。

「……怖かったの……」


〈ジャック、いいとこ悪いけど、ロジャーからよ〉

 “キャス”がロジャーのコールを取り次いだ。


〈繋げ〉


〈OK、会議室まで引き返した〉

 マリィの嗚咽を聞いたらしいロジャーに、半拍ほどの間。それから、

〈表の連中を通してくれ。それからヒューイのやつに衛生兵を回すように伝えてくれるか〉


〈判った。“キャス”、チャンネルC095だ〉

〈OK、いいわよ〉

「オオシマ中尉、こちらマーフィ。聞こえるか?」

『こちらオオシマ中尉、聞こえてる』

「準備ができた。会議室に負傷した仲間がいる。手を出すな」

『了解。感謝する』


〈ジャック、衛星回線!〉

 “キャス”が割り込んだ。

〈“サイモン・シティ”が妨害波を解いたみたい。あっちでも“放送”が始まったわ!〉


 “キャス”がジャックの網膜に、“サイモン・シティ”からの“放送”を映し出す。


『惑星“テセウス”の皆さん』

 痩身の、しかしたくましさを感じさせる男がカメラを見据えていた。

『私はキリル・ハーヴィック中将です。軌道エレヴェータ“サイモン”からお話ししています』


 ジャックが管制卓へ手を伸ばした。モニタの片隅に映像回線、ハーヴィック中将のバスト・アップが映る。マリィが、恐らくはことの成り行きを掴めないままに顔を上げた。


『皆さんにお話しすべきことがあります――先ほど、ミス・マリィ・ホワイトにご紹介いただいた“K.H.”として』





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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