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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第7章 断絶
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7-8.調達

『ローワン・ジェンセン様ですね』


 窓口のロボットが確かめる。

 ジャックは頷き、慣れた手つきでパスワードを打ち込んだ。


 “グリシャム・バンク”、“トリオレ・シティ”支店。


「いつの間にそんな口座作ってやがったんだ、この悪党」

 隣に並んだロジャーが興味たっぷりに問いかける。

「例のアレだろ――手柄くれてやってた刑事」


「人のことが言えたクチか」

 返す言葉も素っ気なく、ジャックは差し出された札束を数える――100ヘイズ札が100枚一束、それが10束。

「口説いた女に口座作らせてるだろ、お前だって」


「――いつの間に勘付きやがった?」


 札束を懐へねじ込むジャックに、ロジャーは思わず訊いていた。


「やることが解りやす過ぎるんだよ」

 ジャックは親指を窓口へ向ける。

「ほれ、引き出すんなら今のうちだぜ。次は口座が凍結されてたっておかしかないからな」


 ◇◇◇


 眼前、領事を乗せたリムジンが停まった。アンナ・ローランドの乗るバスも続いて停まる。


 “ハミルトン・シティ”を間近にした第2大陸“リュウ”は“大陸横断道”の一点、そこに築かれた検問の一つ。警備兵がリムジンの後部座席を覗き込み、身分証を受け取る。


「“テセウス解放戦線”の兵士ですね」

 窓際、イリーナ・ヴォルコワが解説を加えた。


「判るの?」

 アンナも顔を窓に寄せる。


「旗ですよ」

 イリーナが検問を指差す。見れば、道を塞いだ装甲車の上に見慣れぬ旗。


 警備兵はしばし車内へ視線を投げ――時おり後方のバスへ眼を投げ――そして頷いた。身分証を返し、小さく腕を振る。装甲車が退いた。進路が開ける。

 リムジンも道を譲るように脇へ退く。バスだけが前へ進んだ。アンナは小さく息をついた。


 “シールズ・シティ”領事に見届けられる形で、アンナを始めとしたジャーナリスト達は“テセウス解放戦線”の勢力範囲に踏み入ることになる。何のかんのと渋っていた領事だが、アンナの無事を最前線まで見届けたあたり、肝の座った人物ではあったらしい。


「何のかんので最後まで見送ってくれましたね、領事」

 イリーナがアンナの考えを代弁するかのように呟いた。

「ビビって付いてこないと思ってましたけど」


「そうね。疑って悪かったかな。でも、」

 アンナは付け足した。

「だからって連邦のお偉方が信用できるわけじゃないのよね」


 前方に“ハミルトン・シティ”の街並みが見えてくる。一行はこれから“ハミルトン・シティ”を横断し、軌道エレヴェータへと向かう手はずになっていた。


「さて……」


 アンナは口の端を舌で湿した。アンナにとって肝の試しどころはこれからということになる。


 ◇◇◇


〈“キャス”、“パラディ商会”へコールを〉

 “トリオレ・シティ”で調達した携帯端末へ、ジャックは“キャス”を繋いだ。


 ロジャーがハンドルを取るストライダ車内。窓外に流れて第1大陸“コウ”の林業地帯、猛烈な速度で流れていく山間部の夕景。ハイウェイがその中を縫って伸びていく。


〈アブドゥッラーのツテ?〉

〈まあな。この際贅沢言ってられん〉


「ハロー、“パラディ商会”?」

 ジャックは闇商人へ連絡を入れた。

「アブドゥッラー・ラーギブ・イズディハールからの紹介だ。ムッシュ・ユゴーとお話ししたい」


『少々お待ちを』


 慇懃な応対に続いてオルゴールの無難なメロディが流れる。ややあって、再び通話が繋がった。


『ユゴーなる人物は在籍しておりませんが……』

「“缶詰をお取引したことがある。もう一度ご確認願いたい”」


 合言葉のやり取りに続いて、フロント・グラスの光景に相手の顔が重なった。


『お待たせしました』

 寂しくなった頭頂を、むしろ堂々と晒した丸顔。

『ユゴーです』


「ローワン・ジェンセン」

 ジャックは偽名を名乗った。


『ジェンセン様、お顔を拝見できますかな?』


 一拍の間に疑問符を乗せる。ゲリラと連邦に知れた顔、出来れば晒したくはない。


『当社のモットーでしてね。お取り引きは、いつもお互いの顔を見ながら進めております』

 言いつつ、ユゴーは頭を叩いた。

『この頭を眺めていただくのもお取り引きのうち、というわけで』


 つまり“顔を見せなければ取り引きしない”、との強い要求。ジャックは呑んだ。


「“キャス”、映像を出せ」


『いいお顔つきをしておられる』

 満足げにユゴーは頷き、

『さて、ご入用のものを伺いましょう』


「突撃銃AR110A2とAR113、短機関銃SMG404とSMG595、対物ライフルAMR612、手榴弾各種、RL29ランチャと弾薬も欲しい。軽装甲スーツ3人分、あとフロート・バイクを2台。まとめてリストを送るとして、すぐ手に入れたいが?」

『すぐ、とは?』


 ユゴーは呑気な顔を作ってみせた。


「明日の夜、“ヴィアン・シティ”で」


 ジャックが挙げた名は“クライトン・シティ”の衛星都市。その横、運転席でロジャーが小さく舌を出す。今夜は曲がりなりにも大陸を横断する強行軍になりそうだった。


『これはお急ぎだ』

 ユゴーは笑みを崩しもせず、頭を軽く撫でた。

『最近は当局の眼も厳しくなっておりましてね』


「さばき損ねた在庫があるだろう」


 皆まで言わせずにジャックは衝いた。相手、丸い目の端に小さな険。


「いくらだ」


『……お見積もりは、リストをいただき次第に』

「解った。すぐ送る」


 告げて回線をひとまず切る。


 ◇


「“リリィ”、ムッシュ・ジェンセンの顔を」


 ジャックとの通話を終えると、クロード・ユゴーはすかさずナヴィゲータに命じた。


 “ヴィアン・シティ”は東北部、“パラディ商会”事務所の奥。執務室に座ったユゴーの網膜に、先刻の客の顔が映る。


「見た顔だな」

『“メルカート”の手配書にありました』

「渋るはずだ」


 “リリィ”が、“メルカート”から出されていた賞金情報を呼び出し、横へ並べる。

 ジャック・マーフィ、生死問わず、とある。

 もっとも海を渡った先のこと、親組織も違っていれば、応じてやる義理もない。が――、


「面白いな。ムッシュ・パラディにコールを」


 ユゴーは“パラディ商会”の主へ連絡を入れた。


「ユゴーです。面白い客がつきました。客人は興味をお持ちになると思いますが」


 ◇◇◇


「“スキャナ・ヘッド”へ、こちら“スキャナ74”」

 バンを改造した指揮車の助手席から、巡査部長が告げた。

「ポイント47-53に到着、これより“目標253”を捜索する」


 “トリオレ・シティ”郊外。軍は自前の捜査網に限界を認め、警察にも動員令を発してアルバトロス――暗号名“ハウンド1”を追っている。


「こんなとこに凶悪犯なんて隠れてるんスかね?」

 ハンドルを握る巡査が口を尖らせた。

「何もないとこですぜ」


「まあ軍からVTOLを乗り逃げしたって言うからな、目立つとこにゃ降りんだろ」

 警部補が応じつつ振り向く。

「どうだ?」


 後席、オペレータはディスプレイから眼を離さない。隣区から続けて低空を飛ぶRG-66モスキート、そのカメラから送られてくる画像に眼を落としたまま、掌をかざした。


「ちょっと待ってください。もうすぐ――」

 隣のディスプレイ、地図とモスキートの現在位置を見比べる。

「“目標253”です」


「見付けたって手柄にもなんないわけでしょう?」

 巡査がぼやく。

「何なんですか、この動員」


「俺も知らんと言ったろう」

 巡査部長の顔にも不満。手を掲げ、指を向けて下。

「上の上から直にドンだ。とにかく探せとさ」


「軍だって間抜けですよねェ。そんなんだからゲリラに付け込まれるんだ」


「あー、怪しいな」

 独語以上の声をオペレータが洩らす。

「ちょっと見て下さい」


「どうした、貧乏クジか」

 巡査部長が後席へ、億劫そうに身体を運ぶ。

「どれ?」


「これです」

 オペレータが画面の一点を指で示す。

「この影」


 機体の翼と胴体が、地面へ影を落としている――と思しき影。


「あー畜生、貧乏クジらしいな」

 巡査部長はマイクを手に取った。

「“スキャナ・ヘッド”へ、こちら“スキャナ74”。“目標253”に調査の要ありと信ず。応援を請う」





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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