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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第7章 断絶
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7-2.急迫

 ロジャーの足に感触。


 やや離れた所で負傷兵の1人――左肩に包帯を巻いたペイトン軍曹が見張っている。眼を動かさず、視界の端に注意だけ向ける。スカーフェイスのブーツの爪先が、軽く動いていた。モールス信号――“Take Him Out(ヤツヲ連レ出セ)”


「トイレ」


 ペイトン軍曹の眉が疑問符を引っかけた。

「は?」


「トイレだよ」

 後ろ手に縛られたまま、ロジャーが腰を上げる。

「まさか垂れ流しってわけじゃねェだろ?」


「ああ、」

 ペイトン軍曹は、思い当たったという風に頷いた。

「ちょっと待ってろ。クレメンス!」


 呼ばれたクレメンス1等兵が、左脚を曳きながらやって来る。

「御用ですか、軍曹殿?」


「ちょっと見張ってろ」

 肩越し、ジャックら2人へ親指を向ける。

「1人トイレだと」


「は」

「ほれ、来い」


 ペイトン軍曹はロジャーを指で招いた。後ろ手のまま、ロジャーはペイトンの前へ。


 樹を何本か隔てたところで、背後からペイトンが指図する。

「そこを右だ――ああ、この辺でいいだろう」


 ロジャーは振り返った――可能な限り、間の抜けた面を作りながら。

「――で?」


「“で?”じゃなかろう」

「いや、縛られたまんまじゃ用が足せねェ」


「ああそうかい、」

 ペイトンは見るからに気の進まない風で、

「前を開けて欲しいってか」


「大だ。済まねェな」


 ペイトン軍曹の顔が一段と暗くなった。


 ◇


 地面に座っていたジャックが、身体を折った。


 低く、小さく呻きを上げる。横へ転がり、息を荒げて、更に上を向く。


「おい、どうした?」

 クレメンス1等兵が声をかけた。


「……あんたらの……」

 ジャックは転がりながら、

「……ボスに……」


 ジャックが下を向く。舌を出し、さらに喘ぎ。


「おいおい、」

 クレメンスが左脚を引きながらジャックへ近付いた。

「大丈夫か?」


「……いや……」


「ったく、下手なこと言って中尉を怒らせたんだろ」

 ヒル中尉の怒りようは、クレメンスには容易に想像できたと見えて、

「自業自得ってヤツだ」


 ジャックからは言葉が返らない。ただ喘ぎ。

 その傍らで、スカーフェイスがブーツの踵へ手を伸ばした。クレメンス1等兵の眼はジャックへ向いている。

 ジャックが嘔吐――するものもなくなって胃液を吐く。


「あーあーもう、しようがねェな」


 クレメンス1等兵が頭を掻く。その姿を見ながら、スカーフェイスは踵、仕込んだカミソリを取り出した。


「……は……」


「え、何だって?」

 仕方なしといった体で、クレメンスがジャックの背に手を伸ばす。


 スカーフェイスが後ろ手、手首のプラスティック・ワイアに切れ目を入れた。


「……げ……」

「おいおい」


 ワイアが切れた。スカーフェイスは立ち上がりざま、クレメンス1等兵の後頭部に突きを入れる。

 クレメンス1等兵が昏倒した。ジャックにカミソリを渡し、スカーフェイスはクレメンス1等兵の装備を物色する。

 ジャックがワイアを切る頃には、頷き一つ残して、スカーフェイスは飛び出していた。


 ◇


「なァあんた、」

 しゃがんだロジャーが、間の抜けた声で問いを投げる。

「男のトイレ見てて楽しいか?」


「誰が」

 ペイトン軍曹はげんなりした顔で、

「お前らが邪魔してくれなきゃ、今頃こんなことしてるもんかよ」


「あー、そりゃ済まなかった」

 ロジャーは後ろ手のまま肩をすくめる。振り返って、

「で、」


「――今度は何だ?」

「紙」


「――、」

 口を開きかけたペイトン軍曹は、そのまま崩れ落ちた。背後からスカーフェイスが抱きとめる。


 ロジャーは大きく溜め息一つ、

「助かったぜ。いい加減自分が情けなくなってきたとこだ」


 ◇


〈いやがった!〉


 斥候に出たニーソン兵長が、同行するホーカー上等兵の肩を叩いた。

 拡大スコープ越し、暗視処理された粗い拡大映像に軍服が映る。警戒しつつ移動しているものと察して、視線を動かす。


〈こっちも見えました。方位015……007にも1人、いや2人〉

〈目標は……あれか〉


 隙なく銃を構えた一団に混じって、丸腰の女が隊列の中央部に2人。うち1人は足取りからして素人臭い。

 観察することしばし、相手の規模に見当をつけて、ニーソン兵長は振り返った。


〈1個分隊ってとこだな――お前は本隊へ走れ〉

 ニーソン兵長は南側へ親指を向ける。

〈俺はこいつらに張り付く〉


〈は〉


 ホーカー上等兵を見送って、ニーソン兵長が追跡を始めた――直後。

 樹の枝に仕掛けられていたセンサがニーソン兵長の体温と体型に反応した。

 敵を発見したセンサが警報信号を放つ。


 ◇


 センサの発した信号は、ヒル中尉らの位置にも届いた。

〈電波を検知!〉

 “アマンダ”がヒル中尉に告げる。

〈おそらくセンサの警報信号です。方位007!〉


〈見付かったか!〉

 ヒル中尉は舌を打つ。ただ、銃声はまだ耳に届かない。

〈ニーソンにホーカーめ、まだ無事でいやがれよ……〉


 ◇


〈無線信号! 進路前方、方位このまま!〉

 “キャス”の声が聴覚に入った。


 ジャックら3人は装備を奪い返し、さらにペイトン軍曹らの野戦装備も手に入れて、一路北を目指して進む。


〈くそ、間に合うか……?〉


 ◇


 ホーカー上等兵が、ヒル中尉率いる分隊に合流した。隊列の中央、ヒル中尉の元へ出頭して敬礼する。


〈目標を発見。敵は方位007、戦力1個分隊と推定。方位005へ向かって進行中! 距離約1キロ、速度毎時1キロと推定します〉


 中尉がペーパ・ディスプレイを拡げた。付近の地形図を映し出す。

 ホーカー上等兵が発見した目標の位置と進行方向を描く――その先に、小高い丘。


〈連中、高飛びする気だな〉

 ヒル中尉は顔を上げた。VTOL機と合流して逃げる――相手の意図はそう見えた。

〈小細工仕掛ける時間はないか。追い上げるぞ!〉


 ◇


 再びセンサからの警報信号。


〈反応9! 敵の本隊と推定します!〉

 聴覚にナヴィゲータからの警告。“テセウス解放戦線”、分隊を率いるケルヒャー曹長は、思わず背後へ眼を投げた。

〈なりふり構わず追ってくるか〉


 斜め後ろ、回収した“ジャーナリスト”――マリィ――へ言葉を向ける。

「少々急いでいただくことになります」

 “ジャーナリスト”は疲労を滲ませ始めている。


 ◇


 ニーソン兵長は背後に気配を感じた。まっすぐ近付いてくる、その相手へ振り向きざま銃口を擬す。


 背を屈めたシャベス伍長が左の掌をかざしていた。

 見て、ニーソン兵長は銃を下ろす。分隊が追い付いてきたものと知れた。


〈どうだ?〉


 シャベス伍長が簡潔に問う。


〈進行方向変わらず〉

 ニーソン兵長は小声で返した。

〈速度はいくらか上がってますが、大したことありません〉


〈中尉に報告してこい〉

 シャベス伍長が前方、敵の後尾を見透かしつつ、

〈先鋒は俺が引き受ける〉


 ◇


〈センサ弾、撃て!〉


 ヒル中尉から号令。地面に伏せながら、シャベス伍長は引き鉄を絞った。

 GL11グレネード・ランチャがセンサ弾GR13Rを撃ち出す。


〈センサ情報来ました!〉

〈無線封鎖解除、データ・リンク解放!〉


 センサ弾がよこしたデータと合わせ、分隊員各自のセンサ情報をリンクさせる。各分隊員の視覚に敵の位置が投影された。


〈反応14! 目標、恐らく隊列中央です!〉

 “アマンダ”がヒル中尉へ告げる。目標――“ジャーナリスト”らしき人物の位置をひときわ明るく示した後、

〈アクティヴ・サーチ検知、数9! 敵もセンサ弾を打ち上げました!〉


 間をおかず、最初の一撃。


 視野のほぼ中央、手前の敵にヒット・マーカが重なった。

 応射。双方の弾幕が頭上を覆う。頭もろくに上げられないような銃撃の応酬。

 その最中、ブラヴォ班の位置で爆発。音から榴弾が着弾したものと知れた。


『ホーカー上等兵:生体反応なし』


 ヒル中尉の視覚に情報が重なる。中尉は歯噛みした。敵中に“ジャーナリスト”がいる以上、大威力の武器を使うわけにはいかない。


 敵が後退する――その気配。後方、丘へ。


〈逃がすな! ブラヴォ班前進!〉


 ヒル中尉以下の5人――アルファ班が掩護の弾幕を張る。右斜め側方に展開した5人――ブラヴォ班が頭を下げて前進。途中で1人が敵弾に倒れた。


〈ブラヴォ班掩護! アルファ班前進!〉


 シャベス伍長を先頭に、アルファ班の5人が動く――と、その途端。


 爆発――。


 正面、2箇所。血煙が上がる。シャベス伍長とマッケンジィ上等兵の上半身が吹き飛んだ。

 対人地雷EXM322マンドラゴラ――その名がヒル中尉の頭に上る。


 ◇


 銃声、その連なり――もうさほど遠くはない。


〈始まったか!〉


 荒い息をつきながら、ジャックは遠く前方へ眼を投げた。

 盛んに無線通信が届いてくる。暗号変換の施されたそれは、読み取らずとも集団戦闘の始まった証と取れた。


〈回り込むぞ!〉

 先頭を行くスカーフェイスが振り返る。

〈戦場に飛び込んでっても仕方がない〉


 目指すべきはその先、小高い丘。――ゲリラが友軍と合流するには格好の場所。


 ◇


〈くそッ!〉

 舌打ちしつつ、血の飛び散る地表へ飛び込む。罠か――ヒル中尉は苦い思いで考えた。


 対人トラップを張る余裕が、相手にあったはずはない。恐らくは遠隔操作で爆発させたものと、理性はそう計算していた。


 とはいえ、二の轍を踏むわけにもいかない。


 正面きって攻め込めないなら、後ろを取りに回り込むまで。


〈ブラヴォ班、右から丘側へ回り込め!〉

 ヒル中尉は指示を通信に乗せた。

〈アルファ班、掩護! 撃て!〉


 アルファ班、残った3人が一斉射撃。その銃声に、音が混じった――VTOL機UV-88アルバトロスのロータ音。


 ◇


〈来やがった!〉


 ロジャーが舌を打つ。丘を回り込む、まだ半ば。

 眼を上げてみても、低空で進入してくるアルバトロスの姿はまだ見えない。が、ロータ音は低く耳に届く。


〈畜生、しんどい勝負だぜ!〉

 傍らのジャックへロジャーが呼びかける。

〈急がにゃ出番がなくなっちまうってよ!〉





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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