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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第10章 深層
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10-1.中核

『“テレシコワ・ニュース・フィード”、ゲオルギィ・ヴァヴィロフです。“クライトン・シティ”郊外での戦闘は現在も続いています。ただ、戦闘の規模が縮小した可能性があり、近く事態に何らかの進展があるものと……』


『これは当社の連絡船からの中継映像です。地上に瞬く戦火がご覧いただけますでしょうか。軍事評論家のミスタ・セルジュ・ゲインズブールに解説をお願いします……』


 ◇◇◇


〈ヒューイっ!〉


 身も世もなく叫んで駆け寄り、滑り込むようにシンシアは腰を落とす。動かないヒューイの傍ら、覗き込んで呼び続ける。


〈ヒューイ! ヒューイ!!〉

 声を限りに呼びかける。

〈あんまりじゃねェか! せっかく会えたのに!!〉

 答えはない。シンシアはヒューイの上体を掻き抱いた。溢れる血が熱を帯びて腕に絡みつく。

〈頼むよ! 眼ェ開けてくれェっ!!〉


「シンシア!」

 我に返ったマリィが駆け寄り、シンシアの肩に手をかける。

「シンシア、しっかりして!」


〈嫌だ!〉

 シンシアに絶叫。

〈置いてかないでくれよォっ!!〉


 頬を張る、音が重なる。


 呆然の一語そのままの瞳が、マリィを向いた。


「まだ助かるかもしれないわ!」

 シンシアの瞳を覗き込んで、マリィは叫ぶ。

「解る!? まだあきらめちゃだめ!」


「助……かる?」


「彼の服を脱がして」

 マリィは手早く髪を結い上げつつ、

「止血と、必要なら心臓マッサージ! 人工呼吸も! まだ終わってないわ!」


 シンシアの瞳が取り戻して光。


 頷き一つ、ヒューイの軽装甲スーツへ向き直る。手始めに軽装甲ヘルメット、気密シールを外しにかかる。


 ◇


〈ジャック、無事か!?〉

 ロジャーが駆け寄った。


 天を仰いで横たわるジャックの身体が動かない。銃弾を受けた軽装甲ヘルメット、真っ白にひび割れたヴァイザは中を覗かせない。


〈くそッ!〉


 軽装甲ヘルメットの気密シールを外す。次いでストラップに手をかけた。バックルに手こずり、やっとの思いで突破すると、首を支えながらヘルメットを抜き取る。


 見た目に傷はなかった。首筋に指を当てる――脈はあった。ロジャーは大きく息をつく。


〈ヒヤヒヤさせやがる……おい!〉

 軽く頬を張る。2度、3度……眼が、薄く開いた。

〈よォ、眼は覚めたか?〉


 信じられない物を見たとでも言いたげな顔で、ジャックが頭に手を当てる。呻き声が、その口から洩れた。


〈悪ィが、とっとと起きてくれ。敵が押し寄せて来る前に、済ませるもの済ませようぜ〉


 ジャックが、顔を起こす。視線の先には、ただ壁面。ハドソン少佐の姿は――そこから倒れて左側。苦労して上体を起こし、ジャックはさらに眼を凝らす。少佐の頭部から拡がって黒――それを血溜まりと呑み込むまでに要して数拍。


〈命拾いしたな〉

 察したロジャーが告げる。

〈間一髪で間に合った。これ、貸しにしとくぜ〉


〈く……〉


 軽装甲スーツ、胴体部装甲のバックルに指をかけ、拘束を解く。9ミリ拳銃弾の嵐に打ちひしがれた胸部と胴部の装甲が床へ転がった。歪んだ装甲に圧迫されていた胸へ、ジャックは空気を送り込む。目眩が残る頭を振って、こめかみを叩く。


 息を一つ吐いて、ジャックは立ち上がった。ケルベロスを腰のホルスタへ収め、転がったAR110A2ヴァリアンスを手に取る。

〈他の敵は?〉


〈ここいらのは片付いた――はずだ〉

〈あいつは?〉


 ロジャーは通路横、扉の吹き飛んだ会議室へ指を向けた。

 足を向けたところで会議室からシンシアが顔を出した。手に拳銃、ヒューイの持っていたP45コマンドー。ジャックと眼を合わせるや、銃口を下げて左の掌を突き出す。


〈!?〉

 敵に回った身らしからぬ行動に、ジャックが眉をひそめた。


 問う間もなく、切羽詰まった声が飛んでくる。

〈ヒューイが……!〉


〈ヒューイ!?〉


 場違いな名前にジャックが戸惑う、その間にシンシアが傍らをすり抜けた。通路を走って中ほど、赤十字を描いた扉へ飛び付く。


〈救急キット!〉


 会議室へ駆け込む。入り口に背を向けて女が1人――それがマリィとジャックには知れた。


「マリィ、無事か!?」


 マリィが一瞬だけ振り向いた。

「ヒューイが……!」


 マリィの下に横たわって男が1人。スカーフェイスと理解するのに、一拍あまりの時間を要した。その背を突き飛ばさんばかりにシンシアが過ぎる。両手に救急キットと電気ショック・キット。見直してみれば、マリィが心臓マッサージを施している最中と知れた。駆け寄る。横たわっていたのはやはりスカーフェイス――上半身から耐弾スーツを剥いだ、その左胸から出血が止まらない。


「貸せ!」


 引ったくるように、ジャックが救急キットを手に取る。中から止血パッド、それをヒューイの傷口に当てて締め付ける。

 シンシアが電極をスカーフェイス――ヒューイの胸へ貼り付ける。マリィが身を引く、それを待って起動。自動で状態を判断したキットが、ヒューイの心臓に与えて電気ショック――ヒューイの身体が反り返った。


 すかさず、シンシアがヒューイの胸へ耳を当てる。

「まだだめ!」


「もう1回!」


 ジャックが叫び返す。再び起動――電気ショック。シンシアが耳をヒューイの胸へ。


「効いた!!」

 シンシアが上げて涙声。


〈いいか〉

 ロジャーがジャックの肩を掴んだ。

〈事情は解らんが、どっちにしろもう時間がねェ〉


 ジャックはマリィへ眼を向けた。マリィの瞳がジャックを見返す。


 ロジャーがシンシアの肩へ手を置いた。

「敵が来る。手を貸してくれ」


 見上げ、涙を拭ったシンシアが――頷いた。


「行こう」

 ジャックがマリィへ手を差し出した。

「出番だ」


「待って、アンナが……」


 言いかけたマリィへ、ジャックは頷きかけた。

「大丈夫だ。ホテルから連れてきた」


 どこに、とマリィの眼が訊いてくる。


「ロジャー、」

 ジャックは振り返って、

「アンナを頼む」


「おうよ」

 AR113ストライカの弾倉を替えながら、ロジャーが歩んで過ぎた。

「引き受けた」


 シンシアが後に続く。手にヒューイのP45コマンドー。その眼に確かな生気を、マリィは見て取った。


 マリィはジャックの手を取った。

「行きましょ」


 ◇


 シンシアが、通路に転がるAR113ストライカを拾った。倒れた兵から予備弾倉を拝借して、先に進むロジャーに追い付く。


〈いいかシンシア、とにかく時間を稼ぐ。弾丸撒き合戦だ。頼むぜ〉


 言った側から――軌道エレヴェータ本体から連絡通路へ出た所で、敵とかち合った。


〈畜生、やっぱいやがった!〉


 すかさずロジャーが引き鉄を絞る。AR113が咆えた。シンシアが脇から掩護の弾幕を張る。


〈アンナはどこにいる!?〉

 シンシアが銃声に負けじと声を上げる。


〈到着ロビィだ!〉

〈連中の向こう側じゃねェか!〉

〈まだ見付かったとは限らねェ!〉


 撃ち尽くした弾倉を落としながらロジャーが答える。その語尾にシンシアが問いをぶつけた。


〈人質に取られたらどうするつもりだ!?〉


〈うまいこと隠れててくれるのを祈るしかねェな!〉

 予備弾倉を叩き込んだロジャーが、再び突撃銃を撃ち放つ。

〈とにかく粘れ! 何とか保たせろ!〉


 ◇


 ジャックはマリィを連れて通路へ出た。軌道エレヴェータ管制室までは10メートルもない。すぐに扉の前へ出る。

 ジャックは管制室の扉横へ取り付いた。マリィに掌をかざして留まらせ、壁の端末に“キャス”を繋ぐ。


〈OK、監視カメラに潜り込めたわ。映像送るわよ〉


 視覚に広角の映像が重なる。通路と違って通常照明の下、見える内部に人影は多くない。管制卓に2人、それもスーツ姿の民間人。察するに、当直体制下にあると見えた。


〈よし、ドアを開けろ〉

〈カウント3――3、2、1、ゴー!〉


 “キャス”がスライド・ドアのロックを外して開けた。ジャックがAR110A2ヴァリアンスを構えて躍り込む。


「動くな!」


 両手が上がった。怯えた眼が2対、ドア際のデスクを盾に取ったジャックを向く――それ以外に反応はない。


「身分は?」

 問いつつ、ジャックが銃を構えてにじり寄る。


「……エ、エレヴェータの管制官」「わ、私も」


 銃口を擬したまま、ジャックは一旦入口へ戻ってケーブルを外し、マリィを招き入れる。

「判った。害は加えない。他に人間はいないのか?」


「ここには」

 と、年かさの管制官。

「ろくな運行がないんで、ここんとこずっと当直体制なんだ。あんたは?」


「不穏分子さ」

 簡潔に、ジャックが答えを返す。


「連中の仲間……じゃないんだよな?」

「違うね」

「隣の連中は?」


 若い方が口を開いた。ジャックが問いを返す。


「隣?」

「副管制室だ。徴用されて作戦司令室になってるって……」

「黙っとけ」


 年かさの管制官が止める。ジャックは答えを口に上らせた。


「邪魔しなきゃ放っとくさ。押しかけてきたらここが戦場だ」


 若い管制官が固唾を呑む。ジャックが問いを年かさの1人へ向けた。


「ここから中継映像を流す。カメラが付いてて、外に繋がってる席がいい。どれだ?」


「なんで管制室に来たんだ。放送なんかにゃ向いてないのに。あー……、」

 ぼやきながら管制官が迷った末に、奥のブースへ指を向ける。

「まあ主任用の管制卓なら注文に合ってるだろう」


 周囲より一段高い、透明シールドで仕切られた席があった。


「あんたらは隅行って頭下げてろ。下手すると撃ち合いになるかも知れん」


 言い置いて、ジャックは主任用ブースに取り付いた。ドアを開け、銃口を巡らせる――人はいない。マリィを手招き、シートに座らせる。“キャス”を管制卓に繋ぎ、懐からデータ・クリスタルを取り出した。


〈どうだ?〉

〈確かに放送には向いてなさそうね――軌道エレヴェータのメイン回線経由しないと外には繋がんないし〉


 “キャス”がぼやく間に、マリィが結い上げていた髪をほどいた。左の耳にかかる髪をかき上げ、小型のヘッドセットを左耳に引っかける。“キャス”が音声を通常言語に切り替え、マリィのヘッドセットにも音声を流した。


『はァいマリィ、聞こえてる?』


「聞こえるわ」

 マリィは耳に“キャス”の声を確かめて、

「どう、やれそう?」


『まあ色々あるけど、何とかなりそう』


「妨害波はここから止められるか?」

 ジャックが問いを挟んだ。


『多分、軌道エレヴェータの放送電波使ってやってる分が……』

 “キャス”がサーチをかける、その分だけ間が空いた。

『……やっぱあるわね。少なくともそっちは止められると思う』


「止めろ」

 口にしてからジャックが気付く。

「――なら放送波乗っ取れるはずだな。ネットワークだけじゃなくて、そっちも使うぞ」


 言いつつ、ジャックは管制卓のデータ・ドライヴへクリスタルを挿し込んだ。


『OK。放送局の真似事なんて、そうそう経験できることじゃないわね』

 言う間に“キャス”がジャックの視覚、その片隅へ送ってマリィのバスト・アップ。

『カメラOK。音声がヘッドセット経由なのが惜しいけど、まあ我慢してよね』


「マリィの映像・音声と同時に“サラディン・ファイル”生データの暗号とアクセス制限を外せ」

 ジャックが“キャス”に指示を飛ばす。

「配信情報に合わせて送信、転送要求には片っ端から応えてやれ」


『いいわねェ、ゾクゾクくるわ』

「いいな?」


 ジャックがマリィへ言葉を向けた。深緑色の瞳と眼が合う。一旦眼を閉じて息を一つ、それからマリィは頷いた。ジャックがマリィの右肩に手を載せる。マリィが左手を重ねた。


「よし“キャス”、やれ」

『OK。準備いいわね。3、2、1、キュー!』

著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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