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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第9章 対決
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9-11.咆哮

 頭部を右から衝撃が襲う。歯を食いしばる――スカーフェイスは横ざまに吹き飛ばされた。ささくれた床上を転がり、ドアの吹き飛んだ入り口を通り越して、部屋の中へと転がり込む。


〈ぐ……!〉


 追い討ちが来る――それは見るまでもない。受け身を取り損ねた身体を無理やり起こす、その途中で銃声を聞いた。

 上げた顔に“アルファ2”――その姿。それが床に伏せ、床の突撃銃を拾って左へ向ける。

 味方、すなわちロジャーからの銃撃――それが解る。スカーフェイスは右手をひびの入ったヴァイザへ突っ込んだ。力づくで引き剥がす。

 晴れた視界の片隅――伏せたままこちらへ拳銃を向けるシンシアの姿。


〈逃げろ、マクミラン!〉


 不意に言葉が口を衝いた。


 ◇


 シンシアが息を呑んだ。

〈何……だって?〉


 耳にしたのは己の名、声の主はスカーフェイス。そして耳に入ったのは忘れもしない“あの科白”――あり得ない。元“ブレイド”中隊員でもなければ。

 記憶が重なる。“クラヴィッツ”の深深度レア・メタル鉱脈跡、“自由と独立”の制圧作戦。あの時も同じ科白を聞いた――。


〈――ヒューイ!?〉


 ◇


 ジャックが背後へ吹っ飛んだ。眼前、ハドソン少佐がさらに踏み込む。後ろへ転がり、ジャックは首の付根を支点に力を溜めた。ハドソン少佐の胸元へ右の踵を衝き込む。腕で横に弾かれたのは計算のうち、その腕を足がかりに横へ半回転、起き上がる。

 少佐が体をひねる――左から蹴り。さらに左下、脇をかすめてその向こう、“アルファ4”。懐へ飛び込んで不意を衝く。


 勢いを乗せて、下腹部へ掌底。


 手応え、“アルファ4”が身体を折った。さらに踏み込んで、今度は上へ伸び上がる。前のめりの顎を頭で突き上げた。相手がよろめく、その喉元――軽装甲ヘルメットとスーツの継ぎ目へ、全体重を乗せて貫き手。気密シールを貫き、気道を押し潰す――その手応えが指先に伝わった。

 すぐさま振り返る。案の定、ハドソン少佐が踏み込んできている。側頭への突き。すんでのところでよけ切れず、ジャックは鼻先でそれを受けた。


 瞬間、首がねじれる。ヘルメット越しとはいえ、頭に衝撃が突き抜ける。次が来る――それが解っていながら、止められない。足がもつれる。


 ◇


 スカーフェイスは耳を疑った。


〈ヒューイ・ランバート!?〉


 シンシアの口から再び、聞き覚えのある名――どころではない。染み付いているといっていい。


〈お前か!?〉

 シンシアの声が勢い込む。


〈なぜだ?〉

 記憶の壁に穴。根拠のない確信。

〈なぜ知ってる!?〉


〈何てこった……〉

 シンシアが、半ば呆然と立ち上がる。無防備に歩み寄りつつ声を上げた。

〈こんなとこで生きてやがった!〉


 記憶が溢れ出す。理解が追いつかないまま、頭の中で物事が勝手に繋がり出す。


〈こンの馬鹿野郎!〉

 シンシアがスカーフェイス――ヒューイの前に膝を落とした。

〈ルージュなんか置いて消えやがって! 似合いもしねェのに!〉


「そんな、ことはない」

 勝手に口が動いた。

「たまには、着飾るのも……悪く、ない」

 堰が切れた。ヒューイの思考が止まる。

「シンシア――無事だったか」


 シンシアの眼に涙。


「危ない!」

 部屋の奥からマリィの声。


 ヒューイの感覚がふと戻る――危険。シンシアを突き飛ばす。反動で転がると、腰のP45コマンドーを抜き放ち、入り口へと銃口を振り向ける。

 照星に重ねた視線の先――“アルファ2”。

 火線が交錯した。


 ◇


 火線が割って入った。


 ハドソン少佐が、咄嗟に踏みとどまる。左手、ロジャーからAR113の一連射。床を蹴って背後、壁際へ。腰のP45コマンドーを抜き放つ。

 ジャックも跳び退った。ロジャーの無事を視界の隅に確かめ、抜いて腰のケルベロス。

 床に伏せたボルゾフ曹長が先に撃った。AR113を撃ち散らし、牽制の弾幕を張る。ロジャーが伏せた。銃撃が途切れる。

 ハドソン少佐が反応した。9ミリの銃口がジャックを向く。ジャックのケルベロスと狙点が交差する。


 咆哮が上がった。


 ◇


 血がしぶいた――眼前、ヒューイの身体から。


 シンシアの理性が弾け飛ぶ。


 絶叫。疾駆。射撃。突撃銃を構えた“アルファ2”へ10ミリ拳銃弾を叩き込む。3発、4発、肩から頭へ、5発、6発、7発、ヘルメットに火花を散らす。通路へ飛び出し、懐へ滑り込んでなお引き鉄を絞る。9発、10発、ヴァイザを撃ち破る。11発、12発、さらにその奥へ。13発――弾丸切れ。なお引き鉄を絞る。撃鉄が虚しく音を立てる。さらに絞る、絞る、絞る――。


 頭上を火線がかすめて過ぎた。跳弾の音が爆ぜる、その音を機にシンシアは振り返る。銃を放り出し、“アルファ2”の生死にさえ眼もくれず、床を蹴って取って返す――ヒューイの元へ。


 ◇


 頭上をかすめる銃弾の中、伏せたロジャーはAR113を肩に引き付けた。牽制の弾丸が止む。

 1発の勝負――ロジャーに直感。

 照星を、やはり伏せたボルゾフ軍曹へ――やはり狙っている。次に来るのは命中弾。引き鉄の指を押し留める。牽制の弾を放つ間はない。

 ――照準。引き鉄に力を込める。


 火線が交わった。


 ◇


 撃発。交差。着弾。

 ジャックとハドソン少佐、互いの胸に拳銃弾が炸裂した。軽装甲スーツが弾丸を受け止め――しかしその衝撃は2人の肉体を容赦なく打ちのめす。


 怯んだら負ける――ジャックは引き鉄を絞った。ハドソン少佐も撃つ。ケルベロスの10ミリ弾とコマンドーの9ミリ弾が交錯する。装甲に弾丸がめり込む。撃つ、また撃つ、さらに撃つ。6発、7発、ひたすらに引き鉄を絞る。咆哮。敵意。ただ執念。

 身をひしぐ打撃。突き抜ける痛覚。敵はまだそこにいる。遠のきかける意識を押し留めて立ち続け、怒り、怨讐、総ての感情を叩き込む。

 ケルベロスの弾丸が切れた。打擲は止まらない。装弾数そのままの差。それが2発。

 口径分の威力差も考え合わせれば、弾丸数がそのままダメージ差には繋がらない――はずだが、そんな計算などとうに吹き飛んでいた。

 壁に打ち付けられながら、身体が覚えた動作で空の弾倉をリリースし、同時に腰の予備弾倉を抜く。セレクタを連射へ。

 弾丸が止んだ。相手も弾切れ――まだ生きている。予備弾倉を押し込む。親指一つでスライド・ストップを解除、引き鉄に再び力を込める。

 3点連射、連射、さらに連射。なお連射。

 さらに1発――再び弾切れ。さらに弾倉を入れ替え、スライド・ストップをまた外す。引き鉄を絞る。連射。そこで気付く――敵弾が止んでいた、そのことに。


 照星の向こう、硝煙に煙って壁面。下に辿って、ハドソン少佐――壁を背に崩れ落ちた、その姿。


 激痛が今さらながらに襲ってきた。呻き声一つ、ジャックは前のめりに一歩を踏む。途端に膝から力が抜けた。無様に前へと倒れ込む。顔を上げ、銃口をなお前に擬して、ただ執念で這い進む。


 ハドソン少佐は動かない。深くうなだれ、腕を力なく落として、微動だにしない。


 ジャックは左腕を立てた。膝を引き寄せ、右肘を突っ張って、上体を持ち上げる。

 ハドソン少佐の胸に無数の弾痕。その内の数発、恐らくは連射で撃ち込んだ内の何発かが重なり、内側へめり込んだ跡がある。そして気付く――床に拡がる、黒々とした影。非常灯の赤の下――それが血溜まりだと理解するのに、時間がかかった。


〈……勝った、のか?〉

 ――疑問の形で、その思考は頭というより口に上った。


 堰を切ったように、思考が戻ってくる。死んだのか。ロジャーはどうなったのか。スカーフェイスは――否、そもそも残りの敵は。


 ――眼前に銃口。


 ハドソン少佐。P45コマンドー。隙を衝かれた。

 うなだれた顔がわずかに上がる。ヴァイザに覗く、眼――戦意。ジャックが引き鉄に力を込める。間に合わない――。


 銃声――。


 ジャックの上体がのけ反った。さらに銃声。弾丸を受けたヴァイザが真っ白に曇る。次は保たない――薄れ行く意識に直感がかすめる。

 そして銃声が轟いた。







著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

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