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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第9章 対決
79/221

9-5.糸口

 アルバトロスが着地する、軽い衝撃。


〈降機!〉


 軍曹の号令一下、“スレッジ・チャーリィ”班の5人がアルバトロスを離れた。ロータが生む下降気流に洗われながら、低い姿勢のまま眼前の空港ターミナル・ビルへ。見届けた軍曹が腕を一振り、受けてアルバトロスが上昇する。


 ◇


 アンナ・ローランドが眼前にいた。マリィの親友として、ジャックの脳裏にはその顔が刻まれている。


「あなた、誰?」


 咎めるように見返す眼――無理もない。こちらの顔はいかつい軽装甲ヘルメットの下にある。起き上がり、ジャックはヘルメットを外した。


「エリック!?」

「マリィはどうした?」


 当然の疑問にぶつけて問い。面食らったアンナが、舌を噛みそうな口ぶりで答えを形にする。


「移るって……言ってたわ。その……もう1時間も前に」

「どこへ!?」

「……軌道エレヴェータ」

「くそ!」


 ジャックは思わず額に掌を打ちつけた。


「ほら、」

 見かねたか、隣のイリーナが机上、インターコム隣のメモを取る。

「直前に連絡よこしたのよ」


 受け取ったメモには単語の列。“マリィ・移動・軌道エレヴェータ・中央・今すぐ”そこまで。


 安全と見たか、ロジャーが女性兵士の背後へ回った。プラスティック・ワイアで後ろ手に縛る。その傍らで声を投げた。

「知り合いみたいだな」


「彼女の親友だ。名前はアンナ」

 ジャックが肩越しに答えを投げる。

「それより、問題が出た」


「だろうな」

 ロジャーは返して身を屈める。

「さて子猫ちゃん、お姫様はどこ行ったか教えてもらおうか」


 沈黙。もっとも、警備の兵に詳細が知らされるとも思えない。


「まあ、そんなこったろうと思ったよ」

 ロジャーの手が女性兵士の懐へ伸びた。手品じみた手つきで携帯端末を盗み取る。

「んじゃ、こっちに訊いてみるかな」


 懐の“ネイ”へケーブルを繋ぐ。


〈さっき“キャス”が自滅型トラップ食らったばっかりでしょ、無用心ね〉

 不平をたれながらも“ネイ”が探りを入れる。

〈駄目、この端末じゃ何にも判んない――いえちょっと待って、“中央”?〉


〈ああ〉

〈軌道エレヴェータの中央管制室――近いアドレスがあるわ。副管制室。中央管制室のすぐ横。作戦司令室になってるみたい。そこかも〉


 ジャックが問いを眼で投げた。ロジャーが答える。


〈軌道エレヴェータの中央管制室、“の横”だろうってことだ〉


〈敵の真ん中か〉

 ジャックが眉をしかめる。


〈早い話がそういうこと〉

 ロジャーは肩をすくめて応じる。


「マリィのところへ行くんでしょ?」

 アンナが口を挟んだ。

「私も行くわ」


 ――間。ジャックは完全に意表を衝かれた。

「……無茶だ」


「人質にするとか」


「どっちにしたって、あんまり時間がないぜ」

 ロジャーが押し問答を断ち切った。窓外へ眼を投げて、言い直す。

「いや、“なくなった”か」


 駐車スペース、その空中にアルバトロス。上昇していくところから察するに、地上から部隊が攻め上ってくると考えて間違いない。


「来るぜ」

 親指を窓外、アルバトロスへ向けてロジャーが言葉を投げた。

「問題はどっちからか、だ」


 一拍遅れて状況を知ったジャックが返して一言、

「両方だな。非常階段と中央階段、どっちも押さえに来るはずだ」


「つけ入りどころってか?」

 苦笑一つ、ロジャーが問う。


 飛び立ったアルバトロスは1機、定員からすれば、攻めてくるのは最大で1個分隊10人。それが二手に別れるとなれば、そこが最大の弱みということになるはずだった――2対5が有利と言えるかどうかは別として。


「そういうことだ。どっちにしろ押し問答してる暇はなくなった」

 言葉の半ばはアンナに向けて、ジャックが断じる。

「1408号室だ。2人とも逃げ込め」


「マリィの部屋に?」


 アンナの問いに、ジャックは頷きを返す。

「うまく行ったら迎えに行く」

 ジャックはアンナの隣、イリーナへ問いを投げる。

「あんた、銃は?」


「イリーナ」

 名乗ってイリーナが頷く。

「一応は」


 ジャックは女兵士のホルスタを拾い上げ、イリーナへ差し出した。

「じゃイリーナ、こいつを持て。俺はジャック」


 アンナが眉に疑問を乗せる。が、それは手で制してジャックが続けた。


「敵を押さえてくる。その間に移動しろ。それからアンナ、付いてくる気なら服を着替えとけ」


 上のジャケットはともかくとして、下のタイト・スカートとパンプスは、どう考えても戦場を駆け回る格好ではない。


「あー、まあ動きやすい格好じゃ……ないわね」

 自分の姿を見下ろして、アンナが認める。


「俺達の後から、非常階段で降りろ。音を立てるな」


 ◇


 “チャーリィ2”が踊り場の隅、壁に背を当てた。銃口は非常階段の上に向けたまま。“チャーリィ3”がその横、階段へ仰向けになる。半ばまでその姿勢で這い進むと、“チャーリィ3”が壁を伝って追い越し、次の踊り場へ歩を進める――。


 最大限の警戒を払っての前進。班を率いる軍曹――“チャーリィ1”――に焦れる気持ちもないではないが、相手の実力を鑑みるに、拙速に進めば返り討ちにも遭いかねない。

 ましてや手勢はわずかに半個分隊5人。さらに押さえるべき脱出口は、中央階段と非常階段の2ヶ所。戦力分散の愚は理解していても、本隊を待って目標を取り逃がすわけにはいかない。


 クリア、の手信号を“チャーリィ2”が発した。6階の非常扉前へ。そこで軍曹は“チャーリィ2”と扉を開き、通路の安全を確かめる。さらに軍曹が中央階段へ。追い付いた“チャーリィ4”と“チャーリィ5”を確かめて、上階へ。


 ◇


 非常階段へ入ったジャックはロジャーを制した。手振りで、足音を抑えるよう促す。承知の印に頷き一つ、ロジャーも緩やかに足を進める。先に立つのはジャック、壁を背に腰を落として、階段の下を覗き込みつつ進む。ロジャーは後方を警戒しながら続く。


 14階、13階、12階――まだ敵の姿はない。さらに下へ。11階、10階――。


 壁に影が兆した。


 突撃銃の銃身下、擲弾銃GL11の引き鉄に指をかける。眼を離さず手を後ろ、ロジャーの腕へ。了解の感触。上体をかがめる気配が伝わる。


 一気に壁から身を剥がし、下方へ向けて引き鉄を絞る。


〈敵襲ッ!〉


 下からの声にかぶさって着弾、爆発。爆風が空間を吹き抜けた。


 すかさず身を起こし、ジャックは下へ銃口を覗かせる。伏せた人影は3つ、いずれも暗灰色の軽装甲スーツ。うち2人が反撃の銃口を巡らせていた。ロジャーが踊り場へ飛び込んだ。


 ジャックがAR110A2ヴァリアンスを一撃――奥の1人に命中。手前の1人から反撃――の直前にロジャーがAR113ストライカを1発。

 ジャックが手摺を乗り越えた。残る1人にロジャーが1発。さらに下へ銃口と視線を巡らせる――人影はない。


〈いない!?〉


 眉をひそめたが、詮索する余裕はない。ジャックは10階、煤けた非常扉横へ張り付いた。ロジャーが続く。GL11に榴弾を再装填したジャックが扉を引き開け、眼前の床へ身を投げ出す。


 通路に野戦服――左右に1人ずつ。それが反射的に一連射、ただし頭上。返して一撃、ジャックが1人を沈黙させる。転がって背後、ロジャーの向こうにも一撃。


〈クリア!〉


 起き上がる間ももどかしく、中央階段へ。入り口へ張り付いて銃口と視線を覗かせる――敵影なし。


 先刻の“戦場”へ急行したものと見当をつけた。迷わず階段を駆け上がる。11階。

 通路にはやはり野戦服、ここにも2人。出会い頭に撃ち倒す――これでこちらの位置が敵に知れた。


 非常扉が開いた。咄嗟に身を投げ出す。言葉が遅れて口を衝いた。


(伏せろ!〉


 陰から覗いて突撃銃、銃身下に擲弾銃。


 榴弾が来る――その前に流し撃ち。敵が銃口を引っ込めた。視界をかすめてロジャーが走る。片手に手榴弾。スプリングで閉まりつつある非常扉の向こうへ放り込む。意図を察してジャックも後を追った。


 爆発――。


 衝撃で非常扉が歪んだ。ジャックを待ってロジャーがそれを蹴り開ける。ジャックが下、ロジャーが上へと銃口を向ける。

 上――階段に伏せた敵が待ち伏せていた。


〈やべ……!〉


 ロジャーが思わず声を発する、その間にジャックがロジャーを蹴倒す。反動でジャックも退いた。間一髪、胸のあった空間を貫いて銃弾が過ぎる。

 受け身を取るや、ジャックは中央階段へ取って返した。意図を察してロジャーも続く。

 階段をジャックが駆け上がる。


〈逃げるんじゃないのかよ?〉

〈挟み撃ちはご免だ〉


 11階、さらに上って12階。通路にはやはり野戦服。発砲。火線が交差した。

 翻って階段を下へ。


〈おい!?〉


 追い付きかけたロジャーが当惑の声を上げる。ジャックは一言、


〈敵を引き付ける! 来い!〉


 11階の通路へ出て、ジャックは非常扉の隣へ付く。ロジャーを待ち、ノブに手をかけながら耳をそばだてる。


 息を殺して、待つ――。


 気配。上階の非常扉が開いた。


〈かかった!〉


 扉を開けて、非常階段へ踏み入る。人影なし。

 12階へ。閉まりかけた非常扉の向こう、床に敵の落とした影があった。右手。

 ジャックがドアに手をかけた。ロジャーが残った隙間から左手を見透かす。いない――残るは右手のみ。

 非常扉を引き開ける。敵が2人、軽装甲スーツ。1人が壁際へ跳んだ。ジャックの狙点が追う。


 一撃――肩に命中。もう1人。こちらは横ざまに床を転がっていた。振り返りかけたところへ、ロジャーが一連射――胸を撃ち抜く。その上を、ジャックの一撃が飛ぶ。伏せた野戦服の頭上をかすめた。


 ジャックが飛び出した。肩を撃った1人へ駆け寄る。うつ伏せになったその背に踵を叩きつけ、軽装甲ヘルメットへ銃口を突きつける。ゆっくりと、相手の両手が頭上へ上がった。


 ロジャーは奥の野戦服へ。

 ジャックは軽装甲スーツの両腕を後ろ手に縛り上げ、訊く。


「何人だ、何人突入した?」

「……5人」


「5人?」

 ロジャーが思わず口を開いた。

「半個分隊か」


「……そうだ」


 足も縛って、ジャックは敵兵を仰向けに引っくり返した。懐から端末を奪う。


〈行くぞ〉


 野戦服を縛り上げたロジャーを促して、非常階段へ引き返す。

 上って13階、14階。通路に銃口を覗かせ、敵の不在を確かめる。1408号室へ。ロックを壊したドアの両脇に別れ、ジャックが手だけを出してノックをくれた。


「誰?」

 アンナの問いが返ってきた。


 ジャックが答える。

「俺だ。いるか?」


「大丈夫」


 油断はせず、ジャックが部屋へ銃口を突っ込んだ。ロジャーは残り、ジャック1人が部屋に入る。


「出るぞ。敵がこっちへ来る」


 アンナが息を呑む。が、それも瞬間、決意を固めた瞳で頷きを返す。


「俺が先に立つ。次にイリーナ、その後にアンナだ。最後に外のロジャーが続く。行くぞ」


 先に立ってジャックが部屋を出る。イリーナが続いた。さらにアンナ。待っていたロジャーへジャックが声をかけた。


〈しんがりを頼む〉


〈あいよ。けど連中、本当に半個分隊ぽっちで攻めてきたと思うか?〉

 すれ違いにロジャーが問いを投げた。


〈今のところはな〉

 ジャックは断じた。

〈でなきゃただの馬鹿だ〉


 戦力を出し惜しみして各個撃破される相手とも思えない。


〈ま、おっつけ増援が来るってか〉


〈そういうことだ。急ぐぞ〉

 ジャックはロジャーの肩を叩き、非常階段へ。





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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