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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第7章 断絶
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7-9.襲撃

 輸送機C-241ナルヴィの後部ハッチが開いた。マリィはシンシアに促され、シートから腰を上げる。


 “クライトン・エアポート”、貨物ターミナル・エリア。スロープを兼ねたハッチの向こうに迎えのフロート・ヴィークル・サヴァンナが見えている。


 地へ降りると、まだ回ったままのターボプロップ・エンジンからの風。踊る髪を押さえながら、導くシンシアに付いて歩く。後ろから女性兵士が続く。

 眼を上げると、周囲を照らす照明の群れ。その向こうに、星が浮かんでいるはずの空。潮風が教える、海の気配。


「これから、どこへ?」


 訊きつつマリィが後席へ就く。


「ターミナル・ホテル」

 隣から、シンシアは小さいながら笑みを向けた。

「喜べ、今夜はベッドで眠れるぜ」


 さすがに心が踊らなかったといえば嘘になる。“サイモン・シティ”でアンナと別れてからこの方、まともなベッドで眠る機会などなかった。


 サヴァンナが走り出した。貨物ターミナル・エリアを抜け、旅客ターミナル・エリアを横断して、空港ターミナル・ビルに横付けする。


 シンシアに続いて、マリィはロビィへ。旅客がすっかり絶え、耳に痛いほどの静寂が満ちる中、広い床に歩を刻む。横切ってエレヴェータに乗り、7階へ。降りたところが受付カウンタ、キィを受け取り、さらに上る。シンシアがドアを開けたのは1408号室――中にはベッドが2つ。


「ツイン・ルーム?」


「オレと相部屋だよ」

 振り向きつつ、シンシアは自らに親指を向けた。

「“眼を離すな”とさ――トイレもシャワーも。お前さん、何やったんだ?」


「ちょっと、ね」

 気まずそうに、マリィは肩をすくめた。

「――まあ、探検とか」


 ◇◇◇


『本船はこれより離床します。Gにご注意下さい』


 船長のアナウンスと共に、軽いGが身体を座席に押し付けた。

 アンナはふと座席横、船外モニタへ眼を移す。


 群れなす光点の塊――宇宙港“ハミルトン”が視界後方へ流れていった。続いて現れたのは、視界を埋める星の群れ。惑星“テセウス”ははるか足元、ここからでは船体に遮られて見えないほどに小さい。


 静止衛星軌道上、ジャーナリストと“ハミルトン・シティ”領事館員を乗せた連絡船。

 平時と違うのは、無骨なライアット・ガンRSG99バイソンを手にした兵士の姿。暗灰色の耐弾スーツに身を包んだその頭が、客席のところどころから覗いている。


「物々しいのね」


 アンナの呟きにイリーナが付き合う。


「そうですよね、こんな所で逃げ出せるわけじゃなし」

「まさか、護ってくれてるとか」


 苦笑したアンナに、イリーナは手を振ってみせた。


「何が襲ってくるってんです」


 ◇


 連絡船の白い船体が発する信号灯、その灯りと識別信号を辿って、黒い短艇が並進していた。

 航法灯も点けず、識別信号も発しないまま、速度ヴェクトルを合わせ、高高度方向からゆっくりと距離を詰めにかかる。


『“ホスピタル”、こちら“サージョン”。“ペイシェント”を視認』


 事実上傍受不可能なレーザ通信に乗せられたその符牒は斜め上方、さらに高高度に乗った母艦へ届けられた。


『“サージョン”、こちら“ホスピタル”。続行せよ、繰り返す、続行せよ』


 短艇から人影が複数。3箇所に別れ、連絡船に取り付くと、テント状の気嚢を張る。


『こちら“サージョン”、“キュア”準備完了』


『“サージョン”、こちら“ホスピタル”、“キュア”開始』


 ◇


 硬い衝撃と短い爆音。それが頭上から降ってきた――それも複数。


 アンナは眼を上げた。

 音源、その群れは天井の向こう――それだけは判る。その視界のそこここ、兵士達が席を離れる。宙に浮くや、半数は客室の前後に別れて、ドアを蹴り開け、向こうへ消える。残り半数が客室の宙に散った。

 動揺のざわめきが客室に満ちる。そこへ小さな破裂音が連なった。続いて怒号。客室内の兵士が声を上げる。


「ブラヴォ、チャーリィ、どうした!?」


 耳に手をかざす。が、反応があったようには見えない。

 客室入り口、その斜め上――炎の輪。長径1メートル強の楕円形に穴が開く。


「伏せろ!」


 叫んだ兵士が、殴られたようにのけぞった。弾き飛ばされ、壁に打ち付けられて、動かなくなる。胸部には軟質の衝撃弾――弾丸の運動量をひたすら打撃力に転化する、鎮圧用の非殺傷弾。


 イリーナがアンナの頭を押さえる。思い出したような悲鳴が上がった。

 壁の穴から、黒づくめの兵士たちが押し寄せる。その背後に、兵士の身体が力なく漂う。


『落ち着いて! 皆さん、落ち着いて!』


 客室内の兵士を一掃して、侵入者の1人が声を上げる。


『我々は“惑星連邦”軍の者です! 皆さんを救助にきました!』


 ◇


〈来ました、ハイジャック信号です〉


 オオシマ中尉が顔を上げた。見上げる先にカレル・ハドソン少佐の苦い顔がある。


〈先に手を出させる、か。シナリオ通りとはいえ、みすみす見過ごすのは性に合わんな〉


 連絡艇の手前に黒い短艇を捉えつつ、そのさらに上方から艇を寄せていく。

 乗っているのはミサイル艇――弾頭を外し、代わりに気密室と座席を設けた急造の快速艇。

 少佐らの眼前には各隊員の視界と体調パラメータ画面が並ぶ――ただし現在は回線を封鎖中、画面はいずれも空白のまま。


〈苦労性ですな〉

〈全くだ。こちら“ハンマ・ヘッド”、各“ハンマ”、配置に就け。予定時刻1835〉

〈予定時刻1835、了解〉


 ミサイル艇から短艇へ、黒一色の宇宙服。その5人組が2組。さらに4組が連絡船へ、斜め後方から忍び寄る。

 一足先に、2組が短艇へ取り付いた。気嚢を張り、宇宙服を脱ぐと、爆薬をハッチに仕掛けて準備完了――時刻を待つ。

 ややあって、連絡船へ4組。これは“惑星連邦”軍が張った気嚢の上に、さらに一回り大きな気嚢を張る。予定時刻まで、1分強を残していた。そのまま待つ。


 予定時刻1835――ジャスト。


〈各班、回線開け!〉

 ハドソン少佐が短く命じる。

〈突入!〉


 ◇


 またも爆音。今度はアンナも自ら頭を下げた。


「また!?」


 先刻よりも声が出るだけ落ち着いている。


 客室の前から、後ろから、打撃音。客室にいた兵士が前後の入り口に別れて、外へ銃を向け、撃つ。

 そこへ爆音――客室の天井がまたも楕円形に灼き抜かれた。内壁が引き剥がされ、銃口が覗き、客室入り口の兵士たちを的確に撃ち倒す。使われたのはやはり軟体衝撃弾、振り返る物が出るまでに3人が倒れた。反撃に至った者はゼロ。


『お静かに! お静かに!』


 客室の天井から兵士が声をかける。客室の前方、操舵室から物音――それも気が付く間に大人しくなっていた。


『――お騒がせしました』


 確認を取るように頷き一つ、黒づくめの兵士が――もはやどちらがどちらか、アンナには区別がつかなかったが――宣言した。


『もう安全です。“テセウス解放戦線”が、皆さんの安全を保証します』


 ◇


〈“ツール・ボックス”へ、こちら“ハンマ・ヘッド”、〉

 ハドソン少佐は、その言葉をレーザ通信に乗せて宇宙港へ送った。

〈“ゲスト・ハウス”を確保。繰り返す、“ゲスト・ハウス”を確保。これより“ゲスト”を移乗させ、このまま“ホテル”へ向かう〉


 ミサイル艇が、制圧済みの短艇の横を過ぎる――連絡船へのランデヴー軌道へ。


 ◇◇◇


 コンテナの積み上がった壁を横切るヘッド・ライト。


 第1大陸“コウ”中東部、“ヴィアン・シティ”も東の外れ、港湾地区。


 ほぼ走り詰めで一昼夜。ジャックら3人を乗せたストライダがこの街へ入った頃には、母恒星“カイロス”は天を一巡、とうに暮れ落ちた後だった。


 コンテナの間を縫って、ロジャーがストライダを走らせる。指定の区画は“S-022”。


「見えた、“T-021”」

 サイド・ウィンドウから外を見やって、助手席のジャックが告げる。

「次が“T-022”、そこを左だな」


 念を入れて、区画を大きく回り込む。一見して判る範囲では、異常なし。


「時間にはちょい早いが……」


 スカーフェイスが腕時計へ眼を落とす。約束の時刻まで約5分。


「まあいいさ」


 ロジャーがハンドルを操った。区画S-022へ。


 コンテナの傍ら、エンジンを回したまましばし待つ――と、側方に矩形の光。振り向けばコンテナの横腹、開かれた扉の向こうに人影が佇む。


 丸顔、寂しくなった頭頂――クロード・ユゴーがそこにいた。印象に反して大柄な身体がストライダ――その助手席、ジャックへ向き直る。見ていたかのような足取りで、ジャック目がけて歩み寄る。

 ジャックはドアを開けた。


「ローワン・ジェンセン様ですな」

 ユゴーは降り立ったジャックへ右手を差し出す。

「クロード・ユゴーです」


「ローワン・ジェンセンだ」

 ジャックがユゴーの手を握る。


「どうぞ中へ」

 ユゴーがコンテナ入り口を左手で示す。頷き、ジャックは足を運んだ。ユゴーを先に立て、ジャックとロジャー、スカーフェイスが後から続く。


 ドアをくぐると、明るい照明――眼が慣れると、奥に物資の山が見える。壁際に警備と思しき人影、それが5人――いや6人。


「物々しいな」


「申し上げました通り、」

 ユゴーが丸顔をジャックへ向けた。

「当局の眼が厳しい折ですので、ご容赦を」


「で、」

 ジャックが眼を転じた。

「ブツは?」


「ご覧の通りです」

 ユゴーがコンテナ奥へ掌を向ける。

「ご確認を」


 歩を運ぶと、フロート・バイクが2台、それに突撃銃に短機関銃。


「他は?」

 ジャックが訊く。


「それは隣のコンテナに」

 ユゴーが親指を隣へ向けた。

「よろしければご案内しましょう」


「頼む。試射もやりたい」


 頷き一つ、ジャックは突撃銃AR110A2ヴァリアンスと短機関銃SMG404を手に取った。作動に異常は見られない――ただし定石通り、まだ弾丸は入っていない。


 そこで入り口のちょうど向かい側、もう一つのドアが開いた。中に入る人影がある。


「なるほど――確かに」


 静かなその声に満ちて怨讐。人影が顔を3人へ向ける。


 撫でつけた黒い髪と青い瞳――アントーニオ・バレージがそこにいた。







著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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