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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第8章 衝突
73/221

8-13.地下

〈“シーフ1”を補足しました〉

 ギャラガー軍曹が背後、ハドソン少佐へ告げた。

〈地下鉄“キャラウェイ”駅、構内モニタ〉


〈“ブラック1”から報告〉

 すぐ横、マルケス兵長が続ける。

〈“着弾点に敵影なし”〉


 “シーフ1”ことジャックが生き残っていれば、“ブラック1”こと機動戦車が見付けられないのも道理。ハドソン少佐が指示を出す。


〈マルケス兵長、“ブラック1”の損害を報告させろ。ギャラガー軍曹、地下鉄の制御へ介入。連中を追い立ててやれ〉


 そこへやって来て警備兵。耳を貸したハドソン少佐が頷く。オオシマ中尉が眼で訊いた。


〈“ジュエル”が来た。しばらく頼む〉


 臨時作戦司令室、入り口のドアをくぐる。護衛兵2人とシンシアに連れられて、暗号名“ジュエル”ことマリィ・ホワイトがそこにいた。ハドソン少佐を見たその顔が緊張をはらむ。


「またお会いしましたな」


「……今度は、どんなご用です?」

 マリィは、両の手を胸に引きつけた。


「しぶといネズミが狙って来ていますのでね。こちらで保護させていただきます」


 理解の光を、マリィが深緑色の瞳に宿す。

「彼が?」


「あなたの安全を脅かす人間ですよ、今はね」


「安全、ですか」

 マリィの眉に、不審の色。


「連邦もそうだと、彼女から聞かされました」

 シンシアへ掌を向けながら、マリィが斬り込む。

「そう言いながら連邦に私を返すというなら、あなた方も同じ――そういうことになりませんか?」


 ハドソン少佐は片眉を踊らせた。

「彼と自滅するのがお望みか?」


「……どこにいても同じなら」

 マリィが少佐を見返す。


「しかし見捨てておくわけにも行きませんでね」

 ハドソン少佐はマリィの背後、警備兵に眼配せを投げた。マリィの視界、両脇から護衛兵の姿が割って入る。


「安心なさい」

 護衛兵の間から、ハドソン少佐が頷きかける。

「我々はあなたを見殺しにはしない」


「……どうやって?」


「今は、お話しするわけにはいかない」

 眼をマリィに据えたまま、ハドソン少佐が低く命じた。

「お連れしろ」


 護衛兵に促され、マリィは踵を返した。同階、やや奥の会議室へと導かれる。


 それを肩越しに見やりつつ、居残ったシンシアがハドソン少佐に問いを投げた。

「彼女をどうするつもりです?」


「ヤツは彼女を目がけてやって来る」

 少佐が投げて視線――マリィの背中が消えたドア。

「違うか?」


「彼女をエサにするつもりですか?」

 シンシアの眼に非難の色。


 ハドソン少佐は跳ね返した。

「ものは言いようだな。不満か?」


 言い張られればシンシアの方に分がない。

「……少佐の肚づもりをお訊きしています」


「手許に置いておかん方がよほど危険だ」

 間をおかず、ハドソン少佐が断じる。

「言ったろう、これは“保護”だ。他に質問は?」


「……いえ」

「では任務に戻れ」

「――は」


 心もち重い敬礼。少佐は何食わぬ顔で答礼ひとつ、踵を返してドアをくぐる。その背を、シンシアは動かず見送った。


 ◇


〈おい、さっきから何か聞こえないか?〉

 ロジャーがうそ寒い声を出した。


 地下鉄の線路を追って、片眼になったヘッド・ライトを灯したストライダが走る。狭いトンネル内、風切り音に混じって下から立ち上る低音は、ジャックの耳にも届いている。


〈“キャス”、運行制御に潜れないのか?〉

〈さっきからやってる。“ネイ”もね〉


 返ってきた声は歯切れを欠く。


〈どうした?〉


〈さっきから横槍が入ってるのよ〉

 “キャス”が辛抱を切らせて声に感情。

〈あーもォチマチマチマチマうっとうしいったら!〉


 その間にも低音が増して存在感。


〈何かあるわ――後方、センサに反応!〉

 “キャス”の声を待たず、ジャックが振り向く。


 背後は暗闇――の中に、物体。ストライダのテイル・ライトがほのかに照らし出す、そのシルエットは鉄道車輌そのもの。それが無灯火で迫ってくる。


〈ロジャー、加速だ!〉

 ジャックが立ち上がり、瓦礫でへこんだルーフへ伸ばして上半身。右肩、構えたのは突撃銃AR110A2ヴァリアンス。


〈そんなんで何とかできるのか?〉

 ロジャーの声に疑問符が踊る。


〈やってみるさ〉


 進行方向右手下方、線路脇。線路に並行して走る給電レールに狙いをつける。1発、2発。火花が散った。


〈だめ、停まんない!〉


〈くそ、〉

 ジャックが舌を打つ。

〈これくらいじゃ響かんか〉


 給電レールの幅はおよそ10センチ。7ミリの穴がいくつか空いたところで電力が断てるものではない。

 見る間に車輌が間を詰めてくる。


〈なら、こいつだ〉


 ジャックは腰、手榴弾HG47へ手を伸ばした。ピンを抜いて待つこと2秒、給電レールへ投げつける。


 ――爆発。


 緊急ブレーキの甲高い金属音が、ヘルメット越しにも耳に障る。


 直後にストライダも急ブレーキ。ジャックを振り落とさんばかりに減速をかける。しがみついたジャックが声を上げる。


〈何だ!?〉

〈前!!〉


 振り返ると正面、ヘッド・ライトの中に列車の姿。それが逆走して迫りくる。


〈落ちんなよ!〉


 言い捨ててロジャーが舵を切る。左手、トンネル側面へ車体を寄せる――どころでなく、実際に接触の火花が側面から上がった。さらに浮揚高度を落とし、狙って列車の斜め下。

 無灯火のまま列車が迫る。ジャックが頭を引っ込める、その直上を列車がかすめた。金属の悲鳴を曳き、ギロチンのような車輪を横眼に見て、ストライダがなお進む。


 ――抜けた。


 背後でひときわ大きな轟音。金属がこすれ、ねじ曲がる音がトンネルを満たし、腹に響く。


〈潰す気だったのか……〉

 ジャックの口から溜め息混じりの呟きがもれる。


〈畜生! これじゃ生命がいくつあっても足りゃしねェ〉

 正面、プラットフォームの灯を見たロジャーがぼやいた。

〈地下街はまだか?〉


〈次の駅を上がって〉

 “ネイ”がロジャーの視界に地図を投影した。次――“ダルデンヌ”駅から伸びる地下街を描いていく。


〈もうマークされてるってことだ〉

 ジャックは唇を噛んだ。

〈くそ、考えろ、考えろ……〉


 ◇


〈“シーフ1”、“ダルデンヌ”駅――プラットフォームへ上がりました〉

 ギャラガー軍曹が報告を上げた。


 眼前のモニタ、駅構内監視カメラが捉えた映像を、満身創痍のストライダが横切る。


〈すり抜けたか〉

 オオシマ中尉が顎を掻く。

〈しぶといな〉


〈マルケス兵長、防火隔壁は?〉

 ハドソン少佐が声を投げる。


〈は、駅周辺1ブロックを封鎖しました〉

 マルケス兵長が振り返りつつ、

〈単純なシャッタですが〉


〈破って出てきますよ?〉


 オオシマ中尉の言葉に、眼だけを動かして少佐が応じた。


〈連中の動きは判るし消耗も増える。損はなかろう〉

〈ごもっとも〉

〈戦闘配備。“クロー・ハンマ”を現地へ展開、“スレッジ・ハンマ”と“ウォー・ハンマ”を臨戦待機へ〉


 ハドソン少佐が命を下す。


〈は〉





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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