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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第7章 断絶
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7-4.暗転

 レナード・ヒル中尉は救難信号弾を撃ち上げた。その向こう、広がる星空が眼に刺さる。


〈救難信号の発信を確認しました〉


 “アマンダ”がその聴覚に告げる。信号弾はパラシュートで漂いつつ、救難信号を強力に発する。


〈オープン回線に通信。“救難信号を確認。救助に向かう”〉


 恐らくは、輸送機墜落現場に到着した友軍から。所要時間は半時間というところか。

 眼の前から飛び去った敵の追跡に思いを馳せつつも、足元には現実が横たわる。

 仕留めた敵の数は3。加えて、“原因不明”の死体が2。一方で、味方の損害は死亡3、負傷2、さらに通信手段――敵に稼がせた時間と距離。


 そして何より、目標たる“ジャーナリスト”に依然として手が届いていない、この事実。


「惨敗だな……」


 ヒル中尉は歯を軋らせた。


 ◇


「……シンシア……」

 マリィ・ホワイトは、力なく口元を覆った。

「……どうして……?」


 シンシアが手首のプラスティック・ワイアを切り、乱闘へ飛び込んだ――そこまではマリィの頭も付いていった。

 が、シンシアの矛先がジャックへ向いたところで、状況がマリィの理解を超えてしまった。


 アルバトロスが傾けた機体を戻しつつある。視線の先にはシンシア・マクミラン。それが、“テセウス解放戦線”の分隊長に相対している。


「遅かったな」


 分隊長の声は苦い。


「何言ってやがる」

 対するシンシアも苦虫を噛んだような顔。

「あの人数で押されてるんじゃねェよ」


 眼を泳がせた先に右ハッチ――その向こう、ジャックを呑んだ闇。

 機体が傾いた。アルバトロスはサーチ網をかいくぐって匍匐飛行中、乗り心地は冗談にも穏やかとは言いがたい。


「……後ろへ行ってろ」


 分隊長が会話、と言うよりは沈黙の応酬を打ち切って、ハッチへ手をかけた。開け放たれたハッチを閉じる。

 シンシアがもう一方のハッチを閉め、操縦席へ足を向けた。コンソールに“ウィル”を繋ぎ、データ・リンクへ短く暗号。


「“ウィル”、“アテナ”の掲示板にメッセージだ。““クレテのロック・スミス”から“クレテのトレジュア・マップ”へ、“白い鳥”を確保”以上」


 言い捨てて、シンシアは足をマリィの許へ。眼前で足を止め、黙然と見下ろす。

 マリィは拳を固め、胸元へ思わず寄せ――引き締めて声。


「……どういうこと……?」

「……こういう役目さ」


 シンシアの目許に、一抹の寂寥。


「裏切った、の?」


「違うね」

 シンシアの表情が硬くなる。

「最初っからさ」


 マリィは言葉を詰まらせた。


「心配しなさんな」

 シンシアは後席へ。

「これであんたは無事に帰れるさ」


「あなたは、どうなるの?」


 マリィの言葉に、シンシアの足が止まった。


「どうもしねェさ」

 言ってシンシアはマリィの後席へ。シートに腰を投げ出して、呟く。

「戻るだけだ――元の場所へ」


 ◇


 闇の中を落ちていく――と感じたのも束の間、脚に衝撃。


 ジャックの身体がつんのめる。次に丸めた背中へ痛撃。


 猛烈な摩擦。密林の葉をもぎ、枝を折る。不規則な衝撃と回転、そして音。体を丸め、頭を抱えてただ耐える。

 下へ。重力を感じた、その途端に落下する。さらに下、藪を突き破り、地面へ叩き付けられる。


 背に打撃。息が詰まる。声を上げることもできず、うずくまることさえかなわず、ジャックはただ横たわる。


 ――生きている、実感。すなわち痛覚。それを嫌というほど確かめさせられた。

 静寂――。ややあって、聴覚へ虫の声。


 肺に熱。ようやくジャックは喘いだ。途端にむせる。むせ返って、再び喘ぐ。


 息はできる。それは判った。次に指。さらに腕。そして脚。幸い、折れたところはない。ただ痛い。息が苦しい。ひたすら酸素が足りない。空気を貪る。貪り切れずにむせる。その繰り返し。


 やがて、寝返りが打てるようになった。腕を地面へ立てる。上体を持ち上げようとして、倒れる。また腕を立てる。何度目かで、ようやく上体を起こした。


 這う。腰が付いてこない。足を掻く。文字通りに足掻く。わずかに進んだかと思えば逆戻り、それでもなおあきらめず、また足掻く。そのうち、前へ進み始めた。虫が這うよりなお遅く、前へ――樹の根元へ。


 一度へたばり、また挫け、さらに力尽き、その後、やっとの思いで辿り着く。ジャックは上体を起こすと、背を樹に預けた。

 息が上がる。しばらくまた喘ぐ。それから――ようやく頭に血が巡り出した。


 最後に自分を突き飛ばした相手の顔が、頭に浮かぶ。シンシア・マクミラン――間違いなく彼女だった。


「……くそ……」


 額に手を当てる。裏切られた――その痛み、怒り、そして悲嘆。


〈生きてたみたいね〉

 聴覚に“キャス”の声。


「お前も……生きてたか……」

 力なく、呟く。自分の声を耳にして、認識し――それから理性が働き出した。

〈――現在位置は?〉


〈あら元気になったわね〉


 軽口を叩く一方で、“キャス”は視覚へ地図を示した。これまで辿った軌跡を重ねる。周囲は平地、ただ密林。それがズーム・アウト、アルバトロスへ押し入った地点が現れる。もう一度ズーム・アウト、軍と接触した地点が現れて、さらに引くと“ルイーダ”川、輸送機の墜落地点、そして海。


〈この辺かしら〉

〈ああ、鉄道までは――いや、比較にならんか〉

〈そうね〉


 これから何をやるにせよ、まず移動手段を確保せねばならない。

 近いのは、輸送機の墜落現場にいるであろう軍の機体――これは察するまでもない、文字通りの敵中。もう一つは北を走る鉄道、しかしこれは遠すぎて比較にもならない。


 と、その地図に赤のライン。それが現在位置からアルバトロスとの接触地点へ、さらに貫いてその向こうへと伸びている。


〈――何だ?〉


〈救難信号が出てるわ〉

 “キャス”が赤のラインに“SOS”のマーカを重ねる。

〈方位078、距離は――まあ判んないわね〉


 思い当たったのは、ゲリラと争っていた軍の一隊。それが味方を呼んでいるのだとしたら――。


〈くそ!〉

 だとしたら時間がない。ジャックはよろけながらも立ち上がった。

〈畜生……! 間に合うか?〉





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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