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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第10章 深層
87/221

10-2.告発

〈妨害波が途絶えたわ〉

 “ネイ”がロジャーの聴覚に告げた。

〈無線ネットワーク復旧。来るわよ!〉


 ◇


〈妨害波が途絶えました!〉

 オオシマ中尉の聴覚に告げて“ジュディ”の声。


 唐突に、無線データ・リンクが復旧する。これまでアルバトロス搭載のレーザ通信機を使ってきた身としてはさしたる変化はなかったはずが、オオシマ中尉は思わず息を呑んでいた。


〈まさか……!〉


 傍ら、“クロー・ハンマ”を率いるキリシマ少尉も緊張の眼を向けてよこす。

 軌道エレヴェータに置いた作戦司令室近傍へ“シーフ”が侵入したことまでは知っていた。戦闘が始まったことも。が――。

 視覚の片隅に“ジュディ”が投影して戦術マップ。作戦司令室近傍、守備に当っていた“ウォー・ハンマ”小隊の“アルファ”、“ブラヴォ”両班を表すマーカは全て赤かオレンジ――戦闘不能。


 何より“ハンマ・ヘッド”、すなわちハドソン少佐のマーカが赤に染まっていた――死亡。


〈こちら“ハンマ・ヘッド”、オオシマ中尉だ!〉

 乾いた口で回線に声を流す。

〈少佐の死亡を確認。これより私が指揮を引き継ぐ! 作戦司令室を奪還、最優先! “ウォー・ハンマ”突入!〉


 ◇


『惑星“テセウス”の皆さん、そして“惑星連邦”の全ての皆さん、“コスモポリタン・ニュース・ダイジェスト”のマリィ・ホワイトです。軌道エレヴェータ“クライトン”管制室からお送りしています』


 マリィのバスト・アップが回線という回線に乗った。

 ここ数日、ジャーナリスト解放を巡って幾度となくニュース映像に乗ってきた彼女の柔らかな細面が、声が、生中継で惑星全域へ、さらには星系全域へ向けて発信される。


『まず、お願いがあります。これから公開するデータを、可能な限りコピィして下さい。非常に重要なデータです。コピィして、可能な限り広範囲に拡めて下さい。この情報には、その価値があります。そして、その必要があります』


 ◇


〈何だこれは!?〉


 作戦司令室、ギャラガー軍曹の管制卓にもマリィの映像が映った。


〈妨害波が解除されてます!〉

 “キンジィ”がギャラガー軍曹に警告を投げる。

〈回復した無線ネットワーク……いえ、それだけじゃなくて、防災無線、軌道エレヴェータの直接中継回線!〉

 言葉だけでは物足りないと見たか、“キンジィ”が管制卓のモニタに中継映像の配信ルートをリストにして流し始めた。


 配信に使われているのは通常無線ネットワーク回線、防災無線、軌道エレヴェータの直接中継回線のみならず、配信局向け回線、果ては放送波全周波数に至るまで、あらゆる手段と言っていい。


〈管制室か!〉

 ギャラガー軍曹が舌を打つ。

〈“キンジィ”、割り込め!〉


 命令を受けて、“キンジィ”が管制室の制御に侵入を試みる。

〈妨害に遭遇! 弾かれます!〉


 “キンジィ”が悲鳴を上げた。その特性上、外部から管制室への進入路は極めて限られる。電子的には攻めるに難く、守るに易い――要塞にも等しい構造と言えた。そこを“キャス”が全力で監視し、防衛線を張っている。


 ◇


『“惑星連邦”軍の皆さん、“テセウス解放戦線”の皆さん、全ての戦闘を即座に停止して下さい』


 映像の中のマリィが、心もち身体を乗り出した。その映像と同時にデータ回線を通じ、“サラディン・ファイル”のデータが流れ始める。


『殺し合う意味は、全くありません。その理由を、これからご説明します』


 ◇


〈来たわ、電子攻撃!〉

 むしろ楽しげに“キャス”がジャックへ伝える。

〈連中も必死みたい〉


〈伊達に管制室使ってるんじゃない。侵入路は限られてるはずだ〉

〈そりゃもう。この私が本気出してるんだからね。破れるもんなら破ってみろってのよ!〉


 ◇


『これまで惑星“テセウス”を巡り、いくつもの軍事衝突が展開されてきました。大きなものだけでも、“自由と独立”、“テセウス独立評議会”、“テセウスの夜明け”、そして“テセウス解放戦線”』

 マリィが指を折ってみせる。

『これらの独立運動と“惑星連邦”軍の間で交わされた戦闘が、全て――そう、全て――ある謀略のもとに仕組まれたものであると、私は断言します』


 ◇


〈レーザ回線にも乗ってきてます!〉


 旅客ターミナル屋上、ヘリポートに向かって降下するアルバトロス“フック2”、その副操縦士が報せた。オオシマ中尉が眉をひそめる。

 つい先刻、解除された妨害波。周波数帯は軌道エレヴェータの担当する放送・通信機能使用範囲だと判ってきたが、肝要なのはそこではない。

 問題は、使用可能になったあらゆる通信手段――おそらく軌道エレヴェータが介在するすべての通信手段――を通し、マリィ・ホワイトがぶち上げ始めた演説と流し始めたデータにある。


〈“ハンマ・タップ”、こちら“ハンマ・ヘッド”! 聞こえるか!?〉


〈こちら“ハンマ・タップ”!〉

 ギャラガー軍曹からの応答は即座に返ってきた。

〈配信中の回線に、現在強制介入を試行中! 弾かれてます!!〉


〈“ウォー・ハンマ”各班は!?〉

〈管制ビル入り口で戦闘中! 抵抗に遭ってます!〉


〈くそ!〉

 オオシマ中尉の口から悪態。

〈着陸急げ! 我々も管制室へ突っ込むぞ!〉


 ◇


『理由は、いまデータ回線に乗せている情報にあります。このデータの作成者は“自由と独立”首魁ベン・サラディン。今は亡き彼が、この惑星の独立運動の実態を、内部から告発したのです。彼が告発した実態とは何か――それは、この惑星の独立運動が、“惑星連邦”政府との間で計画され、実行されたものだということです』

 マリィが映像の中で、決然と言い放つ。

『この惑星は、謀略の中で踊らされているのです』


 ◇


〈マルケス兵長、来い!〉


 ギャラガー軍曹が突撃銃AR113ストライカを手に取った。マルケス兵長が後に続く。


〈こじ開けて止めてやる!〉


 ◇


〈ハイ、ジャック〉


 拍子抜けするほど気軽な声が、ジャックの聴覚へ割り込んだ。視覚には隣、副管制室から妨害にかかろうとする電子戦担当と思しき兵の姿が見えている。


〈“キャサリン”か。今忙しい〉


〈でしょうね〉

 しかし“キャサリン”は構う風もなく言を継いだ。

〈でもあなた、耳を貸すわよ〉

 断言、そして言い放つ。

〈“サラディン・ファイル”のロックがまた解けたわ〉


 ◇


『ベン・サラディンが告発したデータの中に、“テセウス解放戦線”構成員のリストがあります。彼らは“惑星連邦”軍に浸透し、内部から戦いを仕掛けています』


 マリィの映像、その背景に重なって“サラディン・ファイル”の一部が映る。“キャス”が陰からリストを文字も読み取れないほどに縮小表示、それが“惑星連邦”軍の各部隊と、そこへ潜伏している“テセウス解放戦線”メンバの一覧であることを映像で解説する。


『ですが、それだけではありません。連邦軍将官の名前があります。高級官僚の名前があります。政府要人の名前さえあります。彼らは、謀議のもとに内乱を計画し、煽動してきたのです。彼らの思惑に乗ることはありません』


 ◇


〈ロック?〉

 ジャックは“キャサリン”へ不審げな声を投げていた。

〈まだ続きがあったのか?〉


〈あったのよね、これが〉

 “キャサリン”の高速言語は笑みさえ含んで聴覚へと届く。

〈連邦の資源統制、狙いは植民惑星経済を締め付けることにあるのよね――星系“ソル”を経由しないで経済の成立しちゃう“カイロス”や“イリス”辺りは格好の的だわ〉


〈手短にしてくれ。余裕がない〉


 ジャックが一蹴しなかったのは、この段に至って出てくる事実の重さを思ってのこと。そこを焦らすように“キャサリン”が問いを重ねる。


〈この惑星が独立して一番得するのって誰だと思う?〉

〈話が飛んでるぞ〉


〈こういうことよ〉

 ジャックの気など知らぬげに“キャサリン”は続けた。

〈資源統制までやって取り上げたい資源は植民星系にある。公に資源を買い付けて借りを作りたくもない。そこで考えたのが密貿易〉


〈どんどん話がゴシップめいてきたな。終点はどこだ?〉


〈それで本題。これで一番得をするのは誰だと思う?〉

 ジャックの苛立ちとは裏腹に落ち着き払った“キャサリン”の囁き。

〈ルーク・セレック陸軍大将? ドミニク・イバルリ運輸長官? ターニャ・マカロワ内務長官? ――とんでもない。存亡の危機にあって生命線を確保するなんて、誰の手柄になるっての?〉


 ◇


 非常灯の下、通路は静まり返っていた。マルケス兵長のみならず、ギャラガー軍曹も息を呑む――“ウォー・ハンマ”の1個分隊2班が沈黙、――のみならず床に転がっていた。そしてハドソン少佐さえも。気を取り直し、ギャラガー軍曹は突撃銃を構えて管制室の扉へ歩み寄った。“キンジィ”を扉横の端末へ繋ぐ。

〈ロックを解除しろ〉


 ◇


〈来たわ〉

 “キャス”がジャックの聴覚へ警告を投げ込んだ。

〈入り口、ロックを外そうとしてる〉


 ジャックはマリィの肩をひとつ叩き、AR110A2ヴァリアンスを構えてブースを出た。その視界の片隅に、通路のカメラが拾った映像――扉に取り付く敵の影が2つ。


 ◇


『ここで主だった名前を上げておきましょう。謀略の中心にいる人物たちの名前です』


 マリィの声が硬くなる。連動して、リストの中の名前がいくつかクローズ・アップ。


『連邦陸軍第3軍“テセウス”駐留軍司令ルーク・セレック大将、安全保障事務次官パウル・ヴァイス――現・安全保障長官、安全保障事務次官補パーヴェル・サヴィツキィ、運輸事務次官ドミニク・イバルリ――現・運輸長官、内務事務次官ターニャ・マカロワ――現・内務長官、そして――』


 ◇


〈他に誰がいるってのよ〉

 “キャサリン”がジャックの視覚に重ねた、その名。

〈――トップもトップ。この名前は歴史に刻まれるわね。しかも裏流通ルートから利益はごっそり吸い上げられる。これ以上の得なんてもんがあるなら聞かせてもらいたいもんだわ〉


 ◇


 マリィは一拍の間を置いた――、というより思わず声を詰めた。視覚に現れた名を認め、迷うように視線を泳がせ、それから声を一段低めて――続ける。


『安全保障長官マシュー・アレン――現・連邦行政総長』





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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