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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第1章 傷痕
7/221

1-5.口火

〈“グリーン・アルファ”より“ナイト・バード”、待機位置に到着。指示を待つ〉

〈こちら“ナイト・バード”、了解。待機せよ〉


 オオシマ中尉の指示が飛ぶ。配置完了まで残り1班。


 ◇


「?」


 反射的にロジャーは身を隠した。


 “カーヴァ・ストリート”の一角、ジャックのアパートメントにほど近い路地裏。組織立った動きで音もなく横切る一団がいる。人気のない一角に黒づくめの耐弾装備、それが銃を携えているとなると――穏やかな話であるはずがない。


〈おーやおや。なあ“ネイ”、あいつらどこに向かってると思う?〉


 問うそばから、ロジャーは一団の後を尾け始めた。


〈声が笑ってるわよ、気色悪い〉

 言いたいことは先に言っておいてから、“ネイ”は問いに応じた。

〈どこで誰がドンパチ始めようと知ったこっちゃないわ、あっちにはジャックの部屋があるけど――“当たり”だと思う?〉


〈だったら面白いよな〉

 物騒な期待をロジャーは平然と口に上らせる。

〈わざわざ口説く手間も省ける〉


〈今度ジャックに教えてやろ。どんなお礼くれるかしら〉


〈もらえてせいぜい鉛弾だよ、やめときな〉

 そう言っている間に、ジャックのアパートメントが見えてくる。

〈エミリィから応答は?〉


〈何もなし〉

〈つれないよなァ、せっかくうまい話がいい匂い立てて転がってるってのに〉

〈普段の行いが行いだもんね〉

〈何言ってる、オレは深ァい愛情でもって接してるぜ〉

〈でっかい煩悩の間違いじゃないの? ……ロジャー!〉


 “ネイ”の声に促されて視線を流せば、物陰に足を止める一団の姿が眼に入る。


〈どうやら“大当たり”だぜ、“ネイ”〉

 ロジャーは舌なめずり一つ、

〈こいつァ例のブローカの関係者か……ってもこの人数相手に正面からドンパチ仕掛けるわけにゃいかねェか。さて、どうしたもんかね……〉


 ◇


〈他に反応は?〉


 “キャス”の警告に耳を傾けるジャック。


〈まだ反応ないけど、他がいなきゃただのバカ。いたら――包囲か突撃か、どっちにしろロクなもんじゃないわね〉

「尾けられたか?」


 壁を睨んだまま、エミリィに問いを投げてみる。


「いや――まさか“ヤツら”が?」


「遅かったな……」

 その独語が変則的な回答だった。

「“ヤツら”の狙いは俺だ。下で連中を引き付けるから上から逃げろ」


「待てよ……」


 ジャックがエミリィを立たせ、ソファ・ベッドを引っくり返す。


「5階から隣の屋上に抜けられる。“ヤツら”はうまいことやり過ごせ」

「待てってんだよ!」


 ジャックが懐のホルスタからサヴァイヴァル・ナイフを抜いた。ソファ・ベッドのクッションを切り開き、中からケースを引きずり出す。


「このままじゃ2人揃っておだぶつだ。先手を打って時間を稼ぐ」

 有無を言わせずジャックは告げた。

「心配するな、そう簡単に死んでたまるか」


 ケースを開けて、中に納められた部品を手早く組み上げる――バッカスAR110A2ヴァリアンス突撃銃と予備弾倉4本。


「何かあったら“ティップス”の伝言板にメッセージを入れる――キィワードは“臆病者”と“折れたルージュ”、忘れるな」


「……“心配するな”だ? よく言うよ」

 エミリィは声を緩めてジャックの正面にかがみ込んだ。ジャックの頬に手を伸ばして、

「こんなとこにさっきの跡が付いてるぜ。こんな顔でカッコつけたって締まりがつくかよ」


 ルージュの跡に不意打ちのキス。


 驚くジャックに笑いかけ、


「景気づけだってさ。あいつが言ってた」

 ジャックの困惑顔を鼻先で笑ってみせる――が、その当人が顔を耳まで赤くしていてはサマにならない。

「オレにゃ似合わないけど、な」


「……いつの間にそんなに軽くなったんだ、お前」


「あんまり景気づけにゃならなかったか……あの女か?」

 エミリィの口元に苦笑。

「へ、けっこう未練あるじゃねェの。それなら死ぬ気はなさそうだな」


 エミリィはジャックにデータ・クリスタルを押し付けた。


「こいつ、預けとくぜ」

「……俺が持ってちゃ意味がないだろう」


「“ヤツら”に渡すなよ」

 クリスタルを返そうとしたジャックへ一方的な宣告。つまりはやられるな、ということ。

「落ち着いたら眼を通してくれ。オレが焦るわけも判る」


「言ってくれるな。こいつがどういうことか解ってるのか?」

「解ってるさ。あんたが捕まりゃオレもおしまいだ――頼むぜ」

「まったく、いつからそんな楽天家になったんだ」


 ぼやくジャックの手にはMP680ケルベロス、銃身下のオプション・レールに折り畳み式グリップを取り付けて、懐のホルスタへ戻す。ジャックが突撃銃を構え、ドアの傍らへ。


〈“キャス”、侵入者は?〉

〈さっきから固まって動かない。いよいよもって怪しいわね〉


「よし、仕掛けるぞ」

 振り返ってジャックが告げる。

「今のうちだ」


 ◇


〈こちら“グリーン・チャーリィ”、待機位置へ到着〉


〈よし〉

 待ちかねた、とは声に出さずオオシマ中尉が回線を開く。

〈“ナイト・バード”より“グリーン”各班へ、突入!〉


 ◇


〈“グリーン・アルファ”了解〉


 指ひとつで部下へ合図を送り、アパートメントの正面入口をくぐる。“グリーン・アルファ”の3人は、気配を殺して廊下の半ば、階段室へ足を踏み入れた。そのまま階段を上り、7階にあるジャックの部屋を目指す。


 途中でいきなり照明が落ちた。暗がりの中にくぐもった悲鳴――。


 前衛に立っていた一人が、突如弾かれたようにのけぞった。バランスを失い、階下へと転げ落ちる。


「敵襲!」


 思わず声が出た。2人揃ってその場に伏せ、弾道の大元へ眼を凝らす。その眼前へ拳大の物体が、弧を描いて飛んできた。

 破裂音――。同時に煙が吹き出す。悪態ひとつつく間もなく、視界が黒一色に塗り潰された。


〈くそ、撃つな! ――“ナイト・バード”、こちら“グリーン・アルファ”!〉


 高速言語でまくしたてるリーダの声は、冗談にも沈着とは言いかねた。


 ◇


〈目標に遭遇! 奇襲を受けた――1名が戦闘不能、目標は煙幕を張って逃走!〉


「退いた……?」

 聞いた少佐が疑念の呟きを舌に乗せる。

〈くそ、“ナイト・バード”より“グリーン・アルファ”、敵に向けて撃て! 盲撃ちでいい、続いて後退、急げ!〉


「少佐?」

「退いたと見せて隙を衝く――ヤツも私も散々使った手だ」


「さらに機先を制してその隙をあおる、と。なら正攻法に持ち込んでやりますか」

 オオシマ中尉は再び回線を開く。

〈こちら“ナイト・バード”、プラン変更。“グリーン・デルタ”は現状維持。“グリーン・チャーリィ”は目標の“部屋”を押さえろ、入り口だけでいい〉

 眼で少佐に問うて、止める様子がないのを確かめると中尉は言を継いだ。

〈“グリーン・ブラヴォ”は“グリーン・アルファ”に合流。その後各班は突入、目標を非常階段へ追い立てろ――“グリーン・エコー”に後は任せる〉


 ◇


 跳弾の火花が周囲を照らす。


「いつもの手が読まれてるな」

 ジャックは密かに舌を打った。

「てことは、こっちの素性は承知の上か……」


 通路の壁に張り付いてドアの横、キィ・ロックの端子に携帯端末からのケーブルを繋ぐ。


〈“キャス”、空き部屋のロックを外せ――片っ端から〉

〈そんなもんで足止めのつもり?〉


〈相手が素人じゃなきゃ警戒してくれる。やれ〉

 言ってジャックは通路の先、非常口に眼を留める。

〈非常階段の方はどうなってる? 順当なら次はそっちから来るぞ〉


〈部屋のロックは外したわ。ドア開けるのは自分でやって〉


 自動ドアなどではないのだから当然のことではある。


〈非常口は上から下まで異常なし――ロックだけはね。言っとくけど外の様子は訊かないでよね、あそこのカメラったら半年も……〉


〈くそ、エレヴェータをよこせ――照明なし、急げ!〉

 “キャス”の科白半ばでジャックが割り込んだ。銃口を反対側、階段室に振り向ける。

〈それから“ティップス”に伝言、“臆病者から折れたルージュへ――外出待て”!〉


〈いいけどね……発信終了。エレヴェータはあと5秒……〉

 “キャス”が告げるなりケーブルが引き抜かれた。ジャックがドアを開けて回りながらエレヴェータ前へ走る。

〈何よジャック、カンオケ趣味か自殺志願? おまけにヨタ話たれ流したりして、とうとう頭イカれたの?〉


〈ロックをいじってないなら、狙撃兵が外にいる。“ヤツら”、非常階段へ追い出してケリを着ける気だ〉

〈彼女も外に出りゃバレるってわけ? よく判るわね〉

〈でなきゃとっくに挟み撃ちを狙って来てる〉


 眼の前、エレヴェータのドアが開いた。飛び込むが早いか、ドア脇を火線がかすめる。

 弾丸は階段室から。ジャックは操作パネルへ指を走らせる――行き先は上階全て。

 ドアがひどくゆっくりと閉じていく。その隙間から外へ、連射モードのケルベロスで牽制の一連射。地に伏せる敵の気配が音に混じる。


 手を引いたジャックは得物を突撃銃に持ち替えた。畳んでおいた銃床を伸ばして天井のメンテナンス・パネルへ打ちつける。

 ドアが閉じると同時にパネルが外れた。突撃銃のストラップを一方だけ外して口にくわえると、突撃銃を足がかりに天井へと手を伸ばす。リフタが上昇を始めた。


 そこへ外から銃撃。


 銃弾の雨がジャックの足元をかすめ、突撃銃を弾く。暴れ出した突撃銃が口元のストラップをもぎ取り、足がかりを失ったジャックの身体が落ち込んだ。

 間一髪、手がパネルの縁にかかった。力任せに自身を引き上げる。


〈“キャス”、非常停止!〉


 “キャス”が無線ネットワークからエレヴェータの制御に割り込む。2階と3階の間、半端な位置でリフタが止まった。ジャックがその上に転がり出る。


「たく、派手にやってくれる……」


 エレヴェータ・シャフトの内壁、非常用の梯子に手をかける――そこでジャックが動きを止めた。


 見上げた先――3階のドア、シャフト側に異物がある。


「くそ……!」


 “キャス”が、センサで捉えた物体の輪郭を網膜に映す。遠隔操作の指向性対人地雷EXM322マンドラゴラ――それがジャックの知る、異物の正体だった。


 ◇


「待ち伏せ狙いとは余裕がないな」

 “グリーン・アルファ”からの映像を眼にしたハドソン少佐は、口髭へ手を伸ばしつつ眉をひそめた。

「なぜ逃げない? 時間稼ぎか、それとも罠か……ヤツめ、何を考えている?」


 ◇


 7階、最後の敵が階段室を抜けた。

 息を潜めていたエミリィは8階、階段の手摺から身を踊らせる――7階の入り口は通らず、さらにその下へ。

 ジャックが仕掛けたとみえて、下階からは殺気が派手な音に乗って流れてくる。聞き慣れた着弾の音が聴覚に入った。構わず駆け下りて5階、ジャックの示した窓際へ身を寄せる。


 思わず舌打ち――。


「丸見えじゃねェか……」


 窓から1メートルとおかずに隣の屋上へは届く。だが階段口までは悠に10メートル、その間は遮るものさえない。


「そりゃ守るにゃいいだろうけどよ……」


 見たところ、屋上を見下ろせるビルが半径100メートル内に少なくとも3ヶ所、下手をすれば狙撃のいい的になる。覚悟を決めるか――肚を据えかけたところへ横槍が入った。


〈“ティップス”に伝言――〉

 懐のナヴィゲータ“ウィル”が高速言語で告げてくる。

〈““臆病者”より“折れたルージュ”へ――外出待て”〉


〈“待て”だ? あいつ何考えて――〉

 それでも悪態は高速言語で呟くに留めたエミリィが、さらに舌を打つ。

〈いる、ってのか……〉


 つまりは十中八九、狙撃兵がいるということ。撃たれないまでも面が割れる可能性は充分にある。


〈くそ、もうアミん中には入っちまったしな……〉


 すでに敵の包囲網の中、下手に動けば気取られる。意を決しかねていたエミリィだったがそれも束の間、エレヴェータ操作パネルを眼に捉えるなり肚をくくった。

 階下でエレヴェータが動いていた――となれば、ジャックと“ヤツら”の戦場が動くということに他ならない。移動するにしろ留まるにしろ、もはや危険は避けようがない。


〈“ウィル”、隠れるぜ。空き部屋あるか?〉

〈性分じゃないな〉


〈カミカゼだけが戦法じゃねェだろ!〉

 こんなことを言わせるな、とは肚の中でだけ呟いて、

〈性分じゃねェのはこっちだって同じだ、とっととやんな〉


〈……すぐ後ろ、512号室。いつでもいける〉


 階段室からは眼を離さず後ずさり、ドアのロックへ“ウィル”を繋ぐ。瞬時にロックの解けたドアを後ろ手に開けて、そのまま背中から部屋の中へ。


 視界に人のシルエット。


 間近に現れたその姿は敵のもの――反射的に身を沈め、反動を利して床を蹴る。銃口を向ける暇も与えず、腹部を狙って掌底を繰り出す。


 側頭部に違和感――。


 緊迫の鼓動を心臓が刻む。エミリィは動きを止めた。止めるしかなかった。支えを失ったドアが音もなく閉じていく。


 紛うはずもない――それは銃口の感触だった。





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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