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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第8章 衝突
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8-5.連鎖

 その時――市警察のデータ・リンク、シティ内のパトカーを指揮する交通部管制中枢へ“キャス”が侵入。パトカーのリンクを通じて、データ群をすり替えた。

 筆頭は車内を映す画像のデータ――ヴィジフォンやドライヴ・レコーダに始まって、芸の込んだことにシートの質量分布や体温分布までをも書き換える。

 手始めは“605移動”――この時にはロジャー操る“602移動”と位置情報をすり替えられている――に乗り組む警官2人組の姿――これが揃ってロジャーとジャックのそれへ書き換えられる。


 混乱はすぐに訪れた。


〈目標が!〉

 芝居がかった声をデータ・リンクへ吹き込んだのはロジャー。

〈“602移動”に! 乗っ取られたのか!?〉


〈何だと!?〉〈管制中枢! “602移動”の乗員は!?〉〈“602移動”の位置データを……!〉


〈ちょっと待て! 何で俺達の顔が……!〉

 本来の“605移動”、データを書き換えられたパトカーから抗弁が上がる。

〈こっちには何も……!〉


 ここで“キャス”が“605移動”の制御を乗っ取った。


 ◇


〈はいジャック、何か連中に言っときたいことはある?〉


〈デタラメ並べてやれ〉

 ジャックが頭をフル回転、

〈――そうだな、俺達は“自由と独立”の生き残りだとか、連邦に洗脳される前にジャーナリストの話を流せとか〉


 ◇


『我々は“自由と独立”の生き残りだ』

 偽物の“602移動”、車内のヴィジフォンを通じているかのように装ったジャックのデータがもっともらしく語り出す。

『ジャーナリストは連邦に洗脳される。身柄を引き渡す前に彼らの意見を公にしろ』


 ◇


「“自由と独立”だ?」

 “ヴィアン・シティ・ポリス”交通部管制中枢、管制官の1人が眉を跳ね上げた。

「また古い名前を……」


「本気ですかね、こいつら?」

 隣の管制官も眉をひそめる。その視覚にはナヴィゲータが流して関連情報――“惑星連邦”に潰されたテロ組織。ただ、そこにある首魁の名前が問題だった――“ベン・サラディン”、目標が所持しているとされるデータ・クリスタルに刻まれた直筆サイン・データがそこに重なる。


「もう2年も前に潰れたテロ屋だぞ……どうした?」


 上の上から下りてきた命令にあったのは、目標3人とその所持品の確保。

 その筆頭としてデータ・クリスタル――そこにあったサインを管制官が思い出す。


「ベン・サラディン!?」


「おい、どうし……」

 言いさした管制官もクリスタルの直筆サイン・データに気付いて色をなす。

「……まさか!」


〈全移動へ、こちら管制中枢!〉

 管制中枢から緊張に満ちた指示が飛ぶ。

〈“602移動”を確保! 繰り返す、“602移動”を確保せよ!〉


 ◇


『見付けた!』

 “スー”に反応。

『ジャック・マーフィとロジャー・エドワーズです!』


「いたか!」

 フォーリィ中尉は右の拳に小さく快哉を乗せた。

「漁り続けた甲斐があったな」


 “ラッセル”陸軍駐屯地、情報分析室。イメージ検索がヒットした先は“ヴィアン・シティ・ポリス”、パトカー“602移動”の運転席。

 駐屯地からは西へ隔たることおよそ6000キロ、第1大陸“コウ”の反対側に当たる。が、それでも警察用回線ともなれば検索の優先度は上がって当然、ましてや“自由と独立”の名前が出たとあっては引っかかるのも無理はない。


「――にしても、」

 フォーリィ中尉はしかし、一拍の間を置いた。

「今さらというのも妙だな――あそこまでして隠れておいて」


『囮、――!?』

 “スー”の語尾が疑わしげに上がった。

『当たってみます!』


「頼む」

 フォーリィ中尉にさらなる疑念。

「連中がそう簡単に素顔を晒すとも思えん」


『――ビンゴ!』

 半拍置いて“スー”から快哉。

『割り込みの跡があります!』


「よくやった!」

 フォーリィ中尉が正面、モニタへ眼を走らせる――展開したのは“ヴィアン・シティ・ポリス”のネットワーク図。

「手繰れるか?」


『――手強いですね』


 “スー”の言にフォーリィ中尉は眉をしかめた。警察用ならいざ知らず、軍用の、なおかつ鍛えに鍛えたナヴィゲータを出し抜く相手となるとそうはいない。


「遡れ――時系列!」

 直感で命じてフォーリィ中尉。

「連中の顔が回線に乗ったタイミングだ――何が起こってた?」


 現状の処理に並行して、“スー”がネットワークの記録を遡る。

 ジャック・マーフィとロジャー・エドワーズの顔が回線に乗る、その寸前――問題のパトカー“602移動”の位置情報。


『飛んでる!?』


 その瞬間、パトカーの軌跡が“飛んで”いた――入れ替わっていた、という方がむしろ正しい。入れ替わった相手は“605移動”、それを前提とするならば――、


「“605移動”だ、“スー”!」

 フォーリィ中尉の声が飛ぶ。

「ヴィジフォンの映像を!」


 “スー”がパトカー“605移動”のヴィジフォンに侵入――しようとして果たせない。

『――弾かれます!』


「いよいよ臭いな」

 フォーリィ中尉がインタフォンを手に取った。

「こちら情報分析室! 恐らく当たりを引きました。“ヴィアン・シティ・ポリス”の“605移動”――追跡中の“602移動”、そっちは囮です!」


 ◇


〈囮だって!?〉

 今にも飛び立たんとしていたUV-88アルバトロスの機長席。機長の軍曹は怪訝の一語を声に乗せた。


 “クライトン・シティ”郊外、“テセウス解放戦線”をシティごと包囲して展開する陸軍航空隊。そこに飛んできた命令は緊急出撃、しかも第1師団長オーギュスト・ルジャンドル少将のサイン付き。

 目標は“ヴィアン・シティ”市警のパトカー“602移動”――が、今しも“605移動”へと書き換わったところ。


〈どっちにしても大した違いじゃありません!〉

 副長席から応じて声。

〈目標の居場所が少しばかり違うだけです。外れを引かされるよりゃよっぽどマシですよ!〉


〈道理だな〉

 軍曹は一つ頷いて、

〈管制室へ、こちら“ホーク1”、離陸する! 目標“ヴィアン・シティ・ポリス”、“605移動”!〉


 ◇


〈電子攻撃!?〉

 “キャス”の声に緊張。

〈――手繰られた!〉


〈くそ!〉

 ジャックから舌打ち。


〈おいおい、〉

 ハンドルを握るロジャーに疑問符。

〈疑いの余地なしかよ!?〉


〈味方に“バーグラ”ぶち込む馬鹿がどこにいるっての!〉

 斬り捨てて“キャス”。


〈出処は!?〉

 ジャックから問い。


〈遠いわね〉

 “キャス”の答えまでに半拍の間。

〈――多分陸軍! 下手すりゃ大陸の反対側かも!〉


〈手繰り返せ!〉

 ジャックの声は揺るがない。

〈厄介な相手だ。どう手を打つにしても盲じゃ分が悪い!〉


〈“ネイ”!〉

 ロジャーがアクセルを踏みつつ、

〈時間を稼ぐ!〉


〈抑えろ、ロジャー!〉

 ジャックが制して左の掌。

〈目立つな。追い付かれる前にずらかるぞ! 地図を!〉


 “ネイ”が視覚に描いて市街、立体図。上へパトカーを示して輝点。その群れが一斉に向きを転じつつある。中心――即ち偽りの“605移動”、このパトカー。


〈残念、〉

 “ネイ”が告げる。

〈もう来るわよ――1台目!〉


 港湾区出口、幹線道へと繋がる立体交差路――そこから最初のパトライトが飛び出した。対向車線から乗り越えて分離帯、ぶつけんばかりに正面へ。


〈よけろ!〉

 思わずジャック。


 すかさずスピン・ターン、ロジャーは尻を相手へ向けた。アクセル全開、テッラが最大推力を後方へ向けて叩き付ける。


〈“キャス”、乗っ取れ!〉

 言いざまジャックは市街図の輝点に眼を投げた。いま出てきた1台――“604移動”。


〈馬鹿言ってんじゃないわよ!〉

 “キャス”に抗議の声。

〈こっちゃ軍の相手で手一杯!〉


〈“ネイ”!〉

 今度はロジャーが声を走らせる。

〈出番だ!〉


〈あーら、〉

 “ネイ”からは不満声。

〈私は2軍扱い?〉


〈真打ちってなァ出番は最後だろ!〉

 ロジャーが埠頭、コンテナ・ヤードへ向けて鼻先。


〈ま、そういうことで手を打ちますか〉

 “ネイ”が市警のネットワークを遡る。


 “602移動”に繋いだ瞬間から手繰っていた市警交通部のネットワーク、管制中枢に居座らせたサブ・プログラムへ命令――ポート開放。

 位置情報と識別信号に紛らせたそのコマンドに応えて、サブ・プログラムは遮断されかかった“602移動”へのネットワークをこじ開ける。


〈ぶち壊しちゃっていい?〉

 舌なめずりせんばかりに“ネイ”。


〈好きにしな〉

 ロジャーの声に居直る色。

〈どっちみちもう面は割れてる〉


〈じゃ、遠慮なく〉

 “ネイ”は市警の交通管制中枢へ自滅型クラッシャを叩き込む。

〈――根っこから逝くからね。5秒稼いで〉


 後方、2台目のパトライトが閃いた。それが3台目、4台目と続く。


〈焦らせんじゃねェよ〉


 ロジャーがテッラに目一杯のドリフトをくれてコンテナ・ブロックの陰へと突っ込んだ。わずかに遅れて“604移動”、さらに続いて2台目。

 3台目――は制動をしくじった4台目の巻き添えを食らってともに果てた。


〈――はい、おやすみ〉

 “ネイ”が宣する。


 視野の立体地図上、パトカーの位置情報――交通部管制中枢からのデータが掻き消えた。動揺が後方のヘッド・ライトに兆す――すかさずロジャーがフル・ブレーキ。


 “604移動”に慌てたような急制動。その尻を思わずよけた2台目が、コンテナの壁に突っ込んで果てる。その上、とどめさながらになだれ落ちてコンテナの群れ。

 再びロジャーはアクセル全開、テッラが鞭を受けた荒馬さながらに加速する。

 追いすがって“604移動”――その加速に滲ませて執念。崩れるコンテナを振り切って付いてくる。


〈あーもう、〉

 ロジャーが思わず打って舌。

〈しつこいヤツァ嫌われるぜ!〉


〈見付けた!〉

 “キャス”の声に笑み。

〈侵入元! 陸軍“ラッセル”駐屯地! 情報分析屋!?〉


〈潰せるか!?〉

 ジャックが飛ばして問い。

〈侵入するわ〉

 断じて“キャス”。

〈ルート確保! 囮任せた!〉


〈“ネイ”!〉

 ロジャーが再び派手なドリフト、

〈やっちまえ!〉


〈仕方ないわね〉

 “ネイ”の声、むしろ楽しげに帯びて色。





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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