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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第8章 衝突
61/221

8-1.緊迫

『“ベイティ・ニュース・アーカイヴ”、テオドール・フェデラーです。速報をお伝えします。“テセウス解放戦線”が先ほど声明を発表しました。保護したジャーナリストの身柄を護送中、“惑星連邦”軍の襲撃を受けたということです。これは民間人の殺害を意図したものだとして、“テセウス解放戦線”は“惑星連邦”を激しく非難しており……』


『“テセウス解放戦線”は、ジャーナリストを護送していた宇宙船の内部映像を公表しました。内壁には特殊部隊の突入した跡が生々しく残り……』


『“フェアチャイルド・グローバル・ニュース”、本日のトップは惑星“テセウス”情勢、“惑星連邦”による宇宙船襲撃事件です。ジャーナリスト解放が注目されている中……』


 ◇◇◇


「見てみな」


 シンシアがマリィに促した。


 “クライトン・エアポート”、ターミナル・ホテル1408号室。

 

 軌道エレヴェータを窓外に望むその部屋で、一報を知ったシンシアは部屋のディスプレイへニュース映像を送った。

 映った映像、リポータが示す先に、護送中に襲撃を受けたとされる一行――遠目にも憔悴した顔が並ぶ。その中に、小さく映ったアンナの姿をマリィは認めた。


「そんな……」


 マリィが息を呑んだ。口元を押さえたその顔から血の気が見る間に引いていく。


「結局そんなもんさ」

 シンシアの声が冷気を帯びる。

「連中、あんたらのことなんざ考えちゃいないんだよ」


 マリィは力なく、ソファへ背をもたせかけた。眼はディスプレイ、ニュース映像から離れない。映っているのは、仕立てのいいスーツに身を包んだ痩身の男――テロップには“ハミルトン・シティ”領事とある――力なくコメントを拒む、その姿。


「このニュース……」

「普通に流れてる。どこ観てもこの話で持ちきりだ」


 シンシアはニュース・チャンネルを切り替えた。大同小異、伝えている内容は変わらない。


「まあ、使わない手はないよな」


 シンシアがディスプレイを消した。マリィも眼を閉じた。


 ◇◇◇


 バレージが片頬を釣り上げた。浴びせる凝視が怨念をはらむ。ジャックの肌に殺気が刺さる。返すジャックの眼にも力。血に熱。腕に緊迫。

 覚えがある、どころではない。ジャックに賞金をかけた“メルカート”――その幹部の一人、アントーニオ・バレージ。

 尻尾を出したことこそないが、裏流通ルートにひとたび関われば、知らずにいる方が難しい顔。

 それが、縄張りを外れたはずのここにいる。


「こんな所で会えるとはな」

 瘴気さえ吐かんばかりにバレージ。

「探したぞ」


「そうかい」

 ジャックも声に鋭さを隠さない。

「気が合わないな」


「しかもこいつは、」

 バレージの眼がジャックからスカーフェイスへ。

「なかなかの手品じゃないか」


 スカーフェイスは無言――わずかに首を傾げた。


「そうつれなくするな」

 バレージは笑みさえ浮かべて、

「これだけ興が乗ったのも久しぶりだ。言い訳ぐらい聞いてやる」


「ということは、」

 スカーフェイスが眼を細めた。

「よほど応えたようだな」


「“応えた”?」

 バレージの眉が小さく踊った。

「吠えるな、雑魚が。貴様など蚊ほどにも感じるか」


 バレージが指を一つ鳴らした。コンテナ内の護衛が6人、揃って懐から自動拳銃――マーズMP352ヴァンガード。


「だがそういう科白を吐くからには黒幕がいるわけだな」

 バレージが眼を鋭く細めた。

「とっとと吐け」


「命令を出したのはゲリラの幹部だ」

 あっさりと認めてスカーフェイス。

「“テセウス解放戦線”、知ってるだろう」


「殊勝なことだな」

 バレージに冷笑。

「飼い主にさっさと見切りをつけたか」


「飼い主どころか」

 ジャックの片眉が言葉をはね返す。

「ヤツらは仲間の仇だ」


「大した変わり身だな。いっそ這いつくばって命乞いでもしたらどうだ」

 バレージの声に鋭い侮蔑。

「挽き肉にする前に死なせてやらんこともないぞ、ん?」


「頭に来てるのはこっちも同じだ」

 ジャックの声が、静かに熱を帯びる。

「ヤツら、知ってて利用しやがった」


「よく回る舌だ」

 バレージは小さく頷く。

「もう少し付き合ってやろう。さえずってみろ」


「ヤツらには切りたい尻尾があった」

 ジャックは右手に指を1本立てた。

「俺はそれに利用された」

 ジャックに2本目の指が立つ。

「――そういうことだ。どうやら尻尾にあんたの関係者が混じってたようだな」


「信じる理由が」

 バレージに鼻息一つ、

「どこにある?」


「俺はゲリラに用がある。あんたの身内かどうかは知ったことじゃない」

 ジャックはスカーフェイスへ親指を向け、

「こいつの場合はもうちょい大雑把だったようだがな――何なら確かめてみちゃどうだ?」


「そいつはいい」

 おどけたように、バレージは額に手を当ててみせた。

「連中の骨に刻んででもあるのか?」


「ベン・サラディン――覚えてるか?」


 “自由と独立”――かつて一勢力を成した独立派ゲリラ組織、その首魁。


「負け犬だな」

 バレージが小さく首を傾げる。

「で?」


「そいつの作ったリストがある」


「“死人に口なし”だな」

 一転、バレージは退屈の息を鼻から洩らした。

「くたばってからなら何とでも言える」


「日付は2年前」

 構わず、ジャックは左手をゆっくりと懐へ。

「ヤツのくたばる直前だ。ちゃんと量子刻印も入ってる」


 銃口が一斉にジャックを向いた。


〈あら、先にギャングに教えちゃうわけ?〉

 “キャス”が不満げな声を聴覚へ割り込ませる。

〈私を差し置いて〉


〈ちょうどいい、お前にも見せてやる〉


「もう終わりか、つまらん」

 バレージは右手を上げかけた。


「データを見せてやる」

 眼を据えたまま、ジャックは誘うように笑んでみせる。

「こっちへ繋げ」


「よこせ」

 バレージが招くように指を折る。


「がっつくな。中身を見てからでもいいだろう」

 懐から左手、指の間にデータ・クリスタル。懐を開き、相手の眼の前で端末に読み取り機を繋ぎ、クリスタルを挿し込む。


 ジャックは“キャサリン”を呼んだ。


〈――あら、切羽詰まってるみたいね?〉

〈連中にファイルの“さわり”を見せてやれ。あと“キャス”にも〉


 ジャックからユゴーへ、ユゴーからバレージへ、接続キィ・コードが飛ぶ。一時的なアクセス権を得て、バレージのナヴィゲータ“ビアンカ”が“キャサリン”の解読したデータ――正確にはその一部――に触れた。


 内容がバレージの視覚に現れる。

 アルバート・テイラー、ルイ・ジェンセン、ポール・デュヴィヴィエ……ここ数週間の間に死んだ人物を含め、連なっていたのは軍人と元軍人の名。武器を横流ししていたという、一団のリスト。


 バレージは眉をひそめた。データの作成時期は2年前、ベン・サラディンのサイン・データも記してある。そして何より書き換え不可能なオリジナルの量子刻印。


「なるほど、」

 バレージは肩をすくめた。

「お前が狙ったのは、確かに我々ではないかも知れん」

 そこでバレージの視線に冷気。

「だが我々に手を出した事実は事実だ」


「話は最後まで聞けよ」

 ジャックは続ける。

「これから、あんたの言う“黒幕”ってヤツに一泡吹かせに行く」


 不意を衝かれた――バレージの眼が物語る。

「――何だと?」


「早い話が、」

 ジャックは断じた。

「俺達の敵はあんたの敵だ」


「吐け」

 バレージの眼が血気を帯びた。


「“キャサリン”、連中のトップを教えてやれ」


 ジャックの指示で“サラディン・ファイル”の深部にあったデータが示される。そこにある名は――、


 バレージが息を呑む、そのさまが傍目からも見て取れた。


「そう、“テセウス解放戦線”と連邦の首脳部、両方だ」





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

No reproduction or republication without written permission.

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