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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第7章 断絶
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7-5.強奪

「遭難者、応答せよ。こちら“惑星連邦”陸軍航空隊、現在現場へ急行中。遭難者、応答せよ」


 夜空を飛ぶUV-88アルバトロス、暗号名“ハウンド1”の操縦室。副操縦士が公開周波数帯へ呼びかけを乗せる。

 視覚には“遭難者”の位置情報。翼を並べる僚機“ハウンド2”とのデータ・リンクで割り出した、救難信号の発信源。


〈応答は?〉


 貨物室から顔を出した軍曹が訊く。副操縦士――伍長が応えた。


〈依然なし〉

〈続けろ〉


 とは言え、大方の見当はついている――“ジャーナリスト”とその強奪犯を追った、友軍の一隊。元よりその支援にやって来た2機は、貨物室にそれぞれ1個分隊を載せている。


〈方位265、進路そのまま。目標まで5分〉


 呼びかけを続ける傍ら、副操縦士が告げた。


〈方位265、進路よし〉


 ◇


 藪をかき分け、野草を踏みしだきながら、ジャックは手持ちの武器を確かめる。ケルベロス一挺と予備弾倉4本、あとはサヴァイヴァル・ナイフが1本、それに手榴弾が2発。


 この調子では、先刻のような大立ち回りは演じられそうにない。出会い頭の一発勝負、それがせいぜい――そう計算しながら、ジャックはひたすら前へと足を運ぶ。

 全身を疾る痛覚を無視し、抜けかける力を無理やりつぎ込んで、ただひたすら血を巡らせる。


 やがて、救難信号の発信源と思しき地点へ。果たしてそこで眼にしたのは、UV-88アルバトロスが垂直降下を始める光景だった。出迎えるのは、兵士がざっと見て7人。それが周囲を警戒して立っている。上空にはもう1機、こちらは旋回待機中。


「……間に合った……か」


 息を弾ませながら、ジャックは呟いた。アルバトロスは右側面を見せて降下中。闇に紛れ、ジャックは機体の斜め後方へ回り込む。


〈!〉


 鉢合わせしかけた人影がある。思わずジャックはサヴァイヴァル・ナイフを抜いた。そのままの流れで跳びかかりかけ――慌てて止める。左の掌を相手へかざす。相手も左の掌を見せていた。


〈生きてたか!〉


 相手の方から声がかかる。ロジャー・エドワーズの声だった。


〈そっちこそ。同じことを考えたな〉


 ジャックが顎をしゃくった先、アルバトロスの着陸脚が地に着く――その寸前から、機体側面のスライド・ハッチから兵が次々と走り出た。見たところ歩兵が1個分隊というところ。


〈これで3人だ〉


 ジャックは片眉に疑問符を乗せた――が、すぐに得心する。スカーフェイスも無事とみえる。


〈シンシアのヤツは?〉


 続けてロジャーが問う。ジャックの口に淀み――それから言葉。


〈あいつは来ない〉


 疑問符を眼に乗せて、ロジャーが小首を傾げる。


〈詳しいことは後だ〉


 ジャックが親指をアルバトロスへ。ロジャーも頷き、それ以上の問いを封じた。

 降り立った部隊と入れ替わりに、出迎えた側の長らしい1人が機内へと飛び込んだ。内外で、降下気流に負けじと大声が飛び交う。

 ケルベロスを片手に、ジャックは息を整えた――まだ早い。


〈もうちょいもうちょい……〉ロジャーが自らへ言い聞かせるように呟く。


 機を降りた兵の、恐らくは分隊長が腕を回す。アルバトロスのエンジンが回転数を上げた。

 ジャックは手榴弾を横へ投げた。腰を落とし、時を待つ。

 降下気流が一段と強くなる。機体が浮いた。


 爆発――。


〈敵襲ッ!〉


 視線が爆発へ向けられる。


〈行くぜ!〉


 ロジャーが合図に肩を叩く。ジャックは飛び出した。背を屈め、飛び交う兵の声も構わず、横をすり抜け、機体まで一直線。


 アルバトロスが上昇にかかる。その左側面、ハッチ際にジャックは飛びついた。

 機体が傾ぐ。隣にロジャー――さらに傾ぐ。ジャックは左肘を機内についた。

 さらに1人、今度は右側面――スカーフェイス。

 上体を引き上げる。操縦室に半身を入れていた男――ヒル中尉がジャックを向いた。


〈貴様!〉


 とっさにケルベロスのセレクタを切り替え、撃つ。10ミリ弾の3点連射。ヒル中尉の上体が、殴られたように反り返った。勢いで機外へ転がり落ちる。

 反動でジャックの腕が滑り、機外へ落ちかけ――左腕一本で留まった。ロジャーが手を貸して引き上げる。


 その間にスカーフェイスが操縦室へ。機長の頭に拳銃――バッカスP45コマンドーを突き付ける。音を立てて安全装置を外し、

「飛び降りろ」


 9ミリの銃口に小突かれて、機長は身を固くした。


「3秒待つ。3、2、1……」

 発砲。

 弾丸は機長の鼻先をかすめ、側面風防に風穴を空けた。


「運が良かったな。3、2……」


 今度は機長も居座らなかった。シート・ベルトを外し、昇降ハッチ・レヴァーに手をかける。


「……1……」


 昇降ハッチが開いた。スカーフェイスが機長を蹴落とす。

 空いた席へジャックが滑り込む。ハッチを閉める暇さえ惜しんで、“キャス”からのケーブルを制御盤へと繋ぐ。


〈えー……っと、OK! 制御は乗っ取ったわ〉


 スカーフェイスは副操縦席へ銃口を転じた。

「お前も降りろ。3、2……」

 副操縦士も機長に続いた。副操縦士席へスカーフェイスが収まる。

 ジャックが機長席側のハッチを閉じた。スロットルに手を添え、出力を上げる。


 機体が上昇を始めた。


 ◇


〈貸せ!〉

 ヒル中尉は、“ハウンド1”から降り立った通信兵へ駆け寄った。

〈上空のアルバトロス!〉


 言いつつ眼で通信兵に訊く。

 通信兵が口に上らせた名は“ハウンド2”、それを聞き取るや、


〈“ハウンド2”、こちら“チェイサ1”、ヒル中尉だ! アルバトロスを乗っ取ったのは“リトル・キャット”強奪犯! 取り押さえろ!〉


 ◇


 ジャックはアルバトロス“ハウンド1”の翼端、ターボシャフト・エンジンを前へと向けた倒した。機体が前へ滑り出す。

 上空、もう1機のアルバトロス――“ハウンド2”が旋回半径を縮めた。側方から“ハウンド1”の後方へ。


〈追ってくるぞ!〉


 機体側面のスライド・ハッチを閉めたロジャーが声を上げた。機長席のジャックがスロットルを開ける。風を巻いて、アルバトロスが速度を上げる。

 後方やや上、追いすがる“ハウンド2”。


〈操縦は!?〉

 スカーフェイスが訊く。


〈やれるがプロじゃない! “キャス”!〉

 応えたジャックが頭に浮かべたのは電子戦。データ・リンクを通してクラッシャ・プログラムを突っ込めば――。


『黙ってて!』


 と視覚に文字情報。声を作る暇も惜しいと見える。続けて、『操縦任せた』の文字が並ぶ。どうやら敵方も考えたことは同じとみえる。

 ジャックの握る操縦桿とラダー・ペダルに、明らかな手応え――“キャス”が操縦のサポートをも打ち切った、その感触。


 現在位置情報に偽装して、“キャス”がクラッシャ・プログラムの断片を送り込む。と、相手方からは、救難信号の観測データに偽装したアタック・プログラム。

 “データに欠片あり”と弾き、再送信させる間を稼ぐと、“キャス”は救難信号帯を用いて撹乱プログラムを送り込んだ。それが“異常信号”として弾かれる。

 さらにキャスは識別信号に紛らせて、サポート・プログラムをロードする――。


 マシン・パワーは全く同等。こうなると手数――思考のシンプルさと意外性が物を言う。法の埒外にある擬似感情は、論理の飛躍で軍用ナヴィゲータを相手に渡り合う。


 高度を取れば地上からのサーチ網に引っかかる。逃れるためには地を這うような匍匐飛行、しかも夜間。

 視程ほぼゼロの闇の中、ジャックはヘッド・アップ・ディスプレイの地形図だけを頼りに機体を傾け、あるいはスライドさせる。


 追っ手はさすがに専門家、彼我の距離は見る間に縮まった。後方、のしかかるようにアルバトロスの機体が迫る。

 ジャックの額に汗。敵の狙いが透けて見える――頭上を抑えて、着陸を強いる。

 半ば意地で高度を維持する、というより下げようがない。こうなればもうチキン・レースと変わらない。


〈たくもう!〉

 “キャス”が悔しげな声を上げた。

〈あっちからデータ・リンク切りやがったわ! 押されてるからって逃げんじゃないわよあん畜生!〉


 あからさまにジャックが舌を打つ。


〈武器は!?〉たまりかねてロジャーが声を上げた。


〈こいつは輸送機だ、あるわけない!〉

 ジャックに代わってスカーフェイス。当のジャックには答えている暇すらない。


 ジャックは思い切った。フラップを下げ、エンジン出力を下げる。エアブレーキ開――機体が急減速、後方の“ハウンド2”へと迫る。

 尾翼も触れんばかりに接近されたところで、“ハウンド2”が回避した。減速し、やや高度を上げる。

 すかさず旋回――が、先回りされた。今度は前方、すぐ上に“ハウンド2”の尾翼。それが徐々に迫ってくる。


 ジャックはエア・ブレーキを開いた。機体が減速、そこでフラップを下げ、揚力を稼ぐ。さらに操縦桿を引き、上昇――する機を与えず、敵は追随、機体をかぶせてきた。


 旋回して避ける――にも、左右にはうねる地表が迫る。自由度などないに等しい。そして頭上は敵機が押さえている。


〈野郎!〉

 ジャックに悪罵。

〈背中に眼でも付けてやがるのか!〉


〈眼?〉

 “キャス”が反応した。

〈フラッシュ・ライト! レーザ・サイトでもいいわ、とにかく敵のセンサへ信号送って!〉


〈あいよ〉

 ロジャーが愛用のP200セイバーを取り出す。その銃身下にはレーザ・サイト。

〈何て送りゃいい?〉


〈モールスでいいわ。“Black Jack Hacks Dack”!〉


 ロジャーが風防越し、敵機の腹へ向けて照準用レーザを明滅させる。


〈仕込みは終わってんのよ。あとはトリガだけ。見てなさいよォ、リンクは切れても視覚センサが切れるわけないんだから!〉


 最後の明滅。と同時に、敵機に潜ませたクラッシャ・プログラムが発動した。視界の上半分を占めていた“ハウンド2”がバランスを崩す。


〈よけて! 逃げて!〉

〈この!〉


 機体をひねる。エンジン角度も変え、方向舵まで動員して強引に急旋回。スロットルを開ける。視界が開ける――と、目前に丘陵が迫る。さらに舵を切り、丘陵を回り込む。

 ジャックは航法灯を消した。識別装置もアクティヴ・サーチも切り、闇に紛れ、地形の起伏に隠れて、逃げを打つ。西へ――。





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

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