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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第8章 衝突
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8-10.火線

 咄嗟にジャックは右へと重心移動――舵を切る。


 その横を30ミリ機関砲弾がかすめて過ぎた。衝撃波が叩いて軽装甲スーツ、これが生身なら腕の一本も裂けている。


〈人気者ね〉

 突き抜けた“キャス”の声が呆れを通り越していっそ清々しい。


〈吐かせ!〉


 砲の可動範囲を超えたか、マングースからの砲弾が途切れた。背後、上空の空気を裂いてロータ音。それが右へフライ・パス。


 ジャックは舵を右、鼻先を転じて北西へ。ここで取れるのは逃げの一手――どのみち突撃銃は役に立たない。墜とせるとすればロケット砲だが、この闇の中でしかも飛行物体に当てるのは至難を通り越して無茶な注文と言うしかない。


〈アクティヴ・サーチ! まだ来るわ!〉


 闇に紛れる獲物の影を、マングースがアクティヴ・サーチであぶり出す。


〈くそ!〉

 戦術マップへ意識を向ける。北北西、合流を急ぐロジャーのストライダ。

〈“キャス”、ロジャーへメッセージ!〉


 告げてさらに転進、北北西へ。


 ◇


〈ロジャー、ジャックからメッセージ!〉

 “ネイ”が告げた。

〈“マングースが食らい付いてくる。撃ち落せ”!〉


 “テセウス解放戦線”側のデータ・リンクに乗せた、文字メッセージ。それが視覚の端にも投影される。


〈は!?〉


 ストライダの運転席、ロジャーが視界の戦術マップへ意識を向ける。こちらへ進路を向けたジャックの後方に、連邦軍機を示す赤のマーカ――マングース。


〈冗談だろおい!〉


 呟きつつ減速、ロジャーはストライダを停めた。ジャックが来るはずの左手へつい投げて視線。もちろん裸眼では、時おり閃く戦火のほか、何が見えるわけでもない。

 助手席側には床から天井、開け放ったルーフ・ウィンドウを突き抜けて、対物ライフルAMR612シュライク。人の身長にも匹敵する長さのライフルを抱え上げ、ルーフの縁を支点にして、銃口をとりあえず南南東へ。上部、複合センサを備えた大径の照準器に“ネイ”を繋ぐ。


〈鴨撃ちたァわけが違うっての〉


 装甲車辺りを相手にするつもりで持って来たシュライクのスコープをロジャーが覗く。低倍率で方位を合わせ、


〈ジャックに言ってやれ、“マングースの首に鈴でもつけろ”ってな!〉


 すぐ返信。


〈“アクティヴ・サーチ全開で追ってくる、視ろ”って〉


 スコープに反応。各種電磁波と超音波を始めとしたアクティヴ・サーチの発信源――空中。


〈こいつかよ……〉


 視界の中央に発信源を捉え、倍率を上げていく――その像が、不意に横へと逸れた。


〈あっこのやろ! “ネイ”、ジャックに“動くな”って言ってやれ!〉


 ◇


〈無茶言いやがる!〉

 全体重を右へ傾けながら、ジャックが吐き捨てる。


 斜め後方、マングースからの火線が追いすがる。その距離が縮まり、追い付きかけたところで、ジャックは旋回半径を緩めて加速。すんでの差で振り切った。


〈“キャス”、ロジャーに言ってやれ! “そっちへ連れてく”ってな!〉


 ◇


〈こっち来るってさ〉


 “ネイ”の言葉を聞きながら、ロジャーは照準器の倍率を落とした。マングースはアクティヴ・サーチを放ったまま、ゆるく左旋回に入る。


〈くそ、ここじゃ安定しねェ〉


 一旦首を引っ込めると、ロジャーはストライダ側面のスライド・ドアを開け放った。対戦車ミサイルにも匹敵する重量のシュライクを両腕に抱え、慎重に車外へ引っ張り出す。


 車体の前へ回り込むと、シュライクの銃身下に備え付けた支持架を展開、伏せ撃ちの体勢へ。方位を合わせ、ロジャーは再び照準器を覗き込む。


 視界の中央やや左、旋回を終え、再びこちらへ鼻先を向けたマングース――画像処理され、電磁波と超音波の像が重なった。狙点を修正、倍率を上げる。


〈さあ、大人しくしてやがれよ……!〉


 ◇


 不吉な響きを伴って、背後にロータ音が迫る。“キャス”から警告。


〈来るわよ!〉


 ジャックは急ブレーキ、テイルを右へ流しつつスロットルを開けた。その頭上をかすめた物がある。

 マングースが脇腹に抱いた19連ロケット弾ポッドからの、70ミリ・ロケット弾、その群れ。ジャックの直上をかすめて、FSX989が進むはずだった先へ、文字通り雨と降り注ぐ。


 減速し切れず、ジャックが膨れ上がった爆煙に呑み込まれた。


 ◇


 手前に赤外線の塊――地上に爆発。爆煙が舞い上がる。


〈!〉


 ロジャーは眼を細め、息を止める。距離およそ1500メートル。心臓の鼓動で照星が脈を打つ。時機を待ち――、


 引き鉄を絞る。轟音と、骨まで軋むような反動。衝撃波が土埃を盛大に巻き上げた。


 20ミリの銃口から撃ち放たれた有翼徹甲弾APFSDSが、狙点へ向かって飛翔する。マッハ4を超えるその速度――それでも、目標に到達するまでに要する時間はたっぷり1秒を超える。


〈くそ!〉


 ロジャーは舌を打った。照準器の向こう、マングースに異常はない。


〈どっちだ!〉

 思わず呟きが口を衝く。

〈どっちへ逸れた!?〉


 目標の向かって右下、弾丸尾部の曳行線。弾道が眼に視えた。目測で右下60度、距離80センチ。


 ◇


 スカーフェイスはFSX989を停めた。マングースが煙を巻いて飛び過ぎる。視覚に重ねられた赤外線源、その鼻先へ、

 突撃銃AR113ストライカの5.6ミリ高速ライフル弾。――腹に跳弾の火花が1発、2発。しかしこたえた風もなく、マングースは悠然とフライ・パス。

 視界の端、戦術マップへ意識を向ける。ジャックのマーカはまだ死んではいない。


〈ジャックにメッセージだ〉

 懐の携帯端末――ただしナヴィゲータでなく標準機能のメッセンジャ――へ、スカーフェイスは告げた。

〈“生きてるか”、送れ〉


 返事を待たず、スカーフェイスは後部バケットからRL29ロケット砲を取り出した。安全装置を解除、左肩に担いでスロットルを開ける。


『ジャックから返信』

 視覚にメッセンジャからの応答が文字情報で現れる。

『“生きてる。ずらかれ”』


 ◇


 ジャックは投げ出された身を起こした。打撲はともかく、問題になるような怪我はなかった――もっとも、軽装甲スーツが破片の乱打を受け止めたためで、でなければボロ布のようになっていたことは間違いない。腰を上げ、歩けることを確かめ、投げ出された軌跡を遡る。FSX989を見付け、車体を起こして、エンジン始動――失敗。


〈回れ!〉


 もう一度、エンジン始動――失敗。

 さらにもう一度――かかった。


 戦術マップ上、スカーフェイスのマーカが動いているのを確かめて、エンジンを噴かす。ロケット砲RL29をバケットから取り出して左肩に提げると、爆煙を突き抜け、再び北北西へ。


 ◇


〈外した!〉


 AV-223マングースの前席、砲手が舌打ち混じりに声を上げた。ロケット弾を浴びせた目標は、一度は動きを停めたかに見えて、しかしまたも動き始めている。


〈“キール2”と“キール3”の仇だ!〉

 後席、機長の声も熱を帯びる。

〈タダで済ませるな!!〉


 機長が機体を旋回させる。再びフロート・バイク、その後ろへ。今度は翼端のターボシャフト・エンジンを斜め上方へ向け、速度を落として接近する。


 ◇


〈しつこいわねもう!〉

 “キャス”が悲鳴に似た文句を垂れる。


 背後、マングースが追いすがる。今度は追い抜くような速度でなく、意図的に真後ろを取りに来る。

 ジャックは舵を鋭く右へ。直後を追って火線の束。


 途端、エンジンが咳き込んだ。背筋を寒いものが駆け上がる。


 無理やりにスロットルを開ける――手応えがあった。さらに右、マングースの真横へ向けて加速をかける。

 低速のマングースが、ジャックを追うように尻を振る。さらなる可動範囲を得て、機首下の30ミリ機関砲がジャックを追う。


〈く!〉


 車体をねじ伏せる。遠心力で血が下半身に降りていく、その感触――そこで再びエンジンが大きく咳き込んだ。そのままストール。


 浮力を失った車体が地面に接触、つんのめってジャックを投げ出す。そこへ機関砲弾が追い付いた。

著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  練りに練られ、削ぎに削いだ文章が凄まじいですね!  サイバーパンクでありながら、読みやすさにも配慮されている辺り、そうとう推敲なされているのではないかと思います。  謎と強大な勢力に翻…
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