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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第8章 衝突
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8-9.戦場

 遠く、低く、爆音――。それが2つ、3つと続く。


「始まった!?」


 呟くように、シンシアが声を上げた。ナヴィゲータ“ウィル”に高速言語で問いかける。マリィは窓へ眼を投げた。

 軌道エレヴェータのイルミネーションを背に、室内の光景が照り返す――それが、細かく震えた。マリィは南へ向いた窓へ歩み寄る。はめ殺しのガラスと可視光シールド越しに、音源を探す。顔を近づける――また爆音、それが触覚でも感じ取れる。

 左手、東側から音が響いてくる――ように聞こえる。眼を向けるが映るものはただ街の灯だけ。


 “アレックス”は何も伝えてこない。“ティップス”の掲示板はあれから常にマークしている。ということは、ジャックからのメッセージは来ていないということになる。


「おっ始めやがった!」

 背後、視覚に情報を確かめたシンシアが声を上げた。


「どっちが?」

 あきらめてマリィが振り向く。


「決まってるだろ、連邦だよ」

「口実が欲しいんじゃなかったの?」

「チキン・レースに負けたんだろ。本音は連中に聞いて――うわ!」


 シンシアが眉をしかめて、耳に手をやる。


『マリィ、通信妨害が始まりました』


 “アレックス”がマリィの聴覚に状況を告げた。シンシアが部屋のデスクへ歩み寄り、懐の端末を有線でネットワークへ繋ぐ。


「――どうするの?」


 しばし空いた間に、マリィが重ねて問い。


「いま確認してる」

 シンシアは眼だけをマリィへ向け、

「まあ当分、どうってことはないだろうがな。なんせ戦場は街の反対側だ」


 言いつつ、シンシアは親指を東へ向けた。その視界へ、“ウィル”が戦闘情報の概略を拾って流す。

 戦闘は市街地以東、想定通りの地域で進行中――当事者でない彼女に開示されたのはここまで。

 ただ、容易に予想はついた――“惑星連邦”軍内に潜んでいた“味方”が、一斉に叛旗を翻したであろうこと。それに伴って連邦軍が混乱の底へ陥るであろうこと。


 そして、展開されているのはもはや正面作戦でなく、もはや掃討戦であろうこと。


 ◇


〈始まったか……!〉


 連邦軍陣地内で始まった一方的な戦闘、その戦火をバック・ミラーに一瞥してジャックが呟いた。


〈気付いてる?〉

 聴覚に届いて“キャス”の声。

〈連邦側から生き残りが突っ込んで来るわ〉


 視界の端へ、ゲリラ側が構築している戦術マップが投影される。前線へ向けて、東側――連邦側から赤のマーカ群が突出していく。

 添付情報が示すところによれば、攻撃戦車AT-8ホプリテスと機動装甲車MA-12バンタム――混乱を逃れようとしてか、自棄になって突撃したのか。

 それが背後から、それまでの“味方”に追い落とされつつ最前線へと突き進みつつある。


〈あーらあら、眼ェつけられちゃったかな〉


 “味方”の緑で示されたジャックら2人のマーカへ向けて、連邦軍を示す赤のマーカ、その一部が進路を変えた。ジャックの左手、機動装甲車バンタムが2輌。それを“キャス”が強調表示。


〈左から来るわよ。アクティヴ・サーチ!〉

 

 ジャックが舵を右へと切った。周囲はほぼ闇、可視光を発していない機動装甲車を“キャス”が網膜に描くワイア・フレームに見て、フロート・バイクの鼻先を鋭く巡らせる。2輌のMA-12バンタム、向かってその右脇へと回り込む。


 肩から提げた携行ロケット弾RL29を小脇に挟み、左手一本で照星を引き上げる。安全装置を解除して、肩に担ぐ。

 バンタム2輌が回避機動。同時に上面の25ミリ機関砲が火を吹いた。ジャックの駆るFSX989の軌跡へ機関砲弾の群れが迫る。

 地を抉り、土くれを舞い上げ、着弾の連なりがジャックを追う。


〈ちょっと何やってんの!?〉

〈この位置で当たるか、よ!〉


 キャスの声を無視して重心移動。巴を描く旋回半径をさらに縮める。外側に向かって暴れようとする車体を、全身でもってねじ伏せる。地面が迫る。遠心力と重力と、筋力とがせめぎ合う。


 バンタムとすれ違った。


 相討ち防止の安全装置が作動する。1輌の機関砲が火線を停めた。

 さらに進路をねじ曲げつつ近付く――側面から回り込み、敵の斜め後方へ。

 地面に爆発。スカーフェイスからのロケット弾。右側のバンタムが斜め前方、爆風を食らって姿勢を崩す。機動が乱れた。軌跡がしばし描いて直線――。


 そこへジャックは全力加速で追いすがる。照星を闇の向こう、センサが告げる敵位置へ。

 引き鉄を絞る。対装甲ロケット弾が翔んだ。バンタムの後部へ直撃、成型炸薬が装甲を灼き抜く。

 ハッチを内側から吹き飛ばし、装甲の隙間から火柱を立てたバンタムが、浮力を失って地面に接触、つんのめって引っくり返る。金属の悲鳴、火薬の咆哮、エンジンの断末魔を聞き流し、使い捨てのロケット砲を放り出して、ジャックはFSX989の車体を右へと傾ける。


 その軌跡へ、もう1輌のバンタムから機関砲弾が降り注ぐ。


〈一息ついてる暇なんてないわよ!〉

 “キャス”が警告。

〈4時半方向、敵機!〉


 バンタムの爆炎を見咎めたか、視界のマーカ群に動き。ジャックは進路を左へ転じつつ、高速言語の呟きを発する。

〈目立っちまったか〉


 実際に連邦軍の車輌を吹き飛ばした身としては、敵と見られても仕方はない。


〈さっきのみたいに突撃したいヤツかもね〉


 戦術マップ上、接近するマーカが示すのは連邦軍、対地戦闘VTOL――AV-223マングース。


〈冗談じゃない!〉

 舌打ち一つ、ジャックはスロットルを開けた。

〈こっちはまだ片付いちゃいないんだ!〉


 左前方、バンタムの砲火が闇に閃く。加速して、ジャックはさらに左――バンタムの懐へ。

 バンタムの車上、機関砲が俯角を取る――その可動範囲が限界に。機関砲の咆哮が停まる。

 バンタムは左へスライド、ジャックとの距離を取りにかかった。そこへジャックが食らい付く。不意に、バンタムが舵を切り返した。今度はジャックを弾きに来る。ジャックは一転、FSX989にくれて急加速。バンタムの側面装甲が迫る。間に合わない――。


 左の踵を、ジャックはバンタムの側面に突き立てた。平衡が崩れかかる、その寸前で姿勢を立て直す。

 一旦離れて、バンタムはもう一度体当たり。が、今度は勢いがない。押されながら左手をベルトへ伸ばし、ジャックは手榴弾を掴み取る。ベルトに結びつけた安全ピンが抜ける――その感触を手に確かめ、安全レヴァーを外す。


 1秒――左足を蹴り出しつつスロットルを全開。

 2秒――バンタムの前へ出た。手榴弾を手放す。

 3秒――爆発。


 バンタムが右後ろ、尻を跳ね上げた。バランスを崩した車体が速度を失い、ジャックの後方へ流れて過ぎる。カウンタを当てて制御を試みるも、右後方のフロート・ユニットが死んでいた――地面に接触。反動で跳ね上がりつつ、右スピン。


 彼我の距離が開いた。地面に土煙を巻き上げて車体が停まる。

 が、バンタム機上の機関砲は生きていた。首をもたげる。アクティヴ・サーチ。背後にそれを察知したジャックが左へ舵を切る。


 ――爆発。バンタムの内から炎が噴き上がり、機関砲塔が吹き飛んだ。衝撃波がFSX989の車体を震わせる。


〈?〉


 振り向けば、擱坐したバンタムの炎を照り返してFSX989。戦術マップの位置と示し合わせればスカーフェイス――彼の仕業と知れた。


 次が来る。


〈来るわよ、アクティヴ・サーチ!〉

 “キャス”がいまいましげにぼやきを上げる。

〈遠慮もくそもないわね〉


 相手は舞い上がった爆煙の向こう側。低空、大気をロータ音が震わせる。


 煙を巻いて対地戦闘VTOL、AV-223マングース。

 その機首、30ミリ機関砲が――火を噴いた。





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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