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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第7章 断絶
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7-1.虜囚

『“ユニヴァーサル・ニュース・ネットワーク”のコリン・マクガハンです。資源統制を巡る動きをお伝えします。惑星“ヘレネ”より、マイケル・ロックフォードが……』


『こちらは惑星“ミダス”、星都“グラハム・シティ”です。資源統制に対する連日の抗議デモは、日ごとに勢いを増しています。これに対し、当局は警戒をさらに強め……』


『惑星“テセウス”のゲリラ組織“テセウス解放戦線”がジャーナリストを拘束した問題で、政府は“テセウス解放戦線”側の姿勢に対し……』


 ◇◇◇


「姓名と所属は?」


 レナード・ヒル中尉が問いを投げた。


「尋問なら、もっとまともな姿勢で願いたいもんだな」


 うつ伏せで地面に転がされたジャックが、仏頂面で返した。

 両手首は後ろ手に拘束、武器はおろか端末も何もかも取り上げられ、普通なら抵抗など思いもよらない。


「いいだろう」


 ヒル中尉は、不機嫌の一語を額縁にでも入れんばかりの勢いで顔に描いていた。それでも、ジャックら3人の体を起こし、地面に座らせる。その中からジャックを引っ立て、独り樹の陰へ連れ込んだ。

 中尉が繰り返して訊いた。


「姓名と所属は?」

「姓名はジャック・マーフィ、所属はない」

「所属が、ない!?」


 ヒル中尉の剣幕が、ジャックの答えを拒絶する。仕方なし、という体で、ジャックは言葉を足した。


「賞金稼ぎだ」


「賞金稼ぎィ?」

 ヒル中尉が眉をひそめる。

「“テセウス解放戦線”じゃないのか?」


「逃げ出してきたのさ、そのゲリラから」

「“ジャーナリスト”はどうした!?」


 ジャックはただ、肩をすくめた。


「あんたこそどこの誰だ?」

 肩の部隊章へ眼をやりつつ、

「本当に連邦軍なのか?」


「なぜそんなことを訊く?」

「連中、連邦軍と見分けがつかないって聞いたぜ」


「どっちにしても質問は同じだ」

 肩の部隊章を示しつつ、ヒル中尉は繰り返した。

「“ジャーナリスト”はどうした?」


「どうして俺達が連れていると?」


「輸送機のゲリラどもから聞き出した。とぼけても無駄だ」

 ヒル中尉は腕を組む。

「第一、訊いてるのはこっちの方だぞ」


「別行動だ」

 ジャックはヒル中尉を見返した。

「あんた達が尾けてきてると判ったんでね、別れた。あとの動きはこっちにも判らん」


「で、通信機を盗ろうって気になったのか、あ!?」

 青筋がヒル中尉のこめかみに浮いた。


「あれは、あんたたちの後続を何とかしようって肚さ」

「で、俺達には勝てるつもりでいたわけだ。なめられたもんだな!」


 ヒル中尉の爪先が、ジャックのみぞおちへ食い込んだ。ジャックが身体を折り、痛みにのたうつ。


「とぼけるのもほどほどにしとけ」

 ヒル中尉が鋭い眼を注ぎながら腰をかがめる。

「で、“ジャーナリスト”をどうしたって?」


 ヒル中尉はジャックの胸ぐらを掴んで引き起こした。引き起こされるジャックの視界、ヒル中尉の向こう側にニーソン兵長――その足元にはジャックの所持品が並ぶ。銃に端末、輸送機から持ち出した野営キット一式、さらに携帯端末とデータ・クリスタル。


 ニーソン兵長の手がクリスタルへ伸びる――注視しかけて、ジャックは眼をヒル中尉へ向け直す。


「……言ったろ、別行動だ」

 ジャックが荒い息の合間から言葉を紡ぐ。

「俺達から、連絡がなきゃ、殺すことになってる」


 再び爪先。ニーソン兵長の眼がジャックへ向いた。


「だったら最初っから脅しとけばいいようなもんだ。痛い目を見る前にな!」


 ジャックが嘔吐した。いまいましげな視線がその背中に刺さる。


「……解ったよ」

 観念したように、横たわったジャックが声を上げた。

「認める」


「何をだ?」


 ニーソン兵長の眼が、手元へ落ちた。クリスタルを読み取り機にかけようとしている。それを視界の端に捉えながら、ジャックは口を開いた。


「“ジャーナリスト”とは別れた。あとは知らん――これでいいだろう」

「馬鹿にしやがって!」


 さらに爪先。ジャックが転がる。今度はニーソン兵長も顧みない。クリスタルが読み取り機に呑まれていく。


「……馬鹿に……するも何も……、」

 ジャックは荒い息の中で笑ってみせた。

「あんたたちが……ゲリラじゃない……証拠は……あるのか?」


 今度はニーソン兵長は眼も向けなかった。網膜へ投影される画像に集中する、その表情――。


「貴様、いい加減に――!」


 ヒル中尉が拳に力を込める。


「聞いたぜ……“ハミルトン・シティ”じゃ……連邦軍が……仲間割れして……撃ち合ったって……な」

 ジャックが声を一段落とす。

「あんたたちの……身内に……ゲリラが……いないって……証拠が……あるのか?」


 ヒル中尉が拳を振りかぶり――動かない。


 ◇


「姓名と所属は?」


 両手を樹につき、両脚を開いたマリィの背後から、銃を構えた兵士が訊いた。その間にも、もう一人がマリィの所持品という所持品を改めていく。携帯食料、水筒、携帯端末、身分証――。


「マリィ・ホワイト。“コスモポリタン・ニュース・ダイジェスト”“記者”」


 声に緊張の色を交えて、マリィが答える。

 シンシアなら着目したはずの相手の肩に、惑星連邦の部隊章はない――彼女ら二人を捕えたのは、“テセウス解放戦線”の一団だったことになる。


「身分を証明する物は?」


 マリィの記者証が、背後の兵へ示された。


「……では、生体認証を」


 マリィが右の掌を樹から放し、傍らの兵へ差し出した。相手――ゲリラは、携帯端末のセンサでマリィの静脈紋を読み取る。


「……確かに」

 相手の声が色めき立つ。


「失礼。我々は“テセウス解放戦線”の者です。あなたを救助に参りました」

 背後の兵が銃を下ろした。マリィへ記者証を返してよこす。

「これから安全なところへお連れします。しばらくご辛抱を」


 傍らの兵が、マリィの所持品をまとめて返し始める。


「あの、彼女は?」


 所持品を受け取りながら、声をかける。背を向けかけていた兵が足を止めた。


「……あなたを拉致しようとしたヤツですよ?」


「少なくとも、丁寧に接してくれました。その――」

 マリィは肩をすくめた。

「敵とか利用されてるとか、そんな感じじゃなかったんです」


 実際、捕まった際には戦闘になってはいない――正確には、その余地がなかったということだが。


「彼女は捕虜として扱います。正当に」


 傍らの兵へ頷きかけ、改めて向けられたその背中へ――マリィが投げて問い。

「彼女と話すことは?」


「時間がありません。失礼」

 立ち止まったのも束の間、兵は背を向けたまま立ち去った。

 傍らの兵が、彼女を見張るように佇んでいる。


「(“アレックス”、)」

 マリィは、懐に返された携帯端末に囁き声を拾わせる。

「(聞こえてる?)」


『はいマリィ、』

 “アレックス”は骨振動スピーカから、マリィだけに聞き取れるように応じてくる。


「(ジャック達に報せて。“捕まった”って)」

『彼らも追っ手に捕まっていますよ』

「(でもこっちのことは知らないわ。報せたら、何か行動を起こすはずよ)」


 うまく行けば相応の混乱を誘うことができるかも――淡い期待を抱きながら、

「(“アレックス”、やって)」


 ◇


〈無線通信に感あり!〉


 ニーソン兵長が声を上げた。ほぼ同時、“アマンダ”が報告をヒル中尉の聴覚へ乗せる。


〈無線通信を確認しました。発信源は方位010、バースト通信です!〉


 ジャックの胸ぐらを掴んだまま、ヒル中尉はニーソン兵長と顔を合わせた。やや間をおいて、“アマンダ”の高速言語が続く。


〈文面、“賢者がリンゴを手に取った”!〉


〈戦闘配置!〉

 号令を発して、ヒル中尉は手を放す。立ち上がりつつ、

〈ペイトンとクレメンスはここに残って捕虜を監視! フォーメイションB、これより追撃戦に入る!〉


 ◇


 傍ら、マリィへ向いた兵の顔色が変わった。


「――何をやったんです?」


 去りかけた兵が踵を返し、これも眼の色を変えてマリィを問い詰める。


「え……?」

 マリィは狼狽の色を演じてみせる。

「あの……どういう……?」


「通信です!」

 兵がマリィの懐へ手を伸ばし、携帯端末を取り上げる。

「何を送ったんです!?」


「……解りません……一体……」

 この混乱を長引かせることができたら――そう考えながら、マリィは答えた。

「私が、何を?」


〈分隊長!〉

 声を上げながら、兵がマリィの端末へケーブルを繋いだ。マリィから眼を離さず、

〈発信源確認。“目標”からです!〉


〈戦闘配置!〉

 木々の向こうから、号令が返ってくる。

〈後方警戒! 合流地点へ移動する!〉


「これはお預かりします」

 厳しい表情で、兵はマリィの端末をかざした。有無を言わせず言を継ぐ。

「移動します。こちらへ」





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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