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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第1章 傷痕
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1-4.触発

〈“グリーン・ブラヴォ”より“ナイト・バード”へ報告〉


 “ハミルトン・シティ”北東部は“カーヴァ・ストリート”、ジャックのアパートメントを望む街角で、警官を装った男が高速言語の呟きを発した。一瞬だけ流した視線の先、“目標”の窓からは光がかすかに洩れるだけ――ブラインド・モードのウィンドウ・パネル越しには中を窺うべくもない。


 ジャックが自分のアパートメントに“突入”して10分――目立った動きがあったにしても、それを知るすべがあるはずもなかった。


〈目標の動きは依然探知できず。指示を請う〉


 ◇


 ミール・メーカがマグ・カップ2つを吐き出した。安いコーヒーの匂いが部屋に立つ。


「顔は変えてないか」

 ジャックから感慨の片鱗を覗かせて声。

「――いい度胸だな」


「まあね」

 壁を背にして立ったまま、女が肩をそびやかした。

「裏方仕事やってるからね。顔は出さずに済ましてる」


 やや小柄、絞り込んだせいで細身とさえ映る体躯、栗色の髪と焦茶色の瞳。歳の頃は20そこそこ、切れ長の眼と細い顎で、どちらかと言えば精悍さを匂わせる顔立ち。

 戦友だった男の科白が、ジャックの頭をよぎって過ぎる。“言い寄られたら悪い気はしないね――いや、口さえ開かなきゃな”彼女の、応急だが配属当時のことだった。


 女が小さく笑った。


「あんた見付けたときゃ驚いたぜ! そっちこそ顔も変えねェでピンピンしてやがんだもんな」

「運が良かったのさ」


 ジャックがマグ・カップを取りに動く。


「さすがに声は変えたか――まぁ、これだけ金かけてりゃね」

 女が部屋を見回して、

「生きてるのも納得するよ」


「そう見えるか?」


 素材むき出しの壁と床に安物のソファ・ベッド、見るからに拾ってきたようなテーブルと廃材で組み上げたようなデスク――その上に鎮座する、これだけは金をかけたと判るネットワーク端末を除けば、あとは贅のかけらもない椅子があるだけ。

 一見して、冗談にも立派とは言えない部屋の佇まい。


「セキュリティの話さ。忍び込むのにけっこう苦労したんだぜ、ホント」


 ジャックが小さく笑う。


「突破されてりゃ世話はない」


「ウソつけ、見事に嵌めやがって」

 女が舌を出してみせる。

「途中まで知らん振りなんざ、あれじゃ隠れてたオレがバカみたいじゃねェか」


「そう言うな、すんでのところで気付いたんだぜ。あー……」

 手にしたマグの一方を差し出す。

「今の名前を聞いておこうか。俺の方は“ジャック・マーフィ”、多分知っての通りだ。賞金首を狩って食ってる」


「……“エミリィ・マクファーソン”」

 マグごしの声にやや硬さが混じる。

「今は情報屋と組んで色々やってるよ」


「そうか」


 頷くと、毒見の意味で先にコーヒーをすすってみせる。“エミリィ”が用心しているのは承知しているから特にソファを勧めもせず、ジャックはデスク前の椅子を引き出して腰をかけた。


 ◇


〈こちら“ナイト・バード”、了解。“グリーン・デルタ”を向かわせる。“グリーン・ブラヴォ”は待機位置へ〉

 ジャックのアパートメントに張り付いている“グリーン・ブラヴォ”に指示を返して、オオシマ中尉は傍らのハドソン少佐に声を向けた。

「ヤツのことだ、こりゃ覗きようはありませんな」


「残念だが」

 さして悔しがる風もなくハドソン少佐が肩をすくめる。

「金も人手も今はない。中尉ならどうするね?」


「そうですな……」

 いかにも気楽に構えてオオシマ中尉は“考え込んで”みせる。

「任せていただけるなら、偵察ついででヤツの尻に火でも着けてやりますか」


「任せよう」


「どうも」

 そう断ってから、オオシマ中尉は司令を発した。

〈“ナイト・バード”より“グリーン・アルファ”へ。シフト変更、突入用意〉


 ハドソン少佐は片眉を持ち上げた。鼻の下、たたえた口髭に指を当て、

「突入か――こいつは急だな」


 かばう気か――オオシマ中尉は少佐の科白をそう取った。中尉は皮肉半ば、挑むように断言を返す。


「どっちみち品定めはやらなきゃならんのです」

「殺すなよ」


 それだけを、少佐は言った。


「この程度でくたばるようなら役に立ちゃしません。危険なだけです」

「違う、“グリーン”の方だ」

「……なるほど」


 人の悪い笑みを、オオシマ中尉は口の端に乗せた。


 ◇


「他の連中は見付けたか?」


 ジャックの声に、かすかな希望と失望への恐れ。


「いいや、」

 コーヒーもろとも苦い失望を呑み下して、エミリィが答えを返す。

「あんたが初めてさ」


「つまり、俺が一番のドジだったわけだ」

 苦い思いに口の端が歪む。

「何があった?」


「いいじゃねェか」

 エミリィが口を尖らせた。

「おかげでこうしてツラを合わせられたんだ、そういう話はなしにしようぜ」


 ジャックの瞳が険しさを帯びる。


「危険はあったはずだ。俺のプロテクトにしろ“ヤツら”にしろ、一歩間違えば……」

 ジャックはマグを干した。

「それが解らんようじゃ、今ごろ生きてるはずがない――知った顔恋しさに来たわけじゃないだろう」


「け、あっさり言ってくれるぜ」


 苦笑ひとつ、流した視線がジャックの左手、旧式のアーミィ・ウォッチに触れて止まる。

 陸軍制式から退いて6年になるプレシジョンAM-35。


「まあ、シャバに未練はあるってわけだ。違うか?」

 ジャックの眉に怪訝の色。口の端を持ち上げたエミリィが言を重ねる。

「シャバへ帰る。手伝ってもらうぜ」


「手があるのか?」


「もちろん」

 エミリィの語勢には虚勢めいた自信が覗く。


 が、ジャックはむしろ無表情に応じた。


「なら――いいか、よく聞け。何も言わずにここから逃げろ」

「……何だと?」


「何も言うな」

 硬い声でジャックが告げる。

「このまま帰って、俺のことはしばらく忘れてろ」


「どういうことだよ?」

 エミリィの声に棘が込もる。


「今日、“ヤツら”の尻尾を踏んだ」

 ジャックは有無を言わせず続けた。

「俺は“ヤツら”にマークされる。そうなったら手遅れだ、今のうちに身を隠せ」


「冗談じゃねェぞこん畜生!」

 ジャックを目がけて罵声が飛ぶ。

「逃げてどうなるってんだ。“ヤツら”をぶっ潰しゃ済むこったろうが!」


「不意を衝かなきゃ勝負にもならん。今お前の面が割れたらそれこそ元も子もなくなる」

「逃げても同じこった。こんなチャンスは2度とねェんだ、そいつを指くわえて見過ごせってのかよ!?」

「何も言うなと……」


「やかましい!」

 エミリィの拳が壁を殴る。

「いやに簡単にあきらめるじゃねェか。臆病風に吹かれやがって!」


「お前こそ落ち着いて考えろ。日陰者がたった2人で何ができる」


 取り合わないジャックを睨むや、エミリィはジャケットの懐を開いた。


「おい、やめろ!」


 聞かず、エミリィは内ポケットから指先でデータ・クリスタルをつまみ出す。それをジャックの目前に突き出して、


「そんなら後に退けなくしてやる! こいつにはな!」

「言うな!」


「証拠が収まってんのさ、“ヤツら”が物資を横流ししてやがったってな! それもサラディンのサイン付き、量子刻印まで入ってる代物だ!」

 言い放ったエミリィは息つぎ一つ、今度は声をひそめて、

「――この意味が解らねェとは言わせねェぞ」


 そう告げるエミリィの指先、クリスタルに興奮に震えが乗る。


『サラディン?』

 ヴィジフォンのスピーカに割って入って“キャス”の声。

『サラディンって、あのベン・サラディン?』


「余計な口を挟むな!」

 ジャックの声が問いを断ち切る。


『いいじゃない、このくらい』

 抗して“キャス”の声に険。


「手前、」

 エミリィが声を尖らせる。

「――ナヴィゲータを替えたのか?」


「替えずに済む話か」

 ジャックの瞳に鋭く光。

「過去を抱えて平気でいられるほど鈍くない」


「の割には、」

 エミリィが衝き込む。

「時計やらツラやら未練たらたらに見えるがね」


「ナヴィゲータの経験データなんぞ爆弾にしかならん」

 眼を細めてジャックが凄む。

「――喧嘩を売りに来たのか?」


『2年前に消えたあのサラディン?』

 “キャス”が尖った空気に水を差す。

『何よ何、この馬鹿が隠してるのって?』


「聞かせてねェのかよ?」

 エミリィが拍子抜けしたように投げて問い。


「当たり前だ」

 ジャックに即答。

「爆弾を増やすような真似ができるか」


 視覚、“キャス”が割り込ませて検索データ。

『ベン・サラディン:ゲリラ“自由と独立”首魁』


「やめろ、“キャス”!」

 凄味を帯びてジャックの声が飛ぶ。

「デリートされたいか!?」


『できるもんならやってみろってのよ』

 嘲弄混じりに“キャス”の声。

『この2年で必死こいて集めたデータを今さらパァにできるんならね』


「データを?」

 エミリィの眉に怪訝の色。

「集めてた? ――この2年で?」


 ふて腐れたようにジャックが天を仰ぐ。

「――別にあきらめたわけじゃない」


「――なら、」

 エミリィの唇、端に舌先が覗く。

「いいじゃねェか。取っておきの逆襲ネタだぜ?」


「やめろと――!」

 ジャックの声がなお尖る。


「“ヤツら”と!」

 遮ってエミリィ。

「“ブレイド”中隊! それにサラディンがつるんでた話だ! ――テイラーのヤツもな」


 ――睨み合い。束の間、降りかけて沈黙――そこへ割り込んで“キャス”の声。


『“ブレイド”中隊、ねェ? あーらとっくに解散――んでこっちも2年前』


「いい加減にしろ、“キャス”!」

 ジャックの声がはらんで怒り。


『匂うわねェ、因縁が』

 いっそ機嫌を踊らせて“キャス”の声。

『いいじゃない、いっそ白状しちゃえばさ』


「いつもそんな調子かよ?」

 呆れ半ばに訊いてエミリィ。

「とんだ水と油じゃねェか」


『そーそ』

 頷かんばかりに“キャス”。

『この秘密主義者、無駄に口が堅いったら』


「性格で選んだわけじゃない」

 機嫌を傾けたままにジャックが答える。

「そういうお前はどうなんだ?」


「……そりゃな」

 エミリィの声にも冴えはない。

「替えたさ。裏に馴染むにゃ仕方ねェ」


「――生き延びるためだろうが」

 ジャックが衝き込んで一言、

「死に急ぐためじゃない。違うか?」


「このネタなら話は違う」

 あくまでエミリィが意地を貫く。

「――ぶちまけたが最後、軍も監査局も無視はできねェ」


「――だったら、」

 ジャックが声から表情を消した。

「なおのことだ、“ヤツら”に教えるようなマネができるか」


「まだ言うかよ?」

 エミリィの目許に検。


「それに――」

 ジャックがひときわ声を低めた。

「お前を死なせたら、それこそあいつに申し訳が立たん」


「この……!」


 激情――理屈より先に身体が動いた。

 弾かれたようにエミリィが踏み込む――深い。

 瞬間のうちに間合いが詰まる。対し、ジャックも床を蹴った。椅子を蹴倒し、自ら前へ踊り出る。

 速い――戸惑いがエミリィの眉根に乗った。だが構わずに彼女は右手、抜く手も見せずに衝き込んで得物の切っ先。

 ジャックも舌打ち。うまくかわしたつもりが、切っ先の感触がかすめて頬。しかしエミリィの懐には入った。伸びた相手の腕に自らの腕を絡ませようとして――違和感。ジャックが咄嗟に腕を引っ込める。


 勢いそのまま、エミリィがそこへ右の膝。

 

 紙一重、衝き込まれるその軌跡を左腕で捉えたジャックが脚を伸ばし――エミリィの軸足を絡め取る。

 もろともに転倒、ただし分は意図したジャックの方にある。脚をそのまま相手の背後へ絡め上げ、関節を極める。


「く……!」


 小さい悲鳴がエミリィの喉に上った。


「何のつもりだ!?」


 詰問がジャックの口に上る。さすがに声が硬さを帯びた。

 その眼に、エミリィの右手が留まった。その中にあったのは、ナイフならぬルージュが一本。それが彼女の右手を離れ、床で二つに折れていた。


「へ……鍛えてるじゃねェか」

 苦しまぎれ、というよりは皮肉に近い声を、エミリィは絞り出した。

「そいつァ何のためだ、え? ケチな賞金首相手に追っかけっこやるためか? ポリスの犬っころになって、ゴミ溜めン中駆けずり回っていたいってのかよ!」

 エミリィの声が次第に怒気をはらんでいく。

「“あいつに申し訳が立たない”だ? それじゃ我が身大事で隠れてりゃ申し訳が立つってわけか!」


「お前……」


 痛いところを衝かれたのは確かだった。その痛みが怒りを呼ぶ。しかし、感情が形を取るその前に、エミリィの声が沈んだ。


「それじゃあんまりだぜ……くたばっちまった連中に何て言ってやりゃいいんだ……」


 ジャックに沈黙――。思わず極めた脚を緩める。だが、エミリィには抜け出す素振りもない。

 ジャックは身を起こした。ふと、折れたルージュに眼が留まる。


「……こいつは?」


 つい、問いの言葉が洩れた。


「……別にいいだろ、そんなもん」

「折れてるぞ。大事な物じゃないのか」


 シラを切る気さえ起こらない、とでも言いたげにエミリィが応じる。


「……いつだったか、どっかの馬鹿がくれてよこしたのさ。“たまには着飾ってみるのもいい”ってね――阿呆らしい、そんなに見たきゃ眼の前に出てこいってんだ」


 返す言葉が、ジャックにはなかった。かつて救えなかった戦友の顔が脳裏に浮かぶ。その耳に、嗚咽にも似たエミリィの呟きが届いた。


「……畜生……」


 気まずさが、沈黙の姿をとって部屋に満ちた。


「逃げろ――まだ今のうちは」

「はン、まだそんなこと……!」


 苛立ちも露わに吐き捨てかけたエミリィの科白を、ジャックが遮る。


「協力はする」


 唐突な譲歩が聴覚を通り抜ける――エミリィは眉をひそめた。ジャックが言を継ぐ。


「だから、今は逃げてくれ。これ以上はもう死なせたくない」


 独り言にも似た言葉に滲んで疲労。


「あの時は、誰も助けられなかった――あんなのはもう御免だ」

「遅いぜ……それじゃ」

「頼む――今は、お前を巻き込むわけにはいかない」


 ジャックの口調が変わった。肚を決めたかのように――そのことにエミリィも気付いて顔を上げた。ジャックが言を継ぐ。


「この先の希望を繋ぐためだと思え。逃げて、生きていたら力を貸す。焦って全てを無駄にするな――あいつらのためにも」


「……言ってくれるぜ」

 言われたエミリィが、小声で答えながら上体を起こす。

「そんなこと言って、アテがあるのかよ――どうした?」


 ジャックの表情が緊張をはらんで硬い。壁越し、見えるはずのない外を睨む。“キャス”の警告が聴覚に届いていた。


〈微弱だけど反応あり。最少で3人、ここへの侵入ルートに入ってるわ〉





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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[良い点] キャスのような、実在してるのかしてないのか危うい存在に昔から興味があります。 架空と現実の境界が曖昧な存在です。 本作品はそこから興味を持ち、印象に残っています。 体調不良が多くて、感想が…
2019/11/30 08:58 退会済み
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