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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第9章 対決
80/221

9-6.随伴

 ペリスコープ越し、駐車スペース向こうに空港ターミナル・ビルが見えた。高架道路の下りランプを3輌の装甲兵員輸送車AT-12シャイアンが駆け降りる。


〈“フック3”へ、こちら“クロー・ハンマ”、〉

 レーザ通信越しのデータ・リンクにオオシマ中尉が声を乗せた。

〈状況を送れ〉


〈“クロー・ハンマ”へ、こちら“フック3”〉

 上空に退避しているはずのアルバトロス“フック3”は、わずかに遅れて応答をよこした。

〈“スレッジ・チャーリィ”は6分前に地上より突入しました。以後応答なし〉


〈了解、こちらへ合流せよ。以上〉

 内心でオオシマ中尉は舌を打った。突入して6分、応答がないとなれば――返り討ちにあった可能性が高い。


〈キリシマ少尉、〉

 オオシマ中尉は傍ら、“クロー・ハンマ”小隊長――キリシマ少尉へ振り返る。

〈“フック3”が使える。が、まず地上側だ。小隊を挙げて出口を押さえろ。しかる後に掃討へ移る。質問は?〉


〈ありません〉

 キリシマ少尉が振り返って指示を下す。

〈小隊、降車用意!〉


 ◇


「音を立てるな。慌てなくていい」

 振り返って一つ釘を指し、ジャックは非常階段を先に下りた。


 13階、踊り場で状況を確認して後続を手招く。追い付いたところでジャックがまた先行して確認、その繰り返し。

 10階を過ぎ、ホテルのフロントがある7階を通り越して、6階。ビジネス・フロアへ。


〈ジャック、〉

 追い付いたロジャーが、ジャックの肩を捕まえた。

〈外が気になる。確かめようぜ〉


 ジャックは腕時計へ眼を落とした。14階を出て、約5分。非常階段に敵の姿は見えないが、外の状況が変わっていない保証はない。


〈だな〉


 応じて、ジャックは6階へ通じる非常扉を薄く開く。ホテル・フロアと違って、警備兵が配されている気配はなかった。ロジャーと目配せを交わし、ドアを開け放つ。2人で両側へ銃口を巡らせる――敵影なし。


 通路へ出て直近、“ゼピュロス・エアライン”のオフィスへ。透明パネルが成す壁の中央、これも透明のドアを開き、“CLOSED”の立て札をよけて、オフィスへ忍び込む。見渡した範囲の無人を確認したところでイリーナとアンナを招き入れ、受付カウンタの陰に潜ませる。

 並ぶブースの合間を抜け、駐車スペースに面する壁――全面を窓とした、その手前へ。


 床すれすれから這うように覗き見て、どちらからともなく舌を打つ。


〈いやがった……!〉


 眼下、駐車スペースに装甲兵員輸送車、それも3輌。察するに1個小隊、30人からの兵が足元まで来ていることになる。


〈連中、もうこっちに来ちまうんじゃねェのか?〉


〈かもな〉

 応じてジャックは通常言語を背後へ投げた。

「2人とも!」


 ジャックは入り口側へ這い戻り、アンナ達に手招きをくれた。オフィスを横切るデスクの列、その半ばを指さす。


「ゲリラが?」


 察したアンナの問いに、ジャックは頷いた。

「そうだ。すぐ下まで来てる。この下に隠れてろ」


「どうするの?」

「ロジャーと2人でルートを探す」


 言う間にロジャーがオフィス入り口、カウンタへ。外を窺い――、頭を下げた。


「来やがった!」


 声を殺してロジャーが告げた。すかさずジャックも頭を下げる。遅れかけたアンナの頭を押し下げる。

 懐から20センチ長の内視鏡ユニット。“キャス”に繋いで、デスクの上に覗かせる。視界に映像が投影された――オフィスの隅、通路に面した透明パネルの向こうに暗灰色の軽装甲スーツ。それが陰から突撃銃を構え、オフィスの無人を確かめるように銃口を巡らせる。


 その背後から、半身をかがめて進む影が2つ。入り口に取り付き、ドアを小さく開いて中へ滑り入る。この分では、視界の外に控えているのが少なくとも2人。見付かれば、さらに5人――下手をすれば30人近い敵を正面切って相手に回すことになる。


 逃げ道を求めて、ジャックは視線を巡らせた。空調ダクトが、天井際に吹出口を開けていた。ただし、そこまでは丸見えの空間が続く。


〈くそ……〉


 そこへ閃光――。


 反射的にジャックは振り向いた。続いて爆音。デスクと椅子の隙間、外に爆煙の一部が見えた。

 軽装甲スーツの侵入者が意識を外へ向ける、その気配が窺えた。入り口に掩護を置いて、1人が外壁へ走り寄る。

 ジャックは、AR110A2を肩へ引き付けた。デスク一つ向こう側を、軽装甲スーツが駆け過ぎる。


 ――また閃光。


〈敵襲!〉

 窓に寄った軽装甲スーツが声を上げた。

〈数は不明――いや、1!〉


〈――あいつだ〉

 呟きがジャックの口を衝いて出る。他にいるはずがない――スカーフェイス。


 ◇


〈“エコー”、“フォックストロット”、外の敵に当たれ!〉

 オオシマ中尉の横、キリシマ少尉が声を飛ばした。

〈“アルファ”から“デルタ”、外には構うな。捜索続行!〉


 小隊長直属の“クロー・アルファ”班から伝令が走る。回りくどいやり方だが、この妨害波の中ではやむを得ない。無線通信が使えれば――つい考えて、オオシマ中尉は苦い笑みを頬にのせる。その通信を封じたのは、自分たちに他ならない。


〈本命は正面だ〉

 オオシマ中尉はキリシマ少尉へ告げた。

〈惑わされるな!〉


 ◇


〈捜索続行!〉


 入り口の向こうから声が飛んできた。


〈つれない連中だ〉

 ジャックが陰で歯噛みする。表で騒ぎが起こったなら、野次馬根性の一つも出してくれれば付け入る隙もあろうというものを。


 入り口から敵兵――数を増して5人。その背後、さらに5人が通路を駆け抜けていく。


 傍らの2人へ囁きかける。

「頭下げてろ。展望台ヘ行け、いいな」

 2人の頷きを確かめながら、サヴァイヴァル・ナイフを抜く。身を屈めて奥、デスク端へとにじり寄る。


 外壁側の端、デスクの陰から軽装甲スーツが覗き込んだ。左手でそのヘルメットを引っ掴むや、喉へナイフを一突き。スーツとヘルメットのシール部を破って、頸動脈を衝く手応え。右手に相手の痙攣が伝わる。

 敵兵からナイフを引き抜いて、突撃銃AR113を奪う。ジャックは低い姿勢で飛び出した。外壁側、連なるデスクを盾に回り込む。

 腰のベルトから手榴弾。ベルトに結んだ安全ピンの抜ける感触を確かめる。大きく放物線を描いて、入り口へ。


 爆発――。カウンタが吹き飛んだ。


〈くそ、敵襲!〉


 AR113を構えて、ジャックは飛び出した。入り口へ走る。眼前に伏せた敵兵。顔を上げたところへ1発。これでこちらの位置が知れた。

 銃口を上げかけた2人へ、立て続けに連射。吹き飛んだカウンタ下、ロジャーには眼もくれず通路側へ抜ける。


〈敵、通路へ!〉


 オフィスに残った2人が引き鉄を絞る。ジャックは中央階段へ飛び込んだ。追う銃弾が壁に弾ける。

 これで敵の眼を引きつけた――その確信。ただ飛び込んだ先、下から後続の1班――鉢合わせ。反射的にジャックは引き鉄を絞った。一連射、弾が切れる。


 床へ伏せざま、隠れて階段の陰。入れ替わりに下からの火線が伸びる。

 床を転がり、ジャックが得物をAR110A2に持ち替え、銃口を階段下へかざした。銃身下、擲弾銃GL11の引き鉄を絞る。間の抜けた発射音。榴弾は踊り場で弾けた。爆風が中央階段を駆け抜ける。


 這って階段縁へ。顔より先に銃口を覗かせて、一連射。

 起き上がる。いち早く立ち直った1人へ一撃をくれつつ、階段を駆け下りる。

 背後、6階から流し撃ちの一連射。ジャックは手摺を乗り越えて、さらに下へ。眼前に5階。


〈ジャック!〉

 “キャス”の警告。


 5階、壁の陰から銃口が覗いていた。


 舌を打つ間さえ惜しんで、身を投げる。後を追うように、着弾が連なる。さらに6階からの射線が追いかける。

 AR110A2を連射。5階の銃口を引っ込めさせて、駆け下りつつさらに連射。4階へ。


 ◇


〈無茶やりやがる……〉

 ロジャーが、破片の山と化したカウンタの下から身を起こした。


 ジャックが敵を引き付けた、それは解る。だから大して時間はない、そのことも。

 敵の姿がひとまず消えたオフィスを見回し、奥へ。イリーナとアンナを隠したデスクへ声をかける。


「2人とも、大丈夫か?」


「……ええ、何とか」

 イリーナが声を、次いで顔を出した。


「次から手を先に出してくれ。撃ち抜かれたかないだろ?」

「解ったわ」


 頷きながら、イリーナが立ち上がった。


「アンナは?」

「大丈夫」


 下へ視線を落としたイリーナが、代わって答えた。


「……ちょっと膝が……」


 か細いアンナの声。初めて実戦を眼の当たりにした素人としては、まず順当な反応ではあった。


「悪いけど、あんまり時間はないぜ」

 アンナに手を貸しながら、ロジャーは申し訳なさそうに告げた。

「今ならホテルの部屋に戻れる。このまま戻るか、気を取り直して戦場を突っ切るか、決めてくれ」


「行くわよ」

 アンナから即答。

「彼、展望台へ行けって」


「オーライ。じゃ腰に力入れてくれ。これから死ぬ気で走るからな」





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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