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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第8章 衝突
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8-11.銃弾

〈やった!〉


 マングースの機上、砲手の口に小さく快哉――フロート・バイクが破片と散った。


〈まだいるぞ!〉

 エンジンを前方へ向け直し、機速を上げながら機長がたしなめる。

〈気を抜くな!〉


 眼下にはもう1台のFSX989――スカーフェイス。


 ◇


 2発目。ロジャーが引き鉄を絞った直後にマングースが軌道を変えた。


〈くそ!〉


 スコープ越しの光景に舌を打つ。弾が届くまでに、機体は向かって左へ逸れていた。


〈でかい図体のくせにちょこまかと……〉

 スコープの倍率を落として、ロジャーはさらにマングースの姿を追う。


 ◇


 スカーフェイスは、FSX989をマングースの背後に食らい付かせる。

 気付いたか、上空のマングースが機首を転じて右へ。エンジンを上方へ向け、減速しつつ急旋回。

 舌打ち一つ、構えかけたロケット砲を左肩に提げ直し、スカーフェイスは右へカーブを切りつつ加速。両者の軌跡が巴を描く。


 小回りの不利を悟ったか、マングースは旋回を切り上げた。翼端のエンジンを前へ向け、直線速度に物を言わせて振り切りにかかる。

 彼我の距離が開いた。軽装甲ヘルメット越し、視覚に重ねられたアクティヴ・サーチの発振源が直線を描いて遠ざかる。


 スカーフェイスが後ろを取った。マングースの鼻先を狙って左肩、ロケット砲RL29を構える。引き鉄を絞り――かけたところで、マングースが急に右ロール。減速して急旋回。


 舌打ち一つ、スカーフェイスはロケット砲を戻した。マングースの尻を追いかける。


 視覚の端、戦術マップの一点。途中で気付くマングースの進路上――ジャックのマーカ。

 顔を上げて、眼を向ける。


『ジャックからロジャーへメッセージ』

 携帯端末が聴覚の隅、控えめに割って入る。

『“撃て”、以上』


 ジャックの位置と思しき方向に、銃火が閃いた。


 ◇


〈さあ来い!〉

 ジャックは仁王立ち、突撃銃AR110A2ヴァリアンスをマングースの鼻先へ擬して、引き鉄を絞る。


 7ミリ弾の3点連射、その繰り返し。ジャック目がけて、マングースが旋回してくる。その風防に銃弾が火花を散らした。

 マングースの装甲を前にしては、ライフル弾などものの数ではない――それは百も承知の上。


〈来い! 来い!!〉


 マングースの機首、30ミリ機関砲が首をもたげた。


 ◇


〈この!〉


 風防に、またも跳弾の火花。


〈懲りねェヤツだ!〉


 旋回中のマングース機上、砲手が機首をジャックへ巡らせた。連動して機関砲が斜め上方、可動範囲ぎりぎりまで持ち上がる。敵が射界に入るまで、あと少し――。引き鉄に指をかけ、力を込める。


〈これでとどめだ、ネズミ野郎!〉


 轟音、と聞く間もなく時が止まった。


 風防を貫通して有翼徹甲弾。前席、砲手の左肩を抉り、シートに穴を穿って、後席、操縦席のコンソールを砕いて破片ごと機長を襲い、さらに機体を縦に突き抜ける。機体が制御を喪った。旋回の遠心力に引きずられるように姿勢を崩し、緩やかに墜ちていく。


 ◇


〈どうだ!〉

 ロジャーは詰めていた息を吐き出した。


 倍率を落とした照準器の向こう、マングースが力を喪ったように描いて放物線。やがて、地面にひときわ強い赤外線。戦術マップから赤のマーカが一つ消える――マングースが墜落したものと知れた。


〈ジャックからメッセージよ〉

 さすがに“ネイ”も一息ついたような声を出す。

〈“助かった。迎えに来てくれ”〉


 ◇◇◇


「ん?」

 ハドソン少佐は片眉を跳ね上げた。


 軌道エレヴェータ“クライトン”基部、副管制室を転用した臨時作戦司令室。戦端が開かれた、その第一報を受けてやって来たここ、正面に大型のモニタ群。


 戦況の各種視覚情報を流すその一角、戦術マップに違和感を覚えた少佐は、高速言語を口に上らせた。

〈“ドロシィ”、戦術マップを取れ〉


「少佐?」

 傍らのオオシマ中尉が眼を細めた。少佐の言動に無駄がない、その自覚を口調に乗せる。


 少佐は右手を掲げて中尉を待たせると、

〈ブロック・デルタ5を拡大、逆再生――ああ、そこでいい。中尉にも送れ〉

 少佐が眼でオオシマ中尉に促す。

〈“ドロシィ”、再生しろ。中尉、ブロック北側、AV-223だ。判るか?〉


〈ええ〉

 オオシマ中尉の視界にも戦術マップ。


 ブロック・デルタ5の北側に、連邦軍の機体を示す赤のマーカ――添えられた機種表示はAV-223マングース。それが動き出す、と間もなく消えた。


〈妙だ――そうは思わんか?〉


 近くに“テセウス解放戦線”の部隊は見当たらない。それを呑み込んで、オオシマ中尉は視線を返した。

〈誰が、ってところですな〉


 さらに時間を遡る。赤のマーカが2つ増えた。今度は機動装甲車MA-12バンタム。


〈マーフィ、だな〉

 ハドソン少佐が片頬をゆがめた。

〈“ハミルトン・シティ”の時と同じというわけだ〉


 オオシマ中尉が眼で問うた。少佐が答える。


〈ミス・ホワイトが空港にいる〉


 オオシマ中尉は首を傾げた。

〈確かにマーフィの目撃情報がありましたが――“ヴィアン・シティ”で――それが彼女を追って来たと?〉


 ハドソン少佐の眼が問い返す――そう考えない理由があるか、と。


〈失礼、実績がありましたな〉

 オオシマ中尉は訂正した。


 実際、ジャック・マーフィは“ハミルトン・シティ”の戦場を横断しただけではない。マリィ・ホワイト護送中の輸送機を乗っ取り、あまつさえ回収に向かった部隊を壊滅寸前にまで追い込んでさえいる。


 ハドソン少佐は小さく頷いた。

〈スケジュールを狂わされた。もう充分に面倒だ。この上引っかき回されるのは面白くない〉


〈では?〉


〈現状でまともに動いているとなれば、〉

 ハドソン少佐は顎に軽く右手を添えた。

〈連中はこちらのデータ・リンクに食い込んでいると見るべきだろう。あぶり出して威力偵察をかける。“ハンマ”中隊、総員装備Aで臨戦待機。ギャラガー軍曹とマルケス兵長をここへ。私は師団本部にかけ合ってダリウスとアルバトロスを借り出す〉


〈は。ですが、それだけで?〉

 次の一語を予想しながら、オオシマ中尉は訊いた。


〈無論、“ゴール”を押さえる必要もあるな〉

 インターコムへ手を伸ばしながら、ハドソン少佐が答えた。

〈ミス・ホワイトを“保護”する〉


 ◇


 ドアにノック。


「?」

 マリィは、デスクに就くシンシアに眼で問うた。


 シンシアは頬に疑問符を乗せ、立ち上がる。

「何か?」

 問いを投げつつドアへ寄る。


「失礼」

 ドア越し、警備に立つ女性兵士の声が聞こえた。

「命令が来ました。ミス・ホワイトをお連れします」


 マリィは、シンシアと眼を見合わせた。





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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